122話 屋根の上の攻防
色々脱線した気が、しなくもない……。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
「………………うるさいので、窓を叩くのも、屋根を叩くのもやめてもらえますかね」
相変わらず狐のフードを被り、窓を叩き続ける先輩と、どこから持ってきたのか、細い棒(音的に恐らく金属)で屋根を叩く幡木。騒音に耐えながら二人を注意するが、ニコニコ笑うだけで止めようとしない二人。
それが続くこと5分。
一定の間隔で鳴らされ続ける雑音に、僕は頭を抱えた。僕から見て右側の窓にいるのが先輩、左側にいるのが幡木だ。まあ、位置関係はどうでもいいのだが…。
「……いい加減、帰って下さい」
「さっき言ったであろう!根比べだと‼︎ 私が家に入るか、君が鍵を開けるかしなければ、私達は帰らないぞ‼︎」
「貴女方を家にあげる気は一切ないので、さっさと帰って下さい」
「早く開けて下さいよ〜。暑いんです!見えないんですか、この流れる汗が‼︎」
「見えたところでなんなんだ?僕に関係あるか?ないよな」
分かっていたが、改めて思う。
この二人の組み合わせは危険だ。
話を聞かない、話が通じない、会話にならないのトリプルコンボだ。
「「いいから早く中に入れろ‼︎」」
勉強ができない…。頼むから誰か助けてくれ。
今日は警察を呼ぶ、が通用しなかったんだ。勿論、呼ぶと言うのは冗談で言っているわけではない。しかし会長は、
「来る前に隠れ、逃げ果せてみよう!」
と胸を張り、自信満々に言ってのけたのだ。本当に呼んでやろうかと思ったが、警察を呼んで、本当に逃げられた場合、僕が警察に時間を取られる。それは避けなければならない。
そう思ったとき、テーブルの上に置いていたスマホが振動した。マナーモードだったので音はない。
ため息を一つもらしたあと、二人に背を向け、応答ボタンをタップする。
「もしも「よう佐藤‼︎元気かぁ!この後俊達と飯食いに行くんだけど、お前もどうだ?これからお前の家行っていいか?」
精神的に疲れていた為、相手が誰かを見るのを忘れていた為、耳に多大なダメージを負った。
「なあなあ佐藤‼︎」
「うるさい。行かないし来るな。お前の相手もしてやれる程、今の僕に余裕はない」
それだけ告げ、宝来の返事を待たず、僕は通話を切った。再度スマホをテーブルに置き、外の二人をなんとかしなければ、とため息を吐きながら振り返った。
「………?」
窓の外に、二人の影はなかった。
「……まあ、いいか」
僕はこれ幸いとカーテンを閉め、テーブルに向かい勉強を再開した。
翌日
「昨日はよくも卑怯な真似をしてくれたな‼︎今日は絶対に入れてもらうぞ‼︎」
「…………佐藤君」
「何も言わないで下さい」
今日は榊原さんの来る日だった。午前中の勉強を終え、リビングで昼食を取って部屋に戻ったら、窓の外には皇先輩がおりました。因みに本日は、白いシンプルなパーカーだ。前面にアニメのキャラクターが印刷されていなければ……。
「残念な事に今日は幡木後輩君は来れないが、私は毎日来るぞ‼︎君が私を家にあげてくれるまでな‼︎どうだ、卒業した先輩兼会長に毎日会えて嬉しいだろう‼︎ああ、照れなくていいぞ」
途切れる事なく言葉を紡ぐ先輩に、榊原さんも戸惑っている。外で喋り続ける先輩を無視して、僕は説明を始める。
「いいですか、榊原さん。アレは日本語を話す宇宙人です。どれだけウザくても相手にしてはいけません。会話にならないので。あと、家、窓の鍵は絶対に開けないで下さい」
「わ、分かった。じゃあ、勉強再開する?」
僕が鬼気迫る表情で先輩の説明をすると、困惑しつつも、素早く本来の目的に頭を切り替えた。その言葉に僕は力強く頷いた。
「是非そうして下さい」
「………………」
「……………………あの、さ」
勉強を再開して10分と経たない頃、榊原さんは何か物言いたげに窓に視線をやる。
「…言いたい事は分かります」
カーテンは閉めた。遮光カーテンなので外の様子は見えない。だが、防音ではないので、音は聞こえる。
「大学生はいいな。夏休みが二ヶ月もある。つまり、君との根比べも最長二ヶ月に及ぶという事だな。いいぞ。その二ヶ月でダメなら冬休みにまた来よう。私は諦めない女だ」
大学生じゃない僕の夏休みは今月で終わりだよ。
…ちょっと待て。二ヶ月間毎日来るってことか?
「…………大学生って、暇なんですね」
手を止め思わず呟いた言葉に、榊原さんは窓の外の人物を気にしつつそれを否定した。
「僕はそんなことなかったけどな」
「アレの発言を聞く限り、暇だとしか思えません」
「あー、まぁ人それぞれ、じゃないかな…。それじゃあ今日は予定を変更して、少し夏休みの過ごし方について教えようか。まあ、僕のなんだけどね」
「そうですね。勉強に集中できる環境ではないので、その方が助かります」
教科書と参考書を閉じた榊原さんに向き直り、話を聞く体制をとる。
「まず、学生の内にできることをするのがいいと思って、一年目僕は二ヶ月間の夏休みを利用して、二週間の海外留学、免許合宿、あと少しインターンも行ったかな。卒論とか、忙しくなる前に行くのがオススメだよ。就職した後だと、行けないだろうから、学生の内に行くといいよ」
「ほう、それは良いことを聞いた‼︎して青年よ、君はどこに留学した?アメリカか?フランスか?それともイタリアか?」
話している間、何か静かだと思ったら、盗み聞きをしていたらしい。しかも会話に参加し、不躾にも質問を投げてくる。
「…………お金がいることだから、一年目にバイトでお金貯めて、二年生で行くのも1つの手だね」
先輩の声に一度固まった榊原さんだが、気にせず続けた。質問に答える気もないようだ。
そうだ、アレの対応はそれが正しい。
「なるほどなるほど。それは良いことを聞いたな!だが、私は金には困っていないのでな!今年は存分に後輩君達を可愛がるとするさ‼︎あっはっは‼︎」
笑いながら何故かバンバンと窓を叩く先輩に、僕と榊原さんは頭を抱えた。集中できない……。
「…………」
「…あの人を殺しても罪に問われない国ってありますかね?あるなら是非そこに留学したいのですが」
「……ないね。佐藤君、幼馴染の彼といい変な友達ばっかりだね。よくあんなのと付き合ってられるなって、ちょっと尊敬するよ」
「ご理解頂けたようで何よりです。因みに、もう一人、アレに似た厄介な後輩がいます」
「…………ご愁傷様とだけ言っておくよ」
窓を指差してそう言うと、同情された。
そして僕は1つため息をつき、スマホを片手にカーテンを開けた。
「おお!やっと開ける気になってくれたか?根比べは君の負けのようだな!昨日は電話に出るフリで騙されたが、あれで分かったぞ!君は本気で警察を呼ぶ気はないとな‼︎はっはっはっ‼︎明日は後輩君も連れてくるから、皆で遊ぶとしようぞ!」
やはり、昨日は宝来の電話を警察への電話と勘違いしたようだ。今の会話が聞こえているなら、あの宝来との電話での会話くらい聞こえてもおかしくないのだが、と思わなくもないが。
「うん?どうした、スマホなんか見て。そんな脅し、私にはもうきかないぞ!」
「そうなんですか。それは良かったです」
「諦めてくれて私は嬉しいぞ!さあ早く窓を開けてくれ!」
そう言い窓の前に立ち上がり、中に入る準備を始めた先輩を横目に、僕はキーパッドを5回タップし、受話器のマークをタップした。呼出中の画面になり、素早くスピーカーに切り替え、最大音量にする。数回のコールの後、相手が電話に出た。
「はい。こちら警視庁総合相談センターです。どうしましたか?」
その言葉を聞いた瞬間、先輩はギョッと目を見開き僕を見る。
「ストーカー、とまでは行かないのですが、それに近い被害に遭っています。相手は捕まえなくてもいいので、自宅付近のパトロールの強化をしてほしいのですが」
「しょしょ、少年⁈君は今何を言っているのか分かっているのか⁈相手が誰か分かって言っているのか⁈」
外で騒ぐ先輩の言うことなど無視して、僕は通話を続ける。了承の言葉をもらったので、住所を告げ、通話を切った。そして、先輩に向き直る。
「今日は第三者の証言者もいますから、連絡させて頂きました。昨日、一昨日のは確かに冗談です。事件でも事故でもないのに110番通報はよくないので。なので、#9110の相談センターの方に連絡させて頂きました。明日からパトロールを強化してくれるそうです。さぁ先輩、どうしますか?」
僕が淡々と事実だけ告げると、先輩はワナワナと震え、膝をついた。
「なんて、ことを……。これでは、私の夏休みの目的が達成されないではないか!一番面白い少年を構い倒す私の計画が…‼︎」
「おい」
「そろそろピッキング道具を調達しようかと考えていたと言うのに!」
「本当に犯罪で捕まりたいんですか?」
「クッ、覚えていろよ少年‼︎」
色々とふざけた事を暴露し、最後に僕を指差しながら捨て台詞を言い、屋根から飛び降り逃げるように走り去って行った先輩。
やっと静かになったと1つ息を吐き、勉強を再開しようと、振り返った。
「……佐藤君。先輩でも容赦ないね」
榊原さんは苦笑しつつ、若干引き気味だった。それに僕はスッパリと僕にとっての正論を叩きつける。
「容赦する必要性を感じませんからね。あの人は"元"先輩であって、友人でもなんでもありません。顔見知り以上友人未満のただの他人です。何度も言いますが、僕は安くないお金を払って貴方に来てもらってます。それを、あの宇宙人に邪魔されるのは不愉快なので。さあ、時間が無駄です。勉強を再開しましょう」
榊原さんの顔は引きつった。
翌日、先輩の訪問はなかった。
オマケ
「なななななあ!俊、橙里‼︎」
「どうしたの?」
「どうせ佐藤君のことでしょ」
「こここれ、これ見てくれ‼︎」
宝来は、慌てた様子で金見と水城に自分のスマホを見せる。二人は顔を見合わせ、首を傾げた後、差し出されたスマホを覗き込む。
「……佐藤君、どうかした?」
「だから二人に相談してるんだろ‼︎」
「………熱でもあるんじゃないかな?」
宝来のスマホに佐藤から届いたメールの内容は、
"昨日の電話、助かった。不本意だが礼を言う。"
「なあ、風邪引いてるなら見舞い行った方がいいかな⁈」
「「それはやめておけ」」
二人してハモって即答され、宝来はたじろぐが、次に金見が言った言葉に目を輝かせた。
「もしかしたら、ご飯一緒に行きたかったのかな?…なんて、そんなことないか」
「じゃあこれから飯行くし、誘ってみる!」
スマホを操作し、佐藤に電話をかける宝来。
『もしもし』
「これから俊達と飯食いに行くんだけど、佐藤もどうだ?」
『…連日暇そうで羨ましい限りだな。この赤点補習野郎。忙しいから昨日も行かないと返答したはずだが、今日なら行くと思ったのか?浅はかだな。今月は買い物以外で外に出る気は更々ない。もう二度と誘ってくるな』
通話が切れ、プー、プーと機械音だけが響くスマホを耳に当てたまま固まる宝来。そんな宝来に金見は問いかける。
「どうだった?」
「佐藤、来ないって」
「まあ、そうだろうね。まぁ、落ち込まな「よかっったぁぁ‼︎佐藤普通だよ‼︎全然熱もなさそうだし、やっぱりあのメールは何かの間違いだったんだよ‼︎あーよかった!安心したら腹減ったな。早く飯行こうぜ‼︎」
慰めようとした水城の言葉を遮り、言いたいことだけ言うと、さっさと歩き始めた宝来。
「「…………」」
その様子に二人は顔を見合わせて、ため息を吐いた。
「おーい!早く行こうぜ!晴汰と夏野、もう待ってるってよ‼︎」
数メートル先で振り返り手を振る宝来を、二人は苦笑しつつ追いかける。
「もう。毎回お騒がせだなぁ、彼方は」
「本当だよ」
小言を言いつつ、宝来に並んだ二人。
金見の手には自分のスマホがあり、佐藤へメールを送っていた。
食事中、メールの返信が入り、事情を理解した金見と水城の二人は、宝来にこう言った。
「暫くは佐藤君の家に行かない方がいいと思うよ」
「ん?なんで?」
「それか、正規の手続きをしてから入るのをおすすめするよ」
「正規の手続きって?」
宝来は二人の忠告に、ただ首を傾げるだけだった。
因みに、正規の手続き=インターホンを鳴らす、です。
彼方君は佐藤君の母から許可を得ている為、小3以降、佐藤君の家のインターホンを鳴らしていないという。合鍵も持っている為、鍵など意味が無い。
次は、一応夏休み編終了だから、恒例の夏休み最後の日とかの話、かなぁ…。
それでは次回もどうぞよろしくお願い致します。