113話 知りたい名前
一日遅れですが、なんとかアップできました。
前回の続きです。
「それで、どうするの?当の本人である佐藤君は、目と鼻の先にいる訳だけど」
ハッと気がついたかのように、顔をあげた宝来と岬と幡木は、次の瞬間教室を飛び出した。
「それでは、今日の投書です。一応毎日言っていることですが、放課後には部活以外で残っている物好きな生徒は少ないと思いますので、部活動向けの投書になります。それでは最初の投書です。バスケ部に関する「佐藤‼︎‼︎」…………」
ドンドンと、放送室のドアが強く叩かれた。最早音からしたら、殴っているのでは、と思うくらい大きい音を立てながら、丈夫な放送室のドアが振動する。
「センパーイ‼︎‼︎さとーセンパーイ‼︎」
耳障りなよく響く声までも聞こえてきて、僕は頭痛がしてきた頭を押さえる。
「佐藤‼︎」
お前までもか、と思わず言いたくなった。岬までもが馬鹿に混ざり、何故か僕のことを呼ぶ。
「……失礼しました。暫くお待ち下さい」
断りを入れ、僕はマイクのスイッチを切った。
「…………」
そしてドアの前まで行き、立ち止まりドアを、正確にはドアの前にいるであろう馬鹿三人を睨みつける。
「佐藤‼︎俺、聞きたいことがあるんだ‼︎」
「そうなんだよ‼︎気になってしょうがないんだ‼︎」
「そうですよ先輩‼︎聞きたいことがあるんです‼︎だからここ開けてください‼︎」
「断る。話は聞いてやるが、ドアは開けん」
「佐藤ー‼︎」
「佐藤‼︎」
「センパーイ‼︎」
「……」
馬鹿三人の声が聞こえてくるせいで、放送室は多少なりとも防音であったことを失念していた。おかしな事に、外の声は聞きやすいが、中からの声はあちら側には聞こえてずらいようだ。その為止まないノックと佐藤コールの嵐に、僕はため息を吐き、ポケットのスマホを取り出し、宝来に電話をかける。三回のコール音の後、
「はいはーい。こちら金見。ご用件をどうぞ〜」
「……なんでお前が出るんだ」
出たのは金見であった。不機嫌さを隠すことなくそう言うと、金見は笑いながら言う。
「実は俺達、放送室の隣の教室で勉強会中でさ、それで、佐藤君に聞きたいことがあるって事で三人が飛び出してっちゃってさ。ああ、俺も気になってるから止めないよ。ごめんね」
悪いとも思っていないであろう謝罪に、僕はスマホを持つ手に力が入った。
「……そうか。それならお前に聞こうか。聞きたい事とはなんだ?放送を中断させられて、バスケ部への苦情が言えなくて困っているんだが」
「ちょっと待って。バスケ部への苦情って何?」
「投書の内容だ。簡単に言うと、バスケ部の先輩がうるさい。絡まれすぎて困ってる。あのテンションについていけない。練習で疲れてるのに更に疲れる。と言った内容をやんわりと書かれていたな。因みに一年だ」
「…………わかった。できればそれは放送で読まないでくれると助かる。佐藤君の事だ、彼方の名前も出す気だろ?」
金見の少し引きつったような声に、僕はニヤリと笑いながら、追い討ちをかける。
「よくわかったな。"煩い先輩"に当てはまる奴はあいつしかいないからな。僕は控えめに書かれていた苦情についても、僕なりに解釈して読ませてもらう」
「それ本当に彼方落ち込む奴だから、やめたげて」
「なら、三人を引き取れ。今すぐにだ」
僕は交渉(決して脅しではない)を持ちかけ、苦情を読まない代わりに三人の引き取りを要求した。少しの沈黙の後、金見は諦めたかのように頷いた。しかし、金見はただでは終わらないようだ。
「…………わかった。でも、僕達の疑問にも答えてくれるかな?」
「内容による。その聞きたい事、疑問とはなんだ?」
「君の名前が知りたいなって思ってさ」
「……は?」
一目惚れした女子に言うようなセリフに、僕は理解が追いつかず、思わず間抜けな声を出してしまった。
「君の名前が知りたいんだ」
告白紛いのセリフを繰り返さなくていい。
「さとー。なぁー、さーとーうー。開けてくれよー」
叩く力は強いのに緩い声で僕を呼ぶ声。
「意地でも私を放送室に入れないつもりですか⁈先輩は、あの意地悪な校長の手先なんですか⁈」
僕を非難しながらも、さり気なく校長をディスる幡木。
「これだけ聞いたら帰るから‼︎だから答えてくれよ‼︎」
悲痛な声で、ダンと壁だかドアだかを叩いている岬。
煩い…。動物園じゃないんだから、少しは声の大きさを抑えてほしいものだ…。ドア付近のの壁に寄りかかりながら、僕は外から聞こえてくる、声を目を閉じて聞き、待つ。
「彼方、夏野、幡木さん。佐藤君からの伝言がありまーす」
金見が陽気な声で、馬鹿三人の迷惑行為を止めに入った。
「まずはドアを叩くのをやめて欲しいそうです。それとうるさいって」
「うるさいとはなんですか先輩‼︎」
ドアを叩く音と抗議の声が再開した。
「あと、今から出るからドア叩くのやめないと「あ痛っ!」…頭ぶつけるって、遅かったか」
金見は苦笑しつつ、頭を押さえる幡木と、冷めた目でそれを見下ろす僕を見る。
「佐藤‼︎お前に聞きたいことがあるんだよ‼︎」
「……言ってみろ」
僕を見るなり詰め寄ってきた宝来に、僕は内容は知っているが、聞き返す。そう、一つだけこいつには言っておきたいことがあるからだ。
「お前の名前ってなんて言うんだっけ?」
「………幼馴染のくせに知らないのか、お前は」
そう。僕は金見から名前を聞かれた時にまず思ったのがそれだ。10年以上の付き合いだと言うのに、名前を知らないというのは、馬鹿にも程があるだろう。いや馬鹿なんだが……。
「だって佐藤は佐藤だろ?佐藤って呼んでるから俺にとって佐藤は佐藤であって、佐藤以外のなにものでもないんだよ。だから佐藤の名前が、佐藤なになのか覚えてないんだよ。なぁ佐藤教えてくれよ」
僕の名前がゲシュタルト崩壊を起こしている…。やめてくれ。意味が理解できなくなるだろう。
「…呆れて何も言えないな。一つだけ言ってやる。最初から、お前等に教えてやるつもりはない」
「別に名前くらいいいだろ!」
答えるのを拒否した僕に、岬が怒鳴る。
「そうですよ!言っちゃった方が楽ですよ〜」
それに便乗する幡木。
「俺も知りたいな。もう知り合ってから二年以上も経つのに、知らないのも友人としてどうかと思うんだ」
「勝手に思ってろ。僕は言うつもりはない」
それだけ言って放送室に戻ろうと、ドアを閉めようとしたが、ガッと、何かが引っかかり閉まらなかった。
「教えてくれるまでひかないからなぁ」
ドアに足を挟み、更に手をかけてその馬鹿力でドアを閉めるのを阻止した宝来は、いい笑顔で僕を見る宝来。それを冷めた目で見下ろしたが、僕はため息を吐き、仕方なく一つ提案する。
「分かった。いいぞ、教えてやる」
「本当か‼︎それじゃ「ただし‼︎」
パァと笑顔になった宝来の眼前に、人差し指を突きつける。
「宝来、お前が次のテストで赤点回避、もしくは1教科だけでも70点以上取れた場合教えてやる。まぁ、できればの話だがな」
僕は、ドアから手足を離した宝来を鼻で笑って、放送室に戻った。もちろん鍵をかけるのは忘れない。
「嘘だろーーー‼︎‼︎」
「……佐藤君。それって、教える気はないって言ってるも同然だよね?」
床に崩折れ叫ぶ宝来を見ながら、金見は呟く。
「先輩!赤点なんて一夜漬けすれば簡単に回避できますよ‼︎」
そんなので回避できていれば、僕達は苦労しないし頭を抱える必要はないんだよ。
「おわった……」
岬は岬で肩を落とし、トンと壁にもたれかかった。
そんな声を聞きながら僕は、椅子に座り放送を再開した。
佐藤の名前知り隊の挑戦は続く。
というわけで、今回も佐藤君の名前は出ません!
一応決まってはいますが、今のところ出す予定はありません(多分…)ネタが切れたら出すかも……。
2話構成の佐藤君の名前についての話でした。
それでは次回もどうぞよろしくお願い致します。