90話 宝来彼方の大作戦
今回は、短編感覚で読んで頂ければ……。
今回は主に彼方君視点で進みます。
俺は今日、とある計画を実行に移すことにした。
昼休み
いつも通りに登校し部活に行き、午前中の授業も終えた俺は、夏野と晴汰からの昼飯の誘いを断り教室を出た。夏野と晴汰は不思議そうに首を傾げていたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
俺は小走りでとある教室に向かった。
1-Dとプレートがかかっている教室のドアを開き、問いかける。
「幡木掬はいるかぁーー‼︎」
勢いあまって教室のドアが壁に激突する。その音と俺の声に驚いたのか、教室の中にいた後輩達は、目を丸くし動きを止め、俺の方を見ている。
「幡木掬だよ。いる?」
近くにいた女子に問いかけるが、彼女は視線をさ迷わせ、クラスメイトに助けを求める。
「あれ?ここ幡木のクラスじゃなか「後輩ビビらせてどうすんだ!」
俺の言葉は遮られ、同時に後頭部に衝撃が走り、そこを押さえながら振り向くと、
「俊?どうしたんだ。こんなとこにきて」
そこにいたのは、ニッコリと怖いくらいの笑みを顔に貼り付けた、金見俊一であった。
「それはこっちのセリフ。彼方こそ、幡木さんに何の用事があるの?」
「そ、それは言えん‼︎」
「ふ〜ん。で、その用事は、俺達の好意を無駄にするのに値する事なんだ…?」
「うっ、それは……」
俊の言葉に思わず目を逸らし、言葉を探す。なんとか誤魔化さなくては…。
バレたら絶対怒られる。
「せっかく俺達が、自分の時間を削ってまでお前に勉強を教えてやってるってのに、昼休みの勉強会を堂々とサボるとは、いい度胸だね?」
「えっと……………………ごめん、なさい…?」
笑みを崩さない俊の顔を伺いながら、俺は誤った。
「じゃあ戻ろうか。もう五分も無駄にしてる」
「えっ⁈俺まだ用事が…」
「今、君に、勉強以上に重要なことは、ない」
念押しするかのように区切って、はっきりと言われ、言い返す言葉もなく、幡木に会う前に俺の計画は失敗に終わった。
しかし、これで終わる訳にはいかないのである。
放課後
「幡木掬はいるかぁーー‼︎」
再度訪れた1-Dの教室は、帰り仕度をしている生徒が数人いるくらいだった。
「いません」
昼休みにはいなかった長身の女子が、俺の方を睨みつけながら、一言答えた。
えっ?俺、何で睨まれてんの?
「放送室に行ったと思います。分かったらさっさと行って下さい」
「ありがとう!でも、先輩に向かってその言い方はダメだぞ!」
そういう言い方だと先輩に目をつけられる、と良かれと思って笑顔で注意したら、
「すみません。じゃあはっきり言わせてもらいます。
幡木掬を彷彿とさせられてとても不愉快なので、今すぐに目の前から消えて下さい」
返ってきたのは、鋭い眼光と、佐藤ばりの辛口でした。
俺は静かにその場を立ち去った。
今日は何故か宝来に会うこともなく、放課後を迎えた。
一つ言っておくと、昼休みは放送の為、勉強会には不参加である。
そして気分良く放課後を迎えた僕だが、
「さぁ佐藤先輩‼︎今日はテスト前最後の放送ですよ!その記念すべき日の放送は是非かわいい後輩の私に譲って下さい‼︎」
宝来二世到来。
放送室の前で仁王立ちする幡木に、堪え切れないため息を吐き、僕は手に持っていた放送室の鍵を静かにポケットに入れた。
「張り切っているところ申し訳ないが、今日はもう、放送はないんだ」
「えっ⁈嘘はいけませんよ‼︎今日の放課後が最後だって私聞いたんですから‼︎」
誰だこの馬鹿に余計なことを吹き込んだのは。
「委員長に許可は貰ってるんですから!」
今の三年にまともな奴はいないのか…。
「僕の許可を取れ。聞いたところで許可する気はないがな」
「また後輩いじめですか‼︎」
「はぁ……………」
毎回毎回、こいつは”後輩”という立場を履き違えている。
僕は幡木が後輩であろうと先輩であろうと、別になんの関係もない。万が一、億が一、仮に教師であったとしても、このウザさなら対応は然程変わらないだろう。
さてどうやってこいつを追い返そうか、と考えていると、
「はーたーきー‼︎」
一世の声が聞こえてきた。
声の聞こえてきた方をみると、馬のように走り、足音を響かせながら廊下を疾走し近づいてくる宝来。
思わず顔をしかめるが、しかし、あいつの目的はこのチビらしい。
「幡木!やっと見つけた!」
「ほーらい先輩じゃないですか。どうしました?」
「頼みがあってきた‼︎」
「はい‼︎」
この元気すぎる二人の騒がしい会話を目の前で見せられる僕の気持ちにもなってほしい。
一つだけ言わせてくれ、鬱陶しい。
片耳を手で押さえた時、宝来は驚きの行動をとった。
「一生の頼みだ‼︎あの鉛筆を貸してくれ‼︎」
幡木の目の前に土下座したのだ。
「せ、先輩……?」
さすがに幡木も動揺している。
宝来はその土下座した体勢のまま続ける。
「あの鉛筆が俺の最後の希望なんだ!頼む‼︎三日間だけでいいんだ‼︎」
「…………………」
僕は何を言っているのか理解した。宝来は、幡木が持っているあのコロコロ鉛筆がほしいのだ。あれだけ懇切丁寧に勉強を教えてやっても全く身に付かず、高校入学から約一年半。未だ一度も赤点を回避できていないのだ。その気持ちはわかる。こっちも泣きたい。何度見捨ててやろうと思ったことか…。
前回の期末、遊んでいて勉強なんてしてなかった幡木は赤点が一つもなかった。
信じがたいが、恐らくコロコロ鉛筆のおかげで。
しかし、それを借りる為に後輩に土下座までするのはどうかと思うがな…。
「頼む!この通りだ‼︎」
「貸すのはいいですけど、”あの鉛筆”ってなんですか?」
「お前がテストで使ってるコロコロ鉛筆だよ!」
「それは無理です‼︎」
「いまいいっつったじゃんかよ‼︎」
即答で手のひらを返した幡木に、宝来は顔をあげ、ダン、と拳を一度床に叩きつける。
「あれは無理です!もうあれ一本しか残ってないんです!あれがないと私のテストが大変なことになります‼︎」
貸せない理由はわかるが、それは堂々と言うことじゃないぞ。
「頼むよ‼︎この通りだ‼︎俺、次赤点とったら先輩達に殺される‼︎」
「無理ですってば‼︎私だって、赤点なんてとったらお母さんとお父さんに怒られます‼︎」
「そこをなんとか‼︎」
「無理です‼︎」
「………………」
土下座で頼む宝来と、胸の前で腕でバツ印をつくり無理だと首を振る幡木。
それをすぐ横で見せられている、僕。
「諦めなよ彼方。みっともないよ」
問答を繰り返す二人を眺めていると、そこに割り込む者が現れた。
「橙里…」
「昼休みで懲りずに放課後の勉強会もサボるなんて、いい度胸だね」
「しゅ、俊…。でっ、でも‼︎」
「でももなにもないよ。そんな鉛筆なんかに頼ろうだなんて、なに考えてんの」
「赤点回避‼︎」
「………嫌味で言ってるのに、まともに返さないでくれるかな」
宝来の即答に、金見は呆れため息を吐く。
「夏野と晴汰はちゃんと勉強してるよ。彼方も、そんなこと(土下座)してる暇があるなら、英単語の一つでも覚えたら?」
水城も笑顔で宝来に嫌味を言うが、
「一つ覚えたところで意味ないじゃんかよ‼︎」
「一つだけ覚えろって意味じゃないんだけど……」
返ってきた返答に、こちらもため息を吐く。そして水城は幡木を指差し、
「後輩に、しかも女子に頭下げて、恥ずかしくないの」
「ない!」
こちらも即答で断言する宝来に、僕等は皆頭を抱えた。
「そこは嘘でも否定しろ」
「俺にはもうこれしかないんだよ‼︎お前たちにこの気持ちがわかるか⁈あんなに勉強させられて、それでも赤点の俺の気持ちが‼︎」
「「「わかるかっ‼︎」」」
僕、水城、金見の三人でハモった。
そして、怒った水城が続ける。
「彼方もわかる?僕達がどれだけ苦しんでるか。自分の勉強もやりたいのに、部活の為だからと、先輩命令だからと、自分に言い聞かせて、彼方の赤点回避に付き合っている僕等の気持ちが‼︎その上、僕等の苦労は全く報われず、過去一度も赤点が回避できていないという現実‼︎最近は教えるのも時間の無駄なんじゃないかとか思っている自分がいるよ‼︎」
「水城くん水城くん。ちょっと、落ち着こうか」
荒れ狂う水城の背を叩き、
「俺も気持ちは同じだ。もう少し頑張ろう。な?」
と静かに声をかける金見。
だが、水城の言葉には僕も全面的に同意だ。
「私も混ぜてくださいよ‼︎仲間はずれなんて寂しいじゃないですか‼︎」
ここで空気を読まずに入ってこれる幡木。こいつは脳味噌が空なのか、心臓に毛が生えているのか、会話の流れを断ち切る天才だ。そして聞いてもいないのに、勝手に話はじめる幡木。
「いいですか先輩方!この鉛筆はですね、お母さんが京都の神社で作ってきてくれたんですよ!二つと同じものはありません‼︎」
”買ってきた”ではなく、作ってきた…?
幡木の言葉に、思わず首を傾げる。
「小3のとき、お母さんが突然、日帰りで京都に行ってきたんです。そして帰ってきて、あのコロコロ鉛筆をくれたんです。”テストのときにわからなかったら使いなさい”って」
「「「……………」」」
それはつまり、小学生の幡木の頭を心配して、もはや神頼みしかないと思った母親が、京都に行ってまでそのコロコロ鉛筆を買って作ってきた、と。その鉛筆には、”北野天満宮”と彫ってある。学問の神様が祀られていると言われている神社だな…。そこで御守りではなく、鉛筆…。
幡木、お前親に全く信用されてねぇぞ。
「そうか!じゃあ俺も京都に行って、それ作ってくればいいんだな‼︎テストは来週だからまだ間に合うな‼︎」
幡木の話を聞き、立ち上がった宝来は顔を輝かせ、別方向へのやる気をみせる。
そんな勉強を欠片もやる気がない様子の宝来に、僕達三人は宝来を睨みつけ、再度正座させた。
三人の前に正座させられた俺は、恐怖に震えた。
「そんなことしてる暇があるなら、勉強しろ」
ゴミを見るかのような目で俺を見下ろす佐藤。
「お願いだからいい加減、赤点なくしてよ」
いつもの優しい表情とは違って、冷めた声と目の橙里。
「付き合う俺たちの身にもなってね?」
笑顔なのに目が笑っていない俊。
怒鳴られた方がまだマシだと思う、静かで怖い説教は、反論できる余地がないほどに正論で、俺こと宝来彼方は、ただただ黙って聞くしかできなかった。
こうして”奇跡の鉛筆を借りよう大作戦”は失敗に終わった。
でも、俺は諦めないからなっ‼︎
はい、という訳で、掬ちゃんの奇跡の鉛筆再登場です。
それに縋る彼方君のお話でした。はい。本当、ただそれだけの話です。
ただ書きたかっただけです。すみません。
次回は……何か書きます…。
次回もどうぞよろしくお願い致します。