114話 お話をしようか
遅くなり申し訳ない。
しかし、話は少し季節を先取りしまして、まぁ少し趣向の変わった話になっていればな、と思ってます。
「百物語をしよう」
「は?」
水城の気まぐれな、ただの思いつきでしかないこの言葉から、それは始まった。
教室の電気を消し、わざわざ暗幕を借りてきて、物好き以外は誰来ないからと、放送室横の空き教室にきた僕達は、水城の持参した蝋燭を囲むように、これまた借りてきた座布団をならべ座っていた。
ちなみに、今日は土曜日である。
帰宅部の僕にとっては、休日のはずである。しかし、僕は今学校にいる。
「…………お前ら、部活どうした?」
「今日は完全オフの日。自主練も禁止」
「なら休めよ」
僕のその言葉にはニコリと笑うだけの水城。そして、中央にある蝋燭を手に取り、数分前に聞いた言葉を繰り返す。
「百物語をしよう」
蝋燭に下から照らされ、不気味に見える笑顔。それに眉をひそめたが、一人の馬鹿が手を挙げ言った。
「"ひゃくものがたり"ってなんだ?」
「じゃあ早速始めようか。まずは僕から」
「なあ、"ひゃくものがたり"ってなんだよ⁈」
宝来の疑問に答えることなく、話を始めようとする水城。三年目にして、馬鹿への対応が板についている。
「聞いていればわかるよ。とりあえず、僕が最初に話すから、黙って聞いてて」
黙って、の部分を強調したな。まぁ気持ちはわかるが……。
宝来が口を閉じたのを確認した水城は、話し始めた。
「これは僕の叔父が体験したことなんだけど」
ありがちな始まり方で、百物語は幕を開けた。宝来と岬は首を傾げた。
…岬、お前も百物語を知らないのか?
「家から車で1時間くらいのところに、あることで有名なトンネルがあったんだ。叔父は興味があったらしくてね。丑三つ時に近い時間に、車を走らせてそのトンネルに行ったそうだ。そのトンネルは駅の近くの、でも少し薄暗くて車通りも少ない場所にあるそうだ。夜中だというのもあって車は一台もいなかったそうだよ。叔父は、そのトンネルの中心で2、3分停止したそうだ。しかし、何もおこらなかった。叔父は「なんだ。ただの噂か」と車を走らせた。そして、トンネルの出口辺りで一台のトラックとすれ違ったそうだ。その時叔父は、トラックのことは別に気にしていなかったそうだ。でも、その数秒後だ。後ろが赤く光ったそうだよ」
何故かそこで一度区切り、宝来の方を見る。
「なんだったと思う?」
「えっ⁈いや、えっと、、ワカリマセン」
急に話を振られた宝来はしどろもどろになり、視線を彷徨わせた後、何故かカタコトで答えた。それにニコリと笑った水城は、続きを話す。
「叔父は驚いて急ブレーキをかけて、振り向いた。そこにあったのは、燃え盛るトラックだった。でも問題はもう一つあった。燃えていた場所は、さっきまで叔父が止まっていた場所だったんだ」
誰かがヒッと声にならない声をあげる。
「叔父は急いでアクセルを踏んで、慌ててその場から離れたそうだよ。無事に家に辿り着いた叔父はこうおもった。「あれは偶然が重なった、ただの事故だ」と。そうただの事故」
「なんだ、ただの事故か」
ホッと安心した表情で胸をなでおろす岬。しかし、まだ話しは終わっていない。水城はまだ蝋燭を吹き消していないからな。
「翌日のことだ。叔父は調べたそうだよ。そのトンネルでの事故のことを。でも、トンネルでトラックが燃えた、なんて事故はおこっていなかったそうだよ。あれだけ燃えたのなら、運転手は怪我を負ったはずだ。最悪の場合、死んでいてもおかしくない。でも、誰かが病院に搬送された、とか亡くなったなんていうニュースもなかったんだ。あとから考えると不思議な点が一つあったそうだよ。…トラックが燃えたのに、燃えているのに、音がしなかったそうだ」
「ど、どういうこと…?」
暗いため分からないが、恐らく青い顔で水城に問う岬。その隣では宝来が小刻みに振動している。
「燃えてると分かったのは、真夜中で暗いはずなのに背後が赤く光ったからってだけだ。車が突然燃えたら、普通は音がするはずでしょ?例えば、爆発音とか。ガソリンに引火したら爆発するからね。でも、何の音もしなかったそうだよ。無音だったんだって。燃えた原因も分からないし、燃えた事実もない。これは、興味本位で心霊スポットに出かけた叔父の、そんな恐怖体験のお話しだよ。お終い」
ふっ、と蝋燭の火を吹き消した水城。完全な暗闇になる室内。
『ギャーーーー‼︎‼︎‼︎』
そんな状況に、ビビりが叫んだ。
しかし水城はそんな二人を気にも止めず、ゆっくりとライターで蝋燭の火をつけ直した。
「さて、百物語が何かわかったかな?」
肩身を寄せ合い恐怖で震える宝来と岬に、笑いながらそう問いかける水城は、とても楽しそうだ。
「こっ、怖い話しか⁈」
「心霊現象の話しすればいいの⁈」
涙目でそう叫ぶ2人。僕は思った。そんなに怖い話しだったか、と。
「まぁ、ざっくり言えばそんな感じかな。で、話し終わったら蝋燭を吹き消す。本当なら百の物語を語るんだけど、一人一つ話したら終わりにしようか。蝋燭も一本しかないしね」
そして水城は、隣にいた僕に蝋燭を差し出した。
「次は佐藤君ね」
受け取り、ため息をつきながら僕は言う。
「そんなに怖い話しなんて、僕は持ってないぞ」
「僕が小学生の時のことだ。子供は正直だ、とはよく言ったものだ。正直なのではなく、残酷なだけなのに。そう僕がそれだった。小さい頃は、僕には友達が多かった。同年代に留まらず、子供から老人、果ては猫や犬なんかと言った動物まで、非常に多くの友達がいた」
「へぇ、佐藤にもそんな時期があったのか」
先程の水城の話しでビビっていた岬は、拍子抜けしたのか、僕の話しに耳を傾けた。宝来は何か不思議に思うところがあるのか、首を傾げている。
僕は続ける。
「ああそうそう、僕は小さい頃は眼鏡をかけていてな。度は入っていないんだが、かけるとその友人達が見えなくなって重宝したな。鬱陶しいものが見えなくなって。あの頃は風呂でもかけていた。まぁそんなことは置いといて、僕の体験した事だ」
「ちょっと待って、既に恐怖体験済ませてる気がする」
金見が思わずと言った風に、片手を上げストップをかけるが、僕はそんなもの気にしない。
「学校からの帰り道、その日は委員会があって遅くなってしまったんだ。夕日も沈み始めたそんな時だ、僕は後ろから何かの気配を感じて立ち止まった」
「スルーしないでお願い‼︎」
うるさい奴らは無視だ。
「背後を振り返ると、そこには誰かと遊んだ帰りであろう、バスケットボールを抱えた宝来がいた。僕は走った。宝来とは逆方向に」
「なんで⁈」
「その日は、不運にも眼鏡を学校に忘れたようでな。いたんだ、宝来の他にも、沢山の友人が。そう宝来の後ろに」
「…………えっ……?」
サッと顔を青くする宝来。バッと全員が宝来に視線を向ける。
それに宝来は無言でブンブンと首を振り否定する。
「そいつらは、僕が一番嫌いな奴等でな。思わず逃げたよ。なんせそいつらは宝来と同類の話の通じない馬鹿だったからな。大人にもなって情けない。小学生に言い負かされる大人がどこにいる。そう僕は恐怖した。馬鹿は小学生以下なのだ、と。その日から僕は勉強時間を増やし、本を読むようになった。今では立派な本の虫だ」
『…………』
何故か無言で、何か言いたげに僕を見てくる5人。
「……佐藤君が恐怖するとこ、そこなんだ」
「いや、もう何も言わないよ。じゃあ次の人……て、あれ?そういえば、なんで蝋燭吹き消してないの?」
金見が呆れ混じりにそう言い、水城が僕の手元の蝋燭を見て、疑問を口にした。
「それは、まだ話しが終わっていないからだ。続けるぞ。僕は追いつかれる事なく、無事に家にたどり着いた。でも、そこで気がついた。眼鏡をかけていないことに。そう、家の中にいたんだ。あの最悪の悪魔が」
「「うわぁぁあ‼︎」」
「僕は時計を見た。時刻は18時。もう日も沈む寸前。部屋の中も薄暗くなっていた。…僕はリビングでそれを見た」
「「ギャァァァァ!」」
「ニッコリと満面の笑みを浮かべる、母を……」
「「ぎゃあぁぁ……、、え?」」
叫んでいた2人は、抱き合ったままポカンと口を開けて停止した。
「母は怒っていた。僕は小学生の低学年。門限はとっくに過ぎていた。母は怒っていた。門限を破り、夕飯の仕込みをしていない僕を…!」
『………………』
室内を静寂が支配した。そんな空気、僕には関係ない。
「あれ以上の恐怖を、今まで、僕は感じたことがない。終わりだ」
ふっ、と蝋燭を吹き消す。真っ暗闇の中、動く者は一人もいない。
「…………」
僕はこれ幸いと、蝋燭をその場に置き、静かに立ち上がる。そして、物や人にぶつからないよう慎重に移動し、教室のドアに辿り着く。
「僕は帰るからな」
一言だけそう告げ、僕は教室から立ち去った。
何故だか、僕を止める者はいなかった。
佐藤が立ち去った教室では、出て行った奴の背を見るように、教室のドアを見つめる五人が残った。
「……なぁ、一つ聞いていいか?」
沈黙が続く中口を開いたのは、意外にも宝来だった。そんな宝来に皆が視線をやる。水城はついでに、蝋燭に火をつけた。
「俺、佐藤の友達に、とりつかれてない……?」
涙目で、震える声で、宝来は仲間に問う。
「「「「…………」」」」
仲間は沈黙で答え、一斉に目を逸らした。
「なぁ‼︎とりつかれてないって、大丈夫だって言ってくれよ‼︎」
宝来の必死の叫びに、答える者はいなかった。
というわけで、まぁ百話はなしてないですが、百物語の話でした。
怖いかどうかはさて置いて、一応怖い……かな?、くらいの話になっていれば幸いです。
ちなみに、水城の話は、半分くらいは実話です。知り合いが体験した事です。
それでは次回もよろしくお願い致します。