第11話 「分れ道」
「トイレ行きたくなっちゃった……なっちは?」
「私は別に……」
「一緒に行こうよ~」
そう言ってミサは夏輝の服を引っ張り、夏輝もミサに合わせて立ちあがった。
もしも、ミサに付き添いを求められずとも、どっちにしろ夏輝はミサに同行していたろ
う。この居室に一人取り残されるのはかなり気まずいことだ。
二人は居室のドアを開け通路に出ると、あらかじめ知らされていたトイレへ向かった。
途中で誰かに出くわすこともなく、艦内の物々しい雰囲気から、夏輝は居室に居た時よ
りも緊張していた。少し前を行くミサは鼻歌を歌いながら歩いている。
時折何気ない話を振り、そうしている内に二人はトイレに付いた。
「じゃあここで待ってるから」
「うん。行ってきま~す」
二人はそこで別れ、夏輝はトイレの前で待機することにした。
国防軍に保護されてからここまで、初めてミサと離れ、そして一人となった夏輝は、視
線を低く、表情は陰っている。少しすると、内ポケットからスマー卜フォンを取りだし
て、画面に映し出されるものが夏輝の心を癒すことは無く。ふと、懐かしい声が。
*ちなみに著者がトイレに入る際は必ず初めに水を流しますぞー☆
「夏輝っ!」
二人とは反対側の通路の曲がり角から一人の美少年が。夏輝を確認するや、驚いたように声を掛けた。
「塔磨……!」
夏輝は咄嗟に振り向いた。そこに立っていたのは、夏輝の幼馴染であり人気アイドルグ
ループに所属する男性アイドルの美少年「坂城 塔磨」だった。
「よかった。お前もここで保護されてたのか。……そうだ、ミサは? あいつもお前と
一緒なんだろ?」
「ミサも一緒だよ。もうすぐ出てくると思う」
「ん? ……あぁ、そういうことか。へへ、なんにしてもお前が無事で安心したぜ。あ
っそうだ……宿義さんも一緒なのか? あいつの家族も」
夏輝の沈んでいた表情は一変、坂城 塔磨との再会により和らいだかにみえた。だが、
坂城 塔磨のその言葉に、夏輝は言葉を詰まらせてしまう。
坂城 塔磨は眉をピクリと。堪らず、返答を待たずして言葉を続けようと、焦ったよう
な声を、それと同じくして夏輝は口を開いた。
「――分らない。ミサの家族も……私が引っ張ってきちゃったから」
「そうか……大丈夫だよきっと。俺もお前もこうして無事なんだ。宿義さん達も無事
なはずさ。それにあいつだって、いつもみたいにお前が守ってやったんだろ? 変に気
に病むことはねーよ」
夏輝をまっすぐに見つめ放たれた言葉に、夏輝は、その瞳には涙が輝いた。
目線を高く、夏輝の瞳に映る塔磨は目を逸らす。緩んだ頬を伝う涙を、その眼差しを見
て。いくつかの感情が相俟ってのことであり、しかし、そんな塔磨に、夏輝は笑顔をこ
ぼしていた。
*いやー、ここの塔磨君は本当にカッコイイですなー☆著者も塔磨君にこんな台詞を言
われてみたいですぞー☆おっと失礼、ついつい地の文に登場してしまいましたぞー☆
「お待たせ~! スッキリした~……ありゃ?」
「あっ、ミサ!」
ハン力チで手を拭いながら戻ったミサ。キツネのように閉じられていた瞳を開き、する
とそこにはもう一人、坂城 塔磨の姿が。夏輝の瞳からは涙が流れている。
状況をうまく把握できずに、きょとんと頭を転けるミサ。夏輝は涙を指で拭いながら、
そして笑顔でミサの名を。
「相変わらずお前は元気そうだな」
「……塔磨君? なんで?」
「何故ってお前、そこはまず馴染みの無事を喜ぶところだろ!」
「え……あぁ~。御無事そうでなにより……?」
「ちっとも心がこもってねえな。……ったく、納得いかねえが、まあ、なんにしても妹
分のお前も無事でよかったぜ。また夏輝に世話になったんだろうし、ちゃんと感謝しと
けよ!」
塔磨の言葉が不本意であるように、ミサは薄目で抗議して、夏輝はすっかり元気を取り
戻したようで、表情を暗く落としていた陰はもうどこにもない。
突如として人々を襲った謎の災害。不安と混乱の中にあって、その空間は、穏やかだっ
た頃の日常を切り取ったかのようだった。
「あっそうだ、よく分んねーけど、上官だかなんだかに呼ばれてたんだったぜ。とりあ
えず落ち着いたらまた会いに来っからよ!」
「え? 塔磨!?」
「じゃーな!」
用事を思い出した塔磨は慌ただしく、駆け足でその場を後にした。唐突な別れに夏輝は
名残惜しそうに塔磨の背中を目で追い、同じく、塔磨が走り去った方を向きながら、
ミサは横目で――。
「戻ろっか」
夏輝の手を引き、二人は居室へ。
☆ ☆ ♪ ☆
それから三時間後。時刻は夜の九時を過ぎたところだ。
塔磨と別れ少し、あれから二人は兵士に連れられ艦内の食堂へ。そこで既に食事は済ませている。居室に戻った二人は簡易ベッドの上に。艦内に移動して直ぐの時よりずっと緊張はほぐれているが、いまだその環境に慣れることはなく、気不味い空気は変わらない。そんな空気など気にしていないように、ミサの声音は相変わらず。
「あっ! Heavy-Ultrayの新曲着てる! ねえねえ! 夏輝も聴こうよ~」
夏輝の肩を揺す振って、ミサのスマートフォンにはどうやら通信制限の数分前に音楽試
聴アプリへ自動的に新曲がダウンロードされていたらしく、ミサは持っているイヤホン
を片方、夏輝の耳へ。もう片方を自分に。ミサは瞳を閉ると夏輝の肩に寄りかかり、夏
輝も同じく瞳を閉じて。共に鮮やかな旋律の中へ。
それはミサの好きなバンドで、夏輝もちょくちょく勧められていたものだ。
自然の神秘を思わせる曲調で、生々しく心へ浸透してくる。
全身、雨に打たれるように、夏輝は旋律に耽り、そして曲がサビに差し掛かったところ
夏輝の右手に温かく――
「大丈夫かな……」
旋律に紛れ傍らから。長い髪に遮られ、素顔を窺うことはできないが、夏輝には、重ね
られた左手と沈んだ声音から、その心情は読み取れた。
――謎の災害から五時間。消灯時間が迫り、冷たい海の中二人は、艦内での最初の一日を終える。