112話 知らない名前
あえて書いてなかったことを話にしました。どうぞお楽しみに。
「なあ……」
ある日の放課後、
「俺、気づいたことがあるんだ」
彼等はとある空き教室に集まっていた。真剣な表情で口を開いたのは、岬夏野。皆が岬に目をやる。息を呑み、続く言葉を待つ5人。
「俺、佐藤の名前、知らない…‼︎」
事の発端は、その日の朝のこと。
「知ってると思うけど、今日は体育館の点検だから午後は部活休みね」
「えっ⁈」
朝練終わりで教室に向かっていたバスケ部の5人。部長水城の言葉に驚きの声をあげたのは、当然というか宝来である。
「……彼方、この間渡したプリント見てないの?」
「そそっ、そんなこと、、」
笑顔で睨まれた宝来は、目を泳がせながら慌てて否定しようとするが、否定の言葉は最後まで言えず冷や汗を流す。
「はぁ。まあいいよ。とりあえず、今日は体育館使えないから、行ったって練習できないからね」
水城はため息混じりにそう言うと、タイミングよくたどり着いていた教室に入った。
ぞろぞろと高身長の5人が教室に入り、席に着くと、宝来がパンと手を打ち笑顔でこう言った。
「放課後遊ぼうぜ‼︎」
「断る」
唐突に叫んだ宝来の言葉を、僕は即座に切り捨てた。
「えー、なんだよノリ悪いな」
唇を尖らせ不満を口にする宝来を無視し、いつも通り本に目を落とす。そして、聞く気のない僕から目を水城の方へ移し、訴える。
「うん。僕は構わないよ」
「俺も。別にやることもないし」
「俺も」
「構わん」
水城、金見、岬、新井山と、皆部活が休みになって暇なのだろう。宝来の誘いに頷く。そんな無駄な会話をしている間に、担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。
そして放課後。
「で、遊ぶってなにすんの?」
首を傾げながら宝来に聞くのは、岬である。
「え、決めてないけど」
「「「「…………」」」」
当然のように言ってのけた宝来に、4人は呆れ顔で宝来を見る。
「……ちなみに、予算は?」
ゲームセンターに行くのも、ファストフードに行くのにもお金は必要だ。
「金はない‼︎」
「「「「………………」」」」
しかし、宝来はお金を所持していなかった。
「よし!じゃあ空き教室で勉強しようか‼︎」
水城はにっこりと笑顔でそう言った。
「やだ。俺遊びたい」
「金欠赤点野郎に拒否権はないよ」
有無を言わさぬ水城の笑顔の前では、宝来の言葉など、意味を成さなかった。
と、いうことで行った場所は、放送室の隣にある空き教室。放送室では放送委員長が放送中。彼は宝来達が隣にいるのを知らず、放送を続けている。
そして勉強を始めてすぐ、開けっ放しにしていた教室のドアから、小さな後輩が騒がしく入ってきた。
「なにをしてるんですか先輩方‼︎私もまぜてください‼︎」
「勉強」
「私はやることがあるので失礼しますね‼︎」
入ってきて早々、なにをしているかを知ると踵を返し、立ち去ろうとする幡木掬。
「まぁ待て」
幡木の襟首を掴み引き止めるのは、幡木に仲間意識のある宝来である。
「離してくださいほーらい先輩!私は勉強は大嫌いです!私には、放送室に入るという大事な用事があるんです!」
「混ぜてくれって言ったのはお前だろ!俺だって勉強は嫌いなんだ!逃すかっ‼︎」
「いじめです!後輩いじめです‼︎嫌なことをきょーよーしようとするのはよくないですよ!」
逃げようとする幡木。しかし、圧倒的な身長差に逃げる事は叶わず、机と椅子をもう一組持ってきて、勉強会に混ざることになった。幡木の座る席は窓際で、入口からは一番離れていて、かつ、逃走防止の為、宝来が隣に座る。
「もうすぐ期末だから、勉強はしっかりやらないと赤点とるよ」
「赤点なんてとったことないです。私にはヤマをはっての一夜漬けで十分なのです。だから勉強なんて必要ないです」
「諭吉さんを利用するのはやめろ」
机に顎をつけ、頬を膨らませ不満を口にする幡木を、新井山は睨みつけ、"諭吉さん"の利用について苦言を言うが、幡木は聞いていない。
「あーあ、佐藤先輩なら勉強についてなにも言わないのに。ほーらい先輩たちはなんで勉強しろなんて言うんですか」
「佐藤君も、君に勉強させようと思えるほどの余裕がないんだよ。主に放送委員関係で」
「佐藤君は彼方だけで手一杯なんだよ。馬鹿の世話は」
「佐藤は面倒事は好まない」
「………」
新井山までもが口を開く中、岬はなにかを考えるように、静かに会話を聞いていた。その様子に気がついた金見は、問いかけた。
「どうした夏野?」
そして冒頭に戻る。
「佐藤君の名前って、佐藤君は佐藤君でしょ?」
と水城。
「そうだぞ。佐藤君は佐藤君だ」
金見も首を傾げる。
「なに言ってるんですか先輩!佐藤先輩は佐藤先輩ですよ!」
「そうだぞ、なに言ってんだよ夏野!佐藤に佐藤以外の名前なんてあるわけないだろ!」
馬鹿二人は腹を抱えて笑い転げる。
「そうじゃなくて、佐藤の下の名前だよ‼︎佐藤は佐藤だけど、佐藤じゃなくて、佐藤の下の名前‼︎佐藤なにって言うのかを知らないって言ってんの!」
「……佐藤のゲシュタルト崩壊」
立ち上がり叫ぶ岬を見て、冷静にツッコミを入れる新井山。
「…そういえば、知り合って二年ちょっと経つのに、知らないな」
水城が顎に手を当て、確認するかのように呟く。
「なあ彼方、お前なら知ってるよな?幼馴染のお前なら」
金見は、10年来の幼馴染の宝来に聞く。それに宝来は、一つ頷くと、
「そりゃもちろん……、、あれ?」
自信満々に胸を張って答えようとした宝来だが、次の瞬間首を傾げ、
「お、おい彼方、もしかして……」
「俺、佐藤の名前、知らないや」
呆然と呟いた。
「おい幼馴染!お前が知らなかったら誰が知ってるんだよ‼︎」
岬がバンバンと机を叩きながら、宝来を責めるが、宝来は眉をひそめたが、椅子を倒しながら立ち上がり、
「只今より、佐藤の名前を知ろう大作戦を決行する‼︎」
拳を握りそう叫んだ。
「いいですね!その話、私ものります‼︎」
「賛成!俺も気になって勉強どころじゃない‼︎」
こうして、佐藤の名前知り隊が結成された。
次回
今まで明かされていなかった佐藤の名前がついに!
お前の名前って何て言うの?
言っちゃった方が楽ですよ〜。
名前くらいいいだろ!
迫る大男共とちび。
冷めた目でそれを眺める佐藤。
佐藤の名前知り隊は、名前を聞き出すことができるのか…⁈
乞うご期待。
次回、と書きたかったがために続きます。
今まで、あえて下の名前を書いてませんでしたが、特別な意味はない……です。佐藤君にとってはあるけど……。
本文にはああ書きましたが、あまり期待せずお待ち下さい。
それでは、次回もどうぞよろしくお願い致します。