絶対領域
あれから音院と廿里の二人は初葉の家にまでお邪魔をした。
一階のリビングで初葉の母から紅茶を淹れられそれを飲んでいるところ、初葉は廿里と音院の二人が紅茶に口をつけたのを確認したあと一目散に二階にある自分の部屋に向かっていった。
「早くあんなものかたしなさいっていつも言っているでしょう?」
二階にいる初葉に向けて言う初葉の母。
「それはもっと無理!」
二階ではドタバタという音が聞こえる。
「ごめんね、もうちょっと待ってあげてね……」
すこし呆れたような顔をした初葉の母親。
「片付けを手伝いにいってやろう」
そう言って立ち上がろうとする音院だが、初葉の母はその音院の肩を掴んで座らせた。
「ダメよ……片付けが終わる前に二人をいれたりなんかしたら、初葉に怒られちゃうから」
それで、面白そうにニヤついていた音院。
その表情の裏に何があるかは分からないが、わざわざそこまで気にするようなものではないと、廿里は思った。
あれから、二十分くらい経った
「入らないでね! 中を覗かないでね! 中を覗いたら私、この家を出て旅にでちゃうからね!」
「つるの恩返しかよ……」
初葉の慌てようを見て廿里は言った。初葉の部屋はとんでもなく面白いことになっているらしいことが想像できる。
「ありのままの姿を見せればいいじゃないか。お前の部屋がどんなのでも、俺は気にしないぞ」
廿里はそう言う。そうすると初葉は一度『見せてもいいかな……?』と言いそうな顔をしてドアノブに手を付けようとした。
『まったく……純粋というかなんていうか……』
その反応を見た廿里はそう思って笑った。
「やっぱりだめ!」
そう言い初葉は素早く自分の部屋のドアを開けて、中に入っていってしまった。
それからさらに五分が経ち、中でドタバタという音が聞こえてこなくなった。
「どうぞ……」
どこか、顔にホコリをかぶった感じの初葉は言う。
ヤバいものはあらかた押入れに詰め込んで片付けたといった感じで、押入れのドアは、中にあるものに圧迫されて、すこし曲がっていた。
「なんでもないよ……」
その押入れのドアを見る廿里の前に仁王立ちをした初葉は言った。
眼光は鋭く、何があってもこの中身を見せるわけにはいけないといった感じで、両腕を広げて立ちふさがった。
「ベッドの下とかは定番だよな」
そう言った音院はおもむろに寝そべりベッドの下に手を入れた。
「にゃあ!」
また、初葉は『にゃあ!』と叫んで音院の行動を止めた。背後に乗り、音院の背中をポカポカと叩いた。
だが、そんなものは気にせずに、音院はベッドの下を探っていた。
「お? なんか本らしきものがあるぞ……」
そこまで言うと、初葉は後ろから音院の首を絞め始めた。
「いますぐそれから手を離しなさい……ゆっくりとベッドの下から手を出して……」
そう言い、本気で音院の行動を止めにかかるが、音院は行動を止めない。
「いやぁ大変だ。この本が私の手にくっついて離れないぞ。これはこの本と一緒に手を抜くしかないなぁ」
「させるか……」
そう言い、首を締められる音院と背中に乗って首を絞める初葉の二人の戦いを見た。
「音院……パンツ見えているぞ……」
そう廿里は言った。
「にゃにぃ!」
そう言うと音院はすぐにベッドの下から手を引き抜き、自分のスカートを押さえた。
「にゃにぃ……って」
今度は、こっちが笑う番といった感じで初葉は言った。
その言葉に少し初葉の事を睨んだが、音院は起き上がり廿里に向けて迫っていった。
「見たのか……?」
「ああ、おもいっきり見た。鬼の副風紀委員長がまさかネコさんパンツを履いているとは……」
「にゃ……にゃ……にゃにおぉ!」
そういう音院。それに初葉は笑った。
「にゃにおぉ……にゃにおぉ……」
ツボにはまったらしく、初葉は口を押さえて笑った。それに面白くなさそうな顔をした音院。
「まあ、こういうのを片付け忘れるっていうところが、初葉も甘いよな」
そう言って、廿里はゴミ箱に手を入れた。
中から出したのはポテトチップの袋だった。
「中に割り箸が入っているぞ? これはどういう事かな? パソコンなんて見当たらないのにな」
くっくっく……と笑いながら廿里が言う。
意味がわからないといった感じの音院に向けて、廿里は説明を始めた。
「ポテトチップを箸で食うって事は、パソコンのキーボードを汚したくないからなんだ」
「つまり、この部屋を漁ると、パソコンが出てくる可能性があるという事だな?」
それを聞いて、初葉は顔を青ざめさせた。
「パソコンはダメ! 本気でダメ! 中身を見られたら死んじゃう!」
そこまで初葉が言う理由は廿里には分かる。パソコンの中は自分の趣味と恥の塊だ。中身を他人に見られたりなんかしたら、オタクは生きていけないだろう。
初葉の事など無視して、廿里と音院は初葉の部屋を漁ろうとし始めた。
「リミッター解除!」
そう叫んだ初葉は、まずは音院の事を掴んで叩き伏せた。
「廿里君! 手加減しないよ!」
そう言った初葉は、廿里の腕を掴み、おもいっきり投げ飛ばしたのだった。
廿里と音院が座る前に初葉が立っていた。
「君ら二人共……いくらなんてもその行動は反省するべきだと思うよ……」
いきなり人の部屋に入って中を漁り出す。そして、パソコンを探し出す。これは完全にいけないことだ。
「すいません、調子にのってました……」
廿里が言う。音院もうなだれていた。
「元々、初葉が何を着ているか? を調べるためだったもんな」
廿里が言う。それを聴いて音院が立ち上がった。
「まあ、そうだな。お前のことだから安い店で買ったようなものしかないだろう?」
そう言い、タンスの前にまで歩いて行った。
「開けるぞ……いいな……」
音院はそう言う。そして、初葉が頷くのを見てから音院はタンスを開けた。
「予想はしていたが、地味なやつばっかだな……」
音院は顎に手を当てて考えた。
「悪かったね……ロクな服がなくて……」
そうふてくされた顔で言う初葉。音院はそれを見て眉をひそめた。
「これは……壊滅的だ……」
「何よ! そんな事まで言う気?」
初葉は音院の言葉に反論した。
「悪かった……とにかく、今のお前の状態は冗談じゃなくヒドい。初葉……お前女を捨ててるぞ」
それを横から見ていた廿里は言う。
「だまって音院の言葉を聞いておいた方がいいぞ……お前は壊滅的だし……」
「廿里君までー……」
泣きそうな顔をしている初葉。だがふたりはさらに深刻な顔になっていった。
「廿里……お前の軍資金…全額使わせてもらうぞ」
「ああ……こんな状況じゃしょうがないな……」
二人は頷きあった。
「だがその前に……」
「音院……何を考えている?」
音院は初葉の方を向いた。
「お前、今から『服屋に着ていく服』を探すぞ」
初葉のタンスを漁りながら、音院はそう言った。
「まずは好きなようにコーディネイトしてみろ」
音院はそう言った。その言葉に初葉は「コーディネイト?」と答えて首をかしげたのだ。
「なんだ? もしかしてコーディネイトというのが何かを知らないのか?」
「知っているよ。だけどそんな事はテレビの中でしか聞いたことないから、結局何の事なのかわかんない?」
「こりゃダメだ……」
音院は言った。「うーん……」といった感じで考え音院はとりあえずは初葉に言ってみた。
「初葉。好きなかっこうをしてみろ、これから出かけるくらいの気持ちで」
音院は言う。音院の視線から初葉は自分がバカにされていると感じだようだ。
「バカにして! いいもん、私のとっておきのコーディネイトを見せてやるから……」
初葉はそう言って、着替えを始めた。
「そういえば、スルーしていたけど、なんで廿里君は出て行かなかったの!?」
初葉が着替えている最中、廿里は初葉の着替えを真剣な顔で見ていた。今になって思えば、初葉の着替えの途中くらいは、廿里は部屋から出ていくべきだったかもしれない。
「そうだな……今すぐ出て行くから……」
「もう遅いって!」
初葉はそう行った後、ペタンと座りこんだ。
「あー! お嫁に行けない!」
音院から見れば初葉の行動はぶりっこに見えるようで、初葉の事を白い目で見ていた。
「やっぱり思っていたとおりだ……」
音院は言う。
「これは子供のファッションだぞ……」
ニーソックスにホットパンツ。上は花のプリントされたトレーナー。
初葉の背は廿里と同じくらいであり、女子としては高めだ。それなのに、このような服装をしているのを見ると、廿里から見てもかなり『痛い』と感じる。
「だが、絶対領域は評価できる。やっぱ、ニーソとホットパンツの組み合わせは至高」
廿里がそう言うと初葉は膝のあたりを手で隠した。
「廿里君! からかわないで!」
そういってきた初葉、ニヤリとした顔をする廿里に恥ずかしがっている初葉。その二人を見て、音院は今の状況をよく分かっていないようであった。
「絶対領域? なんだそれは?」
「それはだね……」
廿里は言う。
「しょうもない事じゃあないだろうな?」
そう言う音院だが音院の想像通り、しょうもない事だ。だが廿里は自信満々で言い出す。
「音院君。君も、絶対領域を使いこなす事のできる装備を着ているのだよ」
そう言うと、廿里は音院の前に膝立ちになったスカートの裾を掴んだ。
「なんのつもりだ貴様! 顔面に膝を入れてやろうか?」
そう言って廿里の頭を掴む音院。廿里は真面目な顔をして、音院の事を見上げた。
「これは重要なことなんだ。よく見ておくんだな」
そう言うと、音院は廿里の頭を掴んでいる手を離した。
「本当なんだな……?」
音院が言って、廿里から顔を逸らした。
『ちょっと羨ましいかも……っていうか、音院もまんざらじゃない感じ……』
音院の顔を見ると、確かに恥ずかしさで赤くなっているはいるのだが、嫌がっている感じではないと、言えば分かるだろうか?
とにかく初葉からしたら、羨ましいことこの上なかった。
「いいか……このようにスカートを折ってだな。このパンツが見えるギリギリのところで止めて……」
廿里は、かなり際どいところまでスカートを折り曲げた。初葉はそれに、顔をてで覆う。、もちろん指の間から音院と廿里の様子を見るのも忘れない。
「そうだ……これだ……」
そう言い、廿里は音院の膝の部分を指さした。
「この部分だ! スカートから出ていて、ニーソックスの届かない、この膝の部分。これを絶対領域と言うんだ!」
力説する廿里。音院はそれを聞いて呆然とした。
「初めて聞いた……こういうのもアリなのか……」
そう音院が言うのを聞くと廿里はうんうん……と頷いた。
「なんか、音院のファッションショーみたいになっているけど……」
元々、初葉の服を見立てるためにここに来ているのだ。初葉は自分が無視されて、音院のファッションショーに付き合わされているのに不満がある。
「元々、私の服を見立てるためでしょう!」
初葉は言う。
「絶対領域だったら、私にもあるし!」
そう言って、音院と廿里の間に割って入っていった。
「ほら! 触ってもいいよ!」
初葉は言う。こんな大胆な事を初葉が言い出すのも、周りの空気に飲まれてのことだろう。
「本当にいいのか?」
初葉はその場の空気に飲まれるところがある。これまでの短い付き合いでそれを知っていた廿里は、遠慮なく音院の太ももを堪能しようとした。
「やっぱ、鍛えている足はいいよな……」
「く……お前それが目的か……?」
顔では気味の悪そうな感じではあるが、逃げたり廿里の頭をたたき割ろうとしたりはしない。
音院も、まるでこの状況を楽しんでいるようだ。
『なんか、気に入らないな』
初葉は思った。廿里は変態であるが、一本芯の通った子だというのは、初葉も感じていた。他の、男の子からは感じない、男らしさがある。
もちろん廿里は変態だが……
初葉は廿里の後ろにまで行き、おもいっきり廿里の事を投げ飛ばした。
「いちゃつきたいだけなら帰ってくれる?」
初葉は言った。随分とストレートに自分の意見を言ったものだ。メガネをかけている初葉は、こんな事を言わない。目がよく見えず、人が変わったようにズケズケと物を言う、風紀委員長の初葉の事を思い出させるような眼光だった。
「それは私も望むところだ」
そう言う音院。初葉はその言葉の意味をなんとなく感じ取った。
倒れている廿里はこの二人がにらみ合っている理由はまったく分かっていなかった。この二人が対決をする原因が自分にある事も知らず、ふたりの様子を不思議そうな顔で見つめていたのだ。






