92話 最悪なクリスマスの過ごし方 前編
クリスマス編、前後編でいきます。
楽しんで頂けたら幸いです。
12月。
それは一年の中でとても静かな月である。
一般的に考えれば、冬休み、クリスマス、年末と騒がしいイメージだが、それは”一般”の人に当てはまるのであって、僕には当てはまらない。
と、思っていた時期が僕にもあった。
「佐藤先輩佐藤先輩‼︎私、これが欲しいです‼︎」
「ほう…。これを選ぶとは中々に見所のある後輩君だな。どれ、少年ではなく私が取って差し上げよう。なに気にするな。私は先輩であり会長だからな」
街中で、最悪の二人に出会うまでは……。
12月24日 クリスマスイブ
宝来彼方含む逢真高校バスケ部一同は、大会の為不在。
決勝まで勝ち進めば、23日〜29日まで会うことは殆どないと言っていい。
この一週間が待ち遠しかった。
まぁ今年は、夏に祖父母の家に行ったリフレッシュ週間があったが、この一週間はまた違う。
この時期は忙しいのか、出張で母も不在なのである。
つまりは家で一人。なんと素晴らしいことだろうか。
さて、そういう訳だから僕は今年も一人で、クリスマスに彩られた街に繰り出すとする。
今思えば、この考えが愚かだったのだ。
そう、今年は去年とは違う点が三つある。
一つは、僕が高二になったこと。
一つは、後輩ができてしまったこと。
そして最後は、一年の時は一切関わらないように努力した、現生徒会長と関わってしまったことだ。
この三項目で、僕が言いたいことは理解できたはずだ。
街に繰り出し、早数時間。
服屋に行き服を数点買い、靴屋に行き靴を買った。そしてファストフード店にて昼食を取り、近くにあったゲームセンターに入った。
そこで事件は起こった。
適当に遊ぼうと、クレーンゲームコーナーを見ていたときだ。後ろから肩を叩かれ振り向いた。振り向いたのが失敗だと気付くのに、一秒もいらなかった。
「せーんーぱいっ!」
にっこりと、いい笑顔の幡木掬がそこにいた。
「……………………」
「どうしたんですか?可愛い後輩に会えて、嬉しくて言葉もでませんか!」
「それは違うから今すぐ訂正しろ」
絶望に言葉を無くしていた僕に、無言を全く逆の意味で捉えた幡木に、即答で否定する。
「またまたぁ。本当は嬉しいくせに〜。もうっ照れ屋なんだから!」
しかし、こいつに話は通じない。
僕の背をバシバシと叩きながら、片手を自分の頬に添え、へらりと笑う幡木。
今現在、卒業するときにこいつをタコ殴りにしても許されるかを、自分の理性と真剣に検討中だ。
「………それで、僕になんの用だ?」
ため息を吐きながら、僕は幡木に向き直る。
「ここに入る先輩が見えたから、追いかけてきました‼︎」
「今すぐ帰れ」
仁王立ちで何故かドヤ顔をする幡木に、入口を指差し帰宅を促す。
まぁ言ったところで聞かないのはわかってるがな…。
しかし、幡木が抗議する為の口を開く前に、指差した入口の方向から別の声が聞こえてきた。
「おやおや、女の子にその言い方はないんじゃないかな。直属の後輩には優しくしたまえよ、少年」
僕が指差した方向には、最悪の人物が立っていた……。
「生徒会長として、君のその言動は見過ごせないな。後輩には優しく!基本だろ?」
僕が会いたくない人物トップ3の一人、生徒会長の皇 凰羅だ。
僕がさらなる絶望に固まっていると、会長は腕を組み、カツンとヒールを鳴らし、ニヤリと笑った。
「さぁて、特別指導だ‼︎」
僕はクリスマスを呪った。
「さて、では幡木君!」
「はいっ‼︎」
ビシッと幡木を指差し、意味がわかっていないにも関わらず、元気に返事をする幡木。
いいか幡木。そんな返事をしても、褒めてくれるのは小学生までだ。
「ちょうど今日はクリスマスだ。そこの少年になにかお願いしてみるといい」
「おい、ふざけんな。こっちの都合は無視か?」
「わぁぁ‼︎なんでもいいんですかっ⁈」
「なにもよくねぇよ。話を聞け」
「ああいいとも。さぁ君は少年になにを願う?」
「お前が返事するな」
「ええっと、どうしようかな」
「僕は頷いてないぞ。だから話を聞け」
話を聞く気のない二人に、僕は頭痛がしてきた頭を押さえる。
「じゃあ、ここでなにか取って下さい‼︎」
幡木は嬉しそうにクレーンゲーム機を指差し、僕に向かってそう言った。
僕は願いを聞いてやるとは一言も言っていない。
そして冒頭の会話に戻る。
「佐藤先輩佐藤先輩‼︎私、これが欲しいです‼︎」
「ほう…。これを選ぶとは中々に見所のある後輩君だな。どれ、少年ではなく私が取って差し上げよう。なに気にするな。私は先輩であり会長だからな」
幡木が指差したぬいぐるみを見て、会長は感心したように頷き、財布を取り出した。
「あ、そういうことでしたら僕は不要でしょうから、お先に失礼します」
これ幸いとばかりに、僕は踵を返しその場から離れようと試みるが、
「いかんよ少年。これは私が(欲しいから)取るが、他のものは君が取りたまえよ」
会長に腕をつかまれ、逃走に失敗する。
そして、会長の言葉に思わずつっこむ。
「おかしな副音声がありましたが…」
「気のせいだ。例えこれが、私の大好きなアニメのマスコットキャラのぬいぐるみでも、取ったら後輩君にあげるつもりだ(二個取るがな)」
「………………そうですか」
もう何も言うまい。
「じゃあ先輩!これ、これ取って下さい‼︎」
後ろから服の裾を引っ張られ、僕はため息を吐きながら幡木の方に振り向いた。幡木が指差す先にあったのは、
「……お菓子か」
アニメ、漫画などに興味がない人向けのお菓子の景品だった。
「なんでもいいのでいっぱい欲しいです‼︎」
「…はぁ、わかった。じゃあ一つ約束しろ」
「なんですか?」
僕は財布を取り出し、すぐ横にあった両替機で千円札をくずしながら幡木に提案する。幡木は首を傾げながら続きを待っている。
「取ったら景品もって即座に帰ってくれ」
「少年‼︎だからその言い方がダメだと言っておるだろう‼︎」
ぬいぐるみを取っていた会長が、勢いよく振り返り怒鳴りつけてくる。
「あなたには言ってません。それで?約束できるなら、取ってやる」
僕は怒る会長の方を向くことなく、幡木に再度問う。
幡木は顎に手を当て、なにやら考えている。そして一つ頷き、生意気なことに僕に挑発的な笑みを向けた。
「いいですよ。じゃあ、全部でお菓子30個取れたら帰ってあげます」
「30個、ね。それはお菓子なら”なんでも”いいのか?」
「いいですよ!取れるもんなら取って下さいよ」
取れないと思っているのだろう。笑みを崩さず腕を組み、僕を挑発してくる幡木。それに僕は、
「わかった。じゃあお前は会長と遊んでろ」
ふっ、と一つ笑い小銭を手にお菓子コーナーへと向かった。
「やったー‼︎一つ目ゲットー‼︎」
背後では会長が景品を天に掲げていた。
……少しは空気を読んでほしいものだ。
幡木達と別れてから10分後。
「ほら。お菓子30個」
幡木に小さめの景品袋を差し出し、約束の物を渡す。
それを喜んで受け取った幡木は、袋の中を見て叫んだ。
「なんですかこれ⁈」
「………少年。これはズルいんじゃないか?」
「お菓子なら”なんでも”いいと言質は取った。きちんと30個はあるぞ。文句を言われる意味がわからないな」
僕が渡したのは、バラのお菓子30個だ。クレーンゲームで100円で三回のサービス台や、すくって落とすタイプのやつで取った。ワンコインで済んだぞ。
幡木は大袋のお菓子を想像していたのだろうが、これもお菓子であることに変わりはない。
「これじゃないですよ‼︎私は、あそこのとか、あっちの、大きいやつ30個って言ったんです‼︎」
「なんでもいいのかって聞いたら、いいって言っただろ。僕はちゃんと確認したぞ?お前が悪い」
「うぅ〜、、」
唸りながら睨みつけてくる幡木など無視し、ゲーセンから出ようとすると、目の前に立ちはだかる、デカいぬいぐるみを両脇に抱えた会長。
「待ちたまえ‼︎せめて、せめて慈悲を…!後輩君が悪かったのは認めよう。だが、だがしかし、あれではあまりにも、あまりにもっ…!30とは言わない…。せめて、せめて3つ、大袋のを取ってやってはくれまいか?」
慈悲もなにもないと思うのは僕だけだろうか?
一銭も出さないやつに取った物を快くくれてやれと?
集られてるだけだよな?なあ?
僕、なにか間違ってるか…?
クッ、と悔し気に顔を俯かせ、慈悲を、と言う会長に冷めた目を向けながら、なんだなんだ、と集まりかけている野次馬に思わず舌打ちし、いつも通り、ため息を吐く。
「……わかりました。3つですね。取ったら帰って下さいね」
結局は僕が折れるしかないのだ。
なぜなら、この二人は人の話を聞かないからだ。
この後ちゃんとお菓子を3つ取って、二人には丁重に、迅速にお帰り頂いた。
幡木達と別れた……言い直そう。帰ってもらった後は、最後の目的地の本屋に寄って、何冊か買い帰宅。
こうして僕のクリスマスは無事に終了した。
はずだった……。
翌日、予期せぬ事態に僕は思わず床に崩折れた。
佐藤君のクリスマス前編です。
来週は後編をお届けします(当たり前か…)
掬ちゃんと会長と街でバッタリ遭遇。
学校でもないのに出くわしてしまった佐藤君の絶望…。
12月25日クリスマス当日。佐藤君の運命や如何に…!
後編に続きます。
次回もどうぞよろしくお願い致します。