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あいらぶぐらっしいず  作者: 岩戸 勇太
こんな事してていいのかな?
9/15

怜津 楼斗

「大分手こずらせて……」

 そう、うんざりしたようにして言う音院。

「着替えが終わったぞ! 入ってきてもいいぞ! 廿里」

「何! 廿里君に見せるの!?」

「当然だ。ファッションは人に見せるためにあるんだ」

 音院が言う言葉に、初葉は唸った。

「うー……」

「もう、無理矢理見せるしかないな!」

 そう言う音院は、カーテンを開けた。

「キャッ……」

 そう言い、体を隠した初葉。

「そらそら! 廿里に見てもらえ!」

 初葉の両手を掴んで、両手を上げさせる。初葉は両手をあげさせられ、服を全部見せる事になった。

「なんで、そんなに恥ずかしそうにするんだよ?」

 廿里は言った。さすがに音院の見立てだった。初葉の地味なイメージはそのままにして、清純さや可愛らしさがアピールされている。

「清純……可愛らしさ……?」

「お前、口に出てるぞ……」

 初葉と音院はそう言う。初葉は本気で恥ずかしげに、音院は」本気で面白げにして、それぞれは言った。

「恥ずかしい! やっぱりいつもの服でいい!」

 そう言い、初葉は廿里から自分の服を奪い返そうとした。廿里はすぐに手を取られるが、音院がその手を払った。

「今日一日、その格好でいろ! 明日になったらこの服は返してやるよ!」

 そう言った音院は、廿里の手を取ってこの店から走って出て行ってしまった。

「待って!」

 そう言って走り出す初葉だが、スカートの裾を踏みつけてしまい転んだ。

「後ろを振り返るな、廿里」

 そう言った音院は廿里の手を取って、店から出て行ってしまった。

 初葉は自分の服のポケットを漁ると、しっかりと一万円が入っていた。値札をとって見てみると、合計額は九千八百円で、ギリギリ足りる額だった。


 残りの二百円で、ジュースを買った初葉は考えた。

「今日一日、このかっこでいることになるのか……」

 そう言った初葉は、ショーディスプレイのガラスに向けて、ニコリと笑いかけてみた。

 その自分の顔を見て、思わず息を呑む。

「無理! こんなかっこしているところ見られたら! 恥ずかしくてたまらない!」

 初葉は自分の胸を押さえながら言った。

「でも、このかっこを廿里り君は見たんだよね……」

 そう言うと、初葉は一気に胸が熱くなっていくのを感じる。

『なんで、私はこんなにドキドキしているの?』

 男に免疫がない初葉が、廿里のことを思い出す。もちろん初葉が思い出すのはあのシーン。線路に突き落とされそうになったあの瞬間だ。

 自分はあの瞬間、何も考えられなかった。自分に向けて迫ってくる電車を見る時の自分は、『死んだ……』と他人事のように思っていた。

 だが、その次の瞬間に廿里が自分の手を引っ張り、引き戻されたのだ。

 廿里がいなければ命が危なかった。廿里が助けてくれたのだ。だが、その瞬間に感じていたのは、自分の胸に触れた廿里の手だけだった。

 その他の体の機関はざわついていた。恐怖を感じるような余裕もなく、全身の感覚が逆だっていた。

 廿里から逃げたあと、一気に恐怖が襲ってきた。持っている本を落としそうになるくらい体が震え、立っているのもやっとの状態だった。

「まだ、お礼言ってないな……」

 そう思い出す初葉。確かに風紀委員長の時の自分はお礼の言葉を言ったが、それは、強気に出ることのできるかりそめの自分である。

 その時は自分は初葉としてではなく、鬼の風紀委員長の顔であったのだ。その二つの顔は全く違うものだ。

「清純で可愛らしいなんて……よくそんなに恥ずかしいことを言えるな……廿里君……」

 廿里の事を考えると、胸の疼きが止まらない。今すぐ彼に会って、ちゃんとしたお礼をしないといけないと思う初葉。

「もし、『付き合ってくれ』とか言われても、絶対にオーケーしないとね……」

 音院が廿里の事を好きなのは初葉だって分かっている。

 だけど、あの時の事で初葉は廿里を好きになってしまった。この気持ちはどうにも抑えようがない気がした。

「なんか、廿里君に会いたいな……」

 そう思う初葉はぼうっと空を見上げた。

「そこの子……いま暇してるの? 俺達と遊ばない?」

 初葉が空を見上げているところ、声をかけられた。

 初めてナンパをされた初葉は、その声にビクリと体をこわばらせた。

「ちょっといきなりすぎたかな? その子怖がっているぜ」

 そう会話をする少年達。彼らを見た初葉は、彼ら睨みつけた。

 こういう手合いなら遠慮は無用だ。手を出そうとするなら投げ飛ばせばいい。同じ学校の生徒であれば、後腐れとかもあるため、無理もできないのだが、たまたま、路上で出会っただけで、縁もゆかりもない男であれば、後腐れもないだろう。

 初葉はそう考えた。

「怖くなんかないよ」

 そう言った初葉はその少年たちを見据えた。

「今時そんな頭の悪いナンパなんかに引っかかる奴いないでしょう?」

 初葉は強気になって言う。初葉はメガネをかけ直した。

「こんなのはただの挨拶だよ。本当は強引にされる方が女としては燃えるもんだろ?」

 勝手な事を言い出す少年に手を掴まれた初葉。初葉はそれでも強気にして言う。

「勝手な事を言わないで!」

 見た目は気弱なように見える初葉だが、こういう手合い相手にはそれも別の話だ。柔道をやっているのもあり、なりゆき次第では手を出してもいい状況であれば強気に出る事もある。

 二人の少年の後ろに、隠れて初葉と目を合わせようとしない少年がいた。

 横目で初葉を伺ったその少年は、前に進む二人に向けて言う。

「こういう女、趣味じゃないから俺は帰る……」

 小さくそう言い、その少年は逃げ出してしまった。

「なんだよあいつ……」

「女と遊びたいと言ったのはあいつじゃん……」

 そう言い合う少年達の横を通り抜けようとした初葉は、そこで手を掴まれた。

「まあいいじゃない、俺達を遊ぼうぜ」

「離して……」

 そう言って、初葉はその少年達を睨みつけた。

「おい! 離してやれ!」

 そういう声が背後からかかった。初葉が振り向くと、そこには廿里がいたのだ。


「あいつ、けっこう満更でもない感じだな……」

 こう音院が言ったのは、初葉が不良達に絡まれる前の話だ。

「ガラスに向けて笑ったぞ……なんだかんだ言って、随分気に入っているようじゃないか……」

「やっぱり女の子だな……音院は女を捨ててるとか言っていたけど……」

 音院と廿里は、ささやき声でそう言い合う。初葉の様子はいい感じだ。やっぱり初葉も女の子。オシャレをする事の楽しさに気づいたら、もう後戻りはできないはずだ。

「マンガなんか買っていないでそういうのに金を使うんだな」

 またも小さい声で言う音院。顔は面白そうにニヤついていた。

「そうだな、あの非生産的な趣味は封印するべきだ」

 廿里も言う。

 あんないかがわしいマンガを買うくらいなら、こういう事に金を使ったほうが何倍も有益である。そう廿里は考えた。

 そう考えた音院と廿里は初葉の事を見守った。だが、そこにみただけで不良と分かる少年たちが、声をかけていった。

「こりゃ、雲行きが怪しいぞ……」

 音院は言う。

「助けに行こう……」

 廿里はそう言って、物陰から出ていこうとするが、その廿里を音院が止めた。

「あんなチンピラ達くらいなら、初葉はひとひねりだろう」

「いや、ケンカになった時点でアウトだから……」

 廿里がそう言う。

「何がアウトだ? あんな奴らだったら、ぶちのめせるぞ?」

「なんで格闘技やっている奴らは物事を暴力で解決させようとするんだ?」

「言っても分からなければ、力で分からせるしかないだろう?」

 その考えが間違っているというのに……そう考えた廿里であるが、音院はその考えを読んでいるようにして言う。

「話し合いでは解決できない事なんて山ほどあるぞ。実力行使が最高の方法である場合もあるんだよ……」

 悟ったような事を言う音院。廿里は音院に言われるとおりに初葉と、その不良達の様子をうかがった。

「しかし、あいつはどっかで……」

 廿里はその不良達の中の一人の顔に見覚えがある気がした。

「あいつは……」

 初葉の事を突き落とそうとした奴とそっくりであると思った廿里。その少年は初葉と顔を合わせないようにしているみたいで、すぐに退散をしようとしていた。

「おい! 離してやれ!」

 そう言ってその中に出て行く廿里。初葉が廿里に向けて振り向くと、驚いた顔をしていた。

 廿里が入ろうとすると、その少年は一目散に逃げ出した。

「なんだよあいつ……」

「女と遊びたいと言ったのはあいつじゃん……」

 そういう会話が聞こえた頃には、その少年の姿は見えなくなっていた。

「おい、お前ら!」

 廿里は言う。そうすると、威嚇でもするようにして、廿里の事を睨んだ不良達。

「もしかしてこの子の彼氏かなんか?」

「今日はこの子は俺達と遊ぶんだ」

 そう言って威嚇をしてくる少年達。そんな言葉を無視して、廿里は彼らに質問を始めた。

「今逃げた奴の名前は何と言うんだ?」

 そう言うと、少年達は明らかに不機嫌な顔をして言う。

「なんでお前に教えないといけないわけ?」

 そう言う少年達。だが廿里はそれでも前に出て行った。

「あいつは殺人犯だ!」

 そう言う廿里にその少年達はさらに不機嫌な顔になった。

「言いがかりはよしてくれる?」

「そうだよ、初対面でいきなりさぁ」

「お前が言えたことか! 初対面の女の子を無理矢理誘っておいて……」

 廿里は言う。完全にその少年達にケンカを売っている言葉だ。

「うるせぇ!」

 そう言った少年が廿里を殴りつけた。廿里はそれでも、前に出続けた。

「あいつはどこのどいつだ?」

 廿里が更に聞くのに、その少年達はまた殴りつけた。それでも廿里は前に出る。

「てめぇ! んな事聞いてどうする気だ?」

 そう言った少年はさらに廿里を殴りつけた。

「見てらんない……」

 そう言った初葉は、廿里とその少年達の間に入っていく。そうすると、少年の腕を掴み、投げ飛ばした。

「廿里君? 君はバカでしょう?」

 そう言ってくる初葉。

「あいつなんだ……」

 廿里は言う。

「あいつが初葉を線路に突き落とした犯人だ」

 そう廿里が言うと、初葉は目の色を変えた。

「あとは私に任せなさい」

 そう言った後、初葉はもうひとりの少年に向かっていき、簡単に投げ飛ばした。


「あの子の事を教えてちょうだい?」

 二人を叩き伏せたあと、初葉は二人に向けてそう言う。

「知ってどうするってんだ?」

 その言葉には有無を言わさず、初葉はその少年を投げ飛ばした。そして、もう一人の少年の前に出て行った。

「質問に答えなさい」

 そう言う初葉、今の初葉には威圧感があり、少年もそれにおびえているようだ。

「れい……怜津れいつ 楼斗ろうとだ……」

 怜津の名前を聞き、初葉の眉がピクリと動いた。

「彼、お兄さんとかいる?」

「ああいるぞ……なんでも一緒にゲーセンに行ったりして遊ぶ仲らしい」

「ふーん……怜津なんて、いう珍しい苗字、他にないだろうからね……」

 そう言い初葉は考えた。

「調べてみないとなんとも言えないね……」

 初葉はそう言った。

 初葉はいきなり殺人事件の事を思い出すと、一気に現実に引き戻されたような気分になるのだ。

「こんな事してていいのかな?」

 ふとそう思った初葉は、空を見上げる。

 自分の心情を投影でもしているのだろうか? どうも、さっき見たより空がドス黒く見えた気がした。

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