87話 この学校には、僕の味方など一人として存在しなかったのだ
遅くなりました!
これにて文化祭編終了です。
不愉快な劇も終わり、二年目の文化祭も残りあと30分になった。
化粧も落とせず、服も着替えられず、只々無駄な時間を過ごさせられた僕だが、最後の最後で、何故かまた坂本さんににじり寄られている。
「…なにか、ご用でしょうか?」
それは、劇は終わったので着替えようと、更衣室に入ったところだった。
「最後にこれ着てくれる?」
「断る」
坂本さんが手にしていたのは、またしてもウェディングドレスだった。
僕が着ているのは、グリシーヌの男装衣装。仕方なく不本意ながら二回も着てやったのだ、三回はないと、二度目のカーテンコールでも突っぱねたそのドレスが、僕ににじり寄る坂本さんの手にある。
「これで終わりだから!最後の最後!」
「断る。僕はもう二度とそんな物は着ない」
どうせ来年もこのネタでいじられるだろうことは、もう分かっている。ならば、女装は一回でも少なくしたい。しかも”ウェディングドレス”だ。高二の男子が着ていいものじゃないだろう。
「最後に表彰式があるのよ‼︎絶対、これ着てでてほしいの‼︎」
「…………今、なんて言った?」
「あっ、やば」
今、僕には”表彰式”と聞こえたが?
表彰式ってなんだ?
口をおさえた坂本さんを胡乱げな視線で見てみると、
「…………………えへ」
コテンと首を傾げ、誤魔化すように笑った。
その様子に僕は眉を顰め、一つ大きくため息を吐いた。
「………着替えるから、出て行って下さい」
「えっ着てくれるの⁈」
ウェディングドレスを渡すように、坂本さんに手を差し出した。
それに目を見開く坂本さん。ドレスと僕の顔を順に見比べ、
「じゃっ、じゃあ、ここに掛けとくね!着替え終わったら呼んでね‼︎」
と、設置されていた衣装かけ(演劇部提供)にドレスを引っ掛け、嬉しそうに更衣室から出て行った。
「………よし」
坂本さんの姿が見えなくなって、僕は着替える為に、ボタンに手をかけた。
「佐藤君がいない‼︎」
数分後、いつまでも声をかけられない事に、一人でドレスが着れないのだ、と更衣室のドアを開けた坂本さんは、誰もいなくなった静かな更衣室でそう叫んだ。
坂本さんを騙し、更衣室から無事に脱出した僕は、人気のない廊下を早足で進んでいた。
更衣室前に坂本はいたが、好都合な事に、あの面の教室のベランダは全て繋がっているのだ。自分の制服に着替えた僕は、坂本さんに気づかれないよう、静かにベランダに出た。
数人の生徒がいたが、別段僕の事を気にすることはなく、片付けを進めていた。
そして、使われていない端の教室から外に出た。
「悪いが二度と見世物にはなりたくないんでね」
一人呟き、曲がり角の先に人がいないかを素早く確認し、さっと次の角まで走る。そんな忍者紛いの挙動で、なんとか下駄箱の近くのトイレまで辿り着いた。
しかし、問題はここからだ…。
「チッ、やっぱり人が多いな…」
トイレ内の窓から外、校門までの道のりを見て、思わず舌打ちをもらした。
下駄箱の横を通った時に靴は履き替えてきたので、すぐに外には出られる。
土足だとかは、今は気にしていられない。
「水城達に見つからない内に逃げないと、去年の二の舞だ……っ‼︎」
その時、携帯が鳴った。
「………チッ」
表示されていた名前は、”金見俊一”。
追っ手だ。
仕方なく応答ボタンを押す。
『あっ、佐藤君?もー逃げちゃダメじゃん。折角の二連覇だっていうのに。これから皆で探しに行くから、逃げるなら頑張って逃げてね。まぁ、
逃げられたらの話、だけどね……?』
ゾワリと嫌な予感が全身に迸った。
僕は急いで通話を切り、スマホをポケットに押し込んだ。そして、トイレの出入口から外の様子を見て、運良く人がいない事を確認し、校門ではなく、裏門の近くへと続く、一階奥の空き教室の方へと走った。誰にも見られる事なく、その空き教室に辿り着き、勢いよく、しかし静かにドアを開け放つ。その教室の窓から脱出できれば、裏門はすぐだ。
「はーい。いらっしゃ〜い」
しかしそこには、先程の電話の相手、金見俊一が窓に寄りかかり腕を組んで立っていた。
「っっ‼︎」
開けたばかりの教室のドアをしめ、たまたまあった箒をドアが開かないよう立て掛け、来た道を戻る。
「ありゃ、開かない…」
背後からそんな声が聞こえたが、そんなもな物は無視して、廊下を疾走する。
そして、下駄箱が見えてきたところで、
「……ごめんね」
「覚悟しろー‼︎」
水城と宝来が目の前に立ちはだかった。
しかし僕は足を止めず、宝来の方へと向かう。
「あ」
「ふげっっ」
そして、その走る勢いのまま、宝来に飛び蹴りをくらわす。倒れた宝来の腹の上で片膝をつき、横に立つ、驚いて言葉を失っている水城の膝裏に蹴りをいれ、体勢を崩させる。
僕は二人の様子を気にする余裕もなく、立ち上がり、目前に迫る玄関に向けて走り出す。
玄関を走り抜けたところで、予想通りの二人が道を塞いだ。掴まれたらアウトだと、思わず足を止める。
後ろからの追っ手は、まだ、ない。
「気の毒だとは思うけど、捕まってもらうぜ‼︎」
「逃さない」
真剣に僕を捕まえようと、道を塞ぐ二人を見て、僕はフッと一つ嗤い、”交渉”を開始する。
「……なぁ岬。お前、確か一年の後輩に告白されたんだってな」
「んなっっ‼︎‼︎」
「なんで知ってるかって?お前の知り合いかつ、放送委員の僕の元には、日々そんな相談の手紙もきてな。お前の事が好きだって物好きからの投稿もあったんだよ。”誰かに相談したかった訳じゃないんです。明日、岬君に告白してきます。友人の佐藤先輩にただ知ってほしくて。でも、もし断られたら、また投書します。その時は、私の失恋話を放送して下さい。それで、私の気持ちに整理をつけます。”だったか。いやぁ、それで?追加の投書がないってことは…。なぁ、岬君?」
「うわぁぁぁ‼︎誰にも言ってなかったのにー‼︎」
「…俺も、聞いてない。彼女ができたのか⁈」
頭を抱え叫ぶ岬の肩を掴み、動揺しているのかガクガクと揺さぶる新井山。
「違う違うっ‼︎付き合ってない‼︎返事は待ってもらってんの!せめて今年の大会終わるまではって‼︎だから付き合ってないっ‼︎」
「な、なんだ…。そうか……」
そんな、僕から意識が逸れた二人の横を走り抜けようとしたが、新井山に気づかれ、手を掴まれそうになる。
「猫‼︎」
「っ!」
が、魔法の言葉でその手は止まった。
ピタリと動きを止めた新井山の横を抜けると、校門まで辿り着いた。
そして、校門も通り過ぎ、勝利を確信した僕はそのまま走り去ろうとした。
「ちょっと待て佐藤」
校門を曲がったところには予想外の人物がいた。
「…………なんで、あんたがここに」
上がった息を整えることもせず、その人物を見て、僕は呆然と立ち尽くした。
「いや、煙草休憩がてら外に行こうとしたら、水城と金見に頼まれてな。お前が来たら止めてくれって。そんで仕方なく、ここで煙草吸いながら待ってた訳だ」
「………五井先生」
煙草を吹かしながら、校門に寄りかかっていた先生は、空を見ながらそう言った。
「……僕は帰ります」
「別にいいぞ」
先生を睨みつけ、押し通ろうとしたが、返ってきた答えは僕の予想とは反対の言葉だった。
「は?頼まれたんじゃ…」
「確かに頼まれたからここにいるが、止める事に了承はしてないな。嫌がる生徒に無理矢理女装させる教師なんて最悪だろ」
その答えに思わず声を弾ませ、先生の顔を見上げた。
「そ、それじゃあ!」
「まぁただ、自主的に戻ってくれると、俺としても助かるんだがな」
「……………、はい?」
僕が望んでいたものとは違う言葉が返ってきて、思わず聞き返した。
「いやな、俺のクラスは運良く二年連続で売上一位らしくてな、その上、その中からこれまた二年連続でミスコンの優勝者まで出たときた。俺の評価はうなぎのぼりな訳だよこれが」
「………………」
雲行きが怪しくなってきた。
「で、戻ってくれるか?あぁ無理にとは言わない。だが、まぁ戻らなかったら、内申とか、なぁ?佐藤」
「…………」
「いや本当、無理ならいいんだ。男のお前に、女装を強要はできないからな」
「………………」
「本当、無理なら帰っていいぞ」
これはもはや、僕に選択肢はないのでは、とかは言ってはいけない。
仮にも担任の先生だ。暗に脅されているとしても、相手は仮にも教師。例え、自分の評価の為に、生徒の内申を盾にとる教師だとしても、腐っても僕の担任。付き合いは二年目だ。
相手は、仮にも教師だ。
「っ……………も、どります…」
「そうか。ありがとう助かるよ」
項垂れた僕に、フッと笑い礼を言う五井先生を、これ程までに憎いと感じたのは、初めてだった。
その後、玄関で待っていた追っ手五人によって坂本さんの手に引き渡された僕は、怒った坂本さんに過去最高に派手にメイク、セットされ、後輩の目もある中、ミスコン優勝という不名誉極まりない表彰式にウェディングドレスで出る事になった。
僕の姿をみて笑う同級生、満足気に頷く衣装製作者、驚く後輩、同情の目を向けてくる先輩、好き勝手に写真をとる新聞部、僕を指差して騒ぐ、衣装を脱いでいないチビ等、反応は様々だが、僕の黒歴史がまた1ページ更新されたのは、言うまでもない。
僕の二年目の文化祭は、幕を閉じた。
はい、というわけで、長かった文化祭編も、やっと終わりを迎えることができました!更新が遅れたり、本当に申し訳ありません。それでも、読んで下さる方がいるだけで、書く力になります。
そして、なんとこれが100部目になるみたいです。
読者の皆様、ここまで応援本当にありがとうございます‼︎
これからもどうぞよろしくお願い致します。
それでは次回も、なにか書くので、どうぞよろしくお願い致します。