117話 物事は計画通りには進まない
とりあえず更新できました。
毎度毎度遅れて申し訳ないです。
カンカンと、水城が指示棒で黒板を叩き、目の前の机に座る奴に向けて口を開く。
「宝来彼方君、復唱」
その声に、金見が黒板に書かれた文字を読み上げる。
「一つ、試験期間中、女の子についていかない。特に後輩」
「ひとつ、試験期間中、女の子についていかない。特に後輩?」
金見に続き復唱する宝来。
「一つ、何徹してでも勉強します」
「ひとつ、なんてつ?してでも勉強します」
疑問符を飛ばすな。
「一つ、追試は一発合格」
「……ひとつ、追試は一発合格」
「一つ、インハイ優勝」
「インハイ優勝‼︎」
最後のだけ自信満々に力強く言った宝来は、なぜか胸を張る。
いいか、宝来。これはお前の追試"の"追試を回避する為の会議だぞ。
「以上4つの項目を最低限守って、来週の追試に備えます。いいですか?返事は、はいかイエスかヤーかウイかダーしか受け付けません」
水城が指示棒を縮ませながら、そう言うと、宝来は元気に返事をした。
「じゃあ、ヤー‼︎」
「いい返事を貰えたところで、勉強を始めます」
「なんでだよ‼︎俺、ヤーって、ヤダって言ったじゃんかよ‼︎バスケの練習したい‼︎」
どこの園児だとツッコむべきだろうか?
大方、ヤーの意味が、いいえとか嫌だとか、断るとかの意味だと思ったのだろうが、ドイツとかではイエス、という意味だ。他のも全部はい、という意味だから、断るという選択肢は最初から存在しないのだ。
まあ、当然のことだが。
水城は、バンッと、教卓に指示棒を叩きつけ、にっこりと笑った。
「いいかい彼方。僕達だって練習したいよ?だけど君の為にこうして集まっているんだよ。何故だかわかるかい?」
「な、夏野と晴汰はいないじゃんか‼︎」
「それも含めて、何故だか、わかるかい?」
凄味が増した水城の笑顔に、たじろぐ宝来。
「バカだね〜彼方。自ら地雷を踏み抜くなんて。かく言う俺だって、練習行きたいのに、こっちに来てやってるんだよ?誰の為だと、思ってるのかなぁ?」
にっこり笑う金見に、遂には怯えて、僕の方をチラッと横目で見る。この場合は、ヘルプサインだな。
「……はっ」
「⁈」
助けないがな。
鼻で笑って、僕は視線を黒板に戻す。
「さて彼方。人に助けを求める前に、まずは自分のテストを見直してみたらどうかな?分かってるだろ、僕達はその為に集まってるんだからさ。無駄な事に割ける時間はないんだ」
いつも以上に刺々しい言葉が、冷徹な笑顔と共に宝来に向けられる。
それに宝来は、縮こまり少し俯きながら、
「……………すみませんでした」
小さな声で謝罪を零した。
それに水城と金見は、ため息を吐きながら一つ頷く。
「じゃあ本題に入るよ。今回、彼方が赤点を取ったのは、英語、数学、日本史、化学の四教科です。見事にバラバラに赤点を取っていて、僕達はとても関心しております」
「え、えへへ、そ、そうかなぁ」
「褒めてないからな」
水城に褒められたと勘違いした宝来は、少し照れ、二人から冷たい視線を浴びている。……いい加減、学習しような?
「僕等は来週の追試までに、君に四教科全てを教える必要があります。インハイの日程もあったので、一日で追試が受けられるよう、先生に頼みました」
「なにそれ聞いてない⁈」
「今言ったからね。それで、テストまでの五日間みっちり勉強して、一発で追試を合格してもらいます。部活の放課後練は休み。その代わり、朝練は三倍、昼休みにも練習します。許可はとってあります」
騒ぐ宝来を気にも止めず、淡々と説明する水城。そして、金見が大きめの紙を黒板に貼り付ける。
「つまり、三日間は放課後を全て勉強に、土日二日間は泊まり込みでみっちりやります。前日はほぼ徹夜を覚悟して下さい。覚えが悪かったらその分睡眠時間が減ります」
そこには、宝来彼方追試の追試阻止計画表という文字と共に二つの円グラフが書いてあった。
一つは、平日の予定表。一つは、休日の予定表だ。
「……ほぼ寝れねぇじゃねぇかよ⁈」
数秒それを見ていた宝来は、その"予定"を見て叫んだ。
平日
23時〜5時睡眠、5時半〜8時10分朝練、8時半〜16時授業、16時半〜19時勉強、19時半〜22時30分勉強。
空いてる時間は好きにしていいよ。
休日
24時〜2時睡眠、2時半〜7時勉強、7時半〜11時50分勉強、12時半〜15時勉強、15時40分〜18時半勉強、19時〜23時勉強、23時半〜24時勉強。
「風呂は⁈飯は⁈」
「空いてる時間にどうぞ」
「二、三十分しか休憩ないじゃんか‼︎」
「それでも、要所要所で休み入ってるでしょ?それとも何、もっと勉強したいの?」
叫ぶ宝来に、静かに返す水城。そして、更に言い募ろうとする宝来に、金見が一言告げる。
「別に、彼方が留年しても俺たちは困らないんだよ」
「すみませんでした」
留年という一言に、机の上で見事な土下座をした宝来。半泣きである。
そして、僕もため息を吐きながら、一つ言ってやる。
「理解していないようだから教えてやる。そのスケジュールなのは僕達も同じだ。まあ、こちらは三人だからお前より休みは多いがな」
「そういうこと。付き合ってやるんだから、感謝してほしいものだけど?」
「ホントーニスミマセンデシタ」
土下座のまま顔を上げず、謝罪の言葉を口にする宝来。僕等はそんな宝来に、もう一度ため息を吐き、水城と金見は勉強の準備を始めた。その間に宝来は机から降り、ノートを机に出し待っていた。教科書を出さないあたり、自ら勉強をする気がないのが丸わかりだ。
「じゃあ、勉強始めようか」
「あ、その前にトイレ行っていいか?」
金見が表をしまい、水城が黒板を綺麗にし、勉強を始めようというところで、当事者が流れを切った。
……生理現象だから仕方がないとはいえ、このタイミングでか?
なんで待っている時に行ってこようと思わなかったんだ?
「……いいよ。でも、すぐ戻って来るんだよ」
「分かってるって‼︎んじゃ行ってくる‼︎」
呆れた水城から許可を貰った宝来は、勢いよく立ち上がると、走って教室を出て行った。
僕達は顔を見合わせて、本日何度目かも分からないため息を吐き、本人がいないと始まらない為、勉強内容の確認をした。
「…………帰ってこないんだけど?」
「こないねぇ〜」
「帰ってこないな」
20分経っても、宝来は教室に帰ってこなかった。
珍しくイラつきを表に出す水城と、緩い口調ながら、全く目が笑っていない金見。そして、一人本を読む僕。宝来がいない間くらい好きにさせてくれ。
水城が携帯を取り出し、連絡を取ろうとした時、その携帯からタイミングよく着信音が鳴った。
相手は、宝来。
『…………』
顔を見合わせて、水城の手の中で鳴る携帯を見る。
「…………もしもし」
暫しの沈黙の後、水城が僕達にも聞こえるよう、スピーカーにし着信に応じると、宝来は呑気な声でこう言った。
「なぁ橙里、俺、留年してほしいって頼まれたんだけど、どうすればいい?」
『…………』
その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「……お前、今どこだ?」
いち早く立ち直った僕は、宝来に問いかける。
「えっと、一個上の階の、うーんと、なんかの部室」
「……因みに、さっきの頼みは誰からのだ?」
「トイレ前にいた女子。トイレ出たらさ、着いてきてほしいっていうからさ」
「……わかった。今すぐ行くから待ってろ」
それだけ言うと、僕は通話を切り、一言も発さない二人を置いて教室の入口へと足を向ける。教室を出たところで、水城と金見も立ち直ったのか、ゆっくりと僕の後を着いてきた。
「もうさ、留年でいいんじゃない?」
「今年インハイとウィンターカップ優勝できればさ、もういいんじゃない?」
「そうだよね。彼方が留年しようが僕達には関係ないもんね」
「これから部活行くか?まだ始まったばかりだろうから、練習できるぞ」
宝来、僕は助けないぞ。
お前の馬鹿さ加減にほとほと呆れて、最早お前のことを諦めかけている二人に見放されたら終わりだからな?
そんなことを思っていると、両肩にポンと手が乗った。
「佐藤君はすごいよ。あんなのと十年も付き合ってるんだから」
「尊敬するよ。今まで軽く考えててごめんね」
何故か敬われ、謝られたのだが……。
水城もさり気に、"あんなの"とか言ってるし…。
聞こえていないと思うが、もう一度言うぞ宝来、僕は助けないからな。
一人でお前の面倒なんか見てられるか。
申し訳ないですが、一旦切ります。
今月中には、追試編を終わらせたい……!
8月に入ったら夏休み編を書きます。一応言っておくと"受験生の"夏休みですからね…?
次回も追試編です。よろしくお願い致します!