89話 とある冬の日の話
何も思いつかなかったので、とある日常の話をひとつ。
ちょっと、グダグダ感が否めませんが、暇つぶし程度に読んで頂けたら幸いです。
その日は、朝目が覚めたときから、なにか違和感があった。
なに、という明確な答えはでなかったが、いつもと違う、何かがおかしい、という曖昧な感覚があった。
違和感の正体がわからないまま普通に登校した僕は、その日は偶然にも朝の放送がなかった為、自席にていつも通り本を開いた。しかし、何故か集中できず、5ページ程読んだところで、ため息と共に本を閉じた。
ホームルームまではまだ時間がある。あと20分程で部活組が教室に入って来始め、その10分後には始業のチャイムが鳴る。
つまりはあと30分は時間がある、ということだ。部活に所属しているわけでもないのに、何故そんなに早く登校しているのか、というのは、単に間違えただけだ。朝の放送があると勘違いし、いつも通りの時間に家を出てしまった。そして、学校について靴を履き替えたところで、放送がないことに気がついた、というだけのことだ。
いつもの僕だったらしない失態だ。
まあ僕としては、朝の放送なんて早く来ている教師と部活動に励む連中しか聞くことのない、僕には全くと言っていい程無関係かつ無意味なものであるが、ここは仕事と割り切るほかない。
そんなことを考えていると、欠伸が一つもれた。本にも集中できない為、僕は机に突っ伏して寝ることにした。
「佐藤君、佐藤君」
ゆさゆさと肩を揺すられ、沈んでいた意識が浮上する。ゆっくりと顔を上げると、視界に入ってきたのは、水城と金見の顔だった。
「もうすぐホームルーム始まるよ」
ニッコリと微笑み忠告してくれた水城の言葉に驚き時計を見ると、始業の2分前だった。普通に寝てしまっていたことに愕然としたが、寝起きの頭は働かず、ボーッと時計を眺めていると、パチパチと目を瞬かせた金見が、不思議そうに言った。
「どうしたの佐藤君。今日はいつにも増して、目が座ってるね」
「開口一番失礼な奴だな」
いつにも増して、というのがポイントだ。腹立たしい事に、言外に常に目が座っていると言われているのだ。しかも、心配というよりも確認の意味で悪気もなく言っているのが金見のすごいところだろうか。
「確かに、いつもより…なんていうか、目つきが悪いね」
「お前も失礼だな」
人の顔を見て言うセリフがそれか。
言いづらそうにした割にハッキリと言った水城と、それに同意し頷く金見。
まあ、二人の言う通り今日は僕自身、なにか違和感がある為、目が座っている、というのも間違いではないのだろう。
だからと言って、本人に言うのはどうかと思うがな…。
「なにか気に入らない事でもあった?主に彼方関係で」
「なんか腹の立つことあった?主に幡木さん関係で」
「どちらにも頷きたいところだが、今日は”まだ”なにも起こってない」
それにも否と言うと、二人は揃って首を傾げた。
…僕が機嫌を損ねる原因は、宝来と幡木しかいないのか?いや、まぁ他にあるかと聞かれたら、今現在それもないが……。
「彼方といえは、佐藤君が寝てるのを見て逃げて行ったよね」
「ああ!そういえば、寝起きなのに随分語呂が少ないね。毒舌にいつもの冴えがない」
「…………うるさい」
ツッコむのにも疲れ、ため息と共に再度机に突っ伏し目を閉じる。いつもはどうとも思わないのに、二人との会話に今日は疲労を感じる。
「……本当に大丈夫?体調悪いなら、保健室行った方がいいよ」
そんな僕の態度に、水城が心配そうに声を掛けてくるが、タイミングよくチャイムが鳴った。
「ただお前達との会話に疲れただけだから大丈夫だ。さっさと席に戻れ」
「……佐藤君も大概失礼だと思うよ」
そう言い苦笑する金見は、睨みつけておいた。
昼休みになっても、違和感の正体はわからないままだった。
何故かいつも以上に疲れる放送室までの道のりをゆっくりと歩きながら、僕はその道中に見つけた影に、思わず大きくため息を吐いた。
「…………お前、なんの用だ」
「放送委員の一人である私がいてなにが悪いんですか?私に失礼ですよ!謝って下さい」
「僕がお前に謝らないといけない理由がないから無理だな」
口を開けばキャンキャンと騒ぐだけの幡木に、僕は肩を落とした。
「……お前、帰れ。今日、僕は、かつてないほどに疲れている。お前の世話を焼く気力はない」
「かわいい後輩に向かってなんてこと言うんですか!この学校に入って半年はたちましたし、いい加減放送の仕方くらいは覚えましたよ‼︎」
「………昼の放送で最初に流す楽曲は?」
「え、えっと、、それはですねぇ、、」
僕の質問に動揺する幡木。曜日固定で最初に流す楽曲は決まっている。
「……昼の放送で最適な音量は?」
「え、、と、、」
因みに音量は10段階ある。音楽なら5、投書を読む場合は、僕なら6だ。幡木は煩いから3か4が最適だと教えてある。
「…昼の放送の終了時間は?」
「、、……」
パクパクと口を開いては閉じて、答えがわからずキョロキョロと目を泳がせる幡木。
これの答えは、昼休み終了の7分前だ。教室と放送室は離れているからだ。
「帰れ」
「そんなっ!ヒドいですよ‼︎そんな予習もなしに答えられるわけないじゃないですか‼︎」
「それは覚えたとは言わない。いいから帰れ。付いてきても放送室に入れないからな」
それだけ言い、僕は幡木の横を通り過ぎる。
キャンキャン騒ぐだけで幡木は追いかけて来ない。以前三度程、放送室に押しかけてきた時、頭に拳骨を落とし、放送室から蹴り出した事がある為、四回目からは無理矢理押しかけてくることはなかった。
最初は加減したが、三度目にもなると後輩の女子だからといって手加減はしなかった。
幡木の所為で疲労が増し、頭痛がしてきて、こめかみを押さえながら放送室に向かった。
放送を終え、疲労の所為か重く感じる体を引きずりながら教室に戻った僕は、席に着くなり突っ伏した。
そんな僕を見て、水城が心配そうに僕の肩を叩く。
「…大丈夫?」
「放送前に幡木が来た」
「ああ………お疲れ」
哀れみの視線を向けてくる二人に、僕は更にため息を吐いた。
未だに、違和感は消えず、正体は分からない。
放課後になり、宝来が教室に入って来た。一足遅れて岬と新井山も来た。
「佐藤‼︎朝はどうしたんだ?らしくもなく学校なんかだ寝てさ!」
「はあぁ…」
「ため息なんかつくと幸せが逃げるぞ‼︎ほら笑顔‼︎スマーイル‼︎」
「……チッ」
こちらもいつも以上に煩くウザい宝来に、思わず舌打ちをもらす。
「し、舌打ちもダメだぞ‼︎ホラ、明後日からは合宿も始まるし楽しみじゃんかよ‼︎」
「なにがホラ、だ。僕は全然楽しみなんかじゃない」
宝来を睨みつけながら言うと、何を思ったか、宝来は肩を組んできた。
「そんなつれないこと言うなよ。…ん?」
「……なんだよ」
「どうした彼方」
僕達二人の様子を笑いながら見ていた四人は、首を傾げた宝来を不思議に思い、尋ねる。それに宝来は、僕の体をペタペタと触り、呟いた。
「お前なんか、熱くね?」
「は?何言ってんだ。今日は朝から寒いだろ」
「「「「え?」」」」
宝来の手を払いながら言った僕の言葉に、宝来以外の四人が僕の顔を見る。
「………な、なんだよ」
驚愕の表情で一斉に僕を見た四人に、思わずたじろぐ。
「今日は11月だけど、暖かいよ」
「珍しく半袖でもいいくらいの温度、だよな」
「は?」
水城と岬の言葉に、今度は僕が首を傾げる番だった。
「お前らこそなに言って、」
「ちょっと失礼」
そう言い金見は僕の額に手を伸ばして来た。
「……あのさ佐藤君、熱、あるよ」
「「「「「え?」」」」」
「いや、なんでお前も驚いてんだよ」
金見の言葉に一緒に驚いてしまった僕に、宝来が呆れながら僕の顔を見た。
「いやいやそんな事言ってる場合じゃないよ!保健室‼︎」
「え」
慌てた水城に手を掴まれ、僕は抵抗する間も無く引きずられていった。
保健室に着くなり椅子に座らされ、養護教諭が不在なのをいいことに、水城は勝手に薬箱を物色し始めた。
そして、無言で手渡された体温計を脇に挟み、暫く無言が続く。
ピピ、という電子音に水城や宝来達の視線を感じながら、体温計を取り出す。居心地の悪いことこの上ない。
そして、体温計に目を落とす。
「……なるほど、風邪、引いてたのか」
体温計に表示された、38.9℃という数字を見て、今までの違和感の正体に納得し頷く。
何をしても疲れたのも、頭痛がしたのも、体が重く感じたのも、暖かいのに寒かったのも、全て熱のせいだったのか。
疑問が晴れ、もやもやがなくなったことに満足していると、手の中にあった体温計が水城に奪い取られた。その水城の手元を覗き込む宝来、金見、岬、新井山の四人。
「「「「「…………」」」」」
体温計を見て黙り込む五人。
「にっっぶ!」
最初に沈黙を破ったのは宝来だった。それに続き水城が片手で顔を覆いながら叫ぶ。
「むしろそんな高熱でなんで気づかないの⁈いや、気づかなかった僕等も悪いかもだけどさ‼︎」
「いやいやいや、そんな高熱で顔色がほとんど変わらないこいつがおかしいんだよ‼︎なに平然とした顔で登校してきてんだよ‼︎」
そんな水城の言葉を否定し、僕を批判するのは岬だ。それに同意し何度も頷く新井山。
「いや、本当なんで顔色変わらないの?高熱だよね?それとも常にこの体温だったりする?」
「そんなわけあるか。僕は元々の体温は低い」
疑問をぶつけてくる金見の言葉を即座に否定し、ふと時計を見ると部活動が始まる時間になっていた。
「お前ら部活いいのか?」
「あ」
気づいていなかったのか、宝来が間抜け面になる。
「僕は別に大丈夫だから部活行け。気にかけてもらわなくて大丈夫だ。むしろ、鬱陶しいからさっさと行け」
金見が持ってきてくれた僕の鞄を奪うように取り、僕は保健室から出る。
「………ねえ、佐藤君。君、どこ行くつもり?」
保健室を出て右に曲がったところで、水城に肩を掴まれ、行き先を聞かれる。
「どこって、決まってるだろ。放送室だよ」
「…………熱あるって分かったのに?」
「一日でも放置すれば幡木が調子にのる」
僕の返答に眉を顰めた水城は、暫し考えた後、一つ頷き指示を飛ばす。
「…俊、監督に連絡」
「よしきた」
「夏野と晴汰は養護教諭と放送委員担当の先生」
「ほいほい」
「わかった」
「で、彼方」
「おう!」
「佐藤君のお母さんに連絡。あと、佐藤君の鞄持ってついてきて」
水城の指示に、三人が駆け足で目的地に向かい、宝来は水城の指示に従い、僕の手から鞄を取る。そして、僕は水城に腕を掴まれ引っ張られて行く。
「お、おい」
「いいから帰るよ。放送は今日は中止ね」
「………」
ギリッと笑顔で掴む腕に力を込める水城に、逃してくれる気がないことを悟り、抵抗するのを諦めた。
「大丈夫。僕と彼方でちゃんと家まで送り届けるから」
「おばさんにメール入れといた!」
「ありがとう彼方」
「……………」
余計なことを、とは口にしなかった。一応は僕の体調を心配してくれているのがわかったからだ。
まぁこんな時もあるかと諦め、自宅まで連行された。
その後、寝ることを念押しされた僕は、疲労もあったのでその言葉に従うことにした。
何年か振りの高熱に4日程休んだが、その間に始まった合宿に参加せずにすんで、いいタイミングで風邪を引いたなと思った。
しかも、この4日間は風邪かうったら部活動に支障をきたすと、宝来が見舞いなどにこなかったことにも、風邪に感謝した。
結論
風邪を引けば宝来(と幡木)と顔を合わせずに済むので、毎年合宿の時期に頑張って風邪を引こうと思う。
今回は佐藤君が風邪に気づかないお話でした。
本当、グダグダと長いなんでもない話ですが、まぁ、許して下さい。
テストの話は、来週にでもちょこっと書きます。(メインはいつもの通り彼方君です)
それでは、次回もどうぞよろしくお願い致します。