初葉の家はどんなとこ?
「初葉の事件とも関係があるのか……?」
廿里は考えた。ニュースでは『通り魔』とされているが、これは特定個人を狙って行われた『殺人』である事は、間違いないだろう。
「初葉……お前を突き飛ばした奴の顔は見ていないんだよな?」
もう一度確認をする廿里。初葉はこくんと頷いた。
「ごめんね。見ていたらよかったんだけど……」
そう言って、すまなそうにする初葉。
普段から教科書を見て授業の予習をしている初葉。犯人はその事だって分かっていたのかもしれない。それで、本を読みながら電車に乗るために、すぐに電車の中に入れるあの場所に立つ事を知っていた犯人は、そこで初葉を殺そうとしたのだ。
「犯人の顔は見ているのに……」
廿里はそう言った。
顔を見ていても誰かわからないと意味がない。もう一度、犯人に出会うことさえできれば、取り押さえる事は簡単だろう。
だが、それができない歯がゆさがあった。犯人は誰か分からないし、動機だって見えない。
恨まれる覚えはいくらでもあるが、それらを全部当たるわけにもいかない。
「もしかしたら、ただの通り魔なのかも……」
初葉は言う。
縁も恨みもない人間を殺して、何の意味があるのか? そう考えると、あの怜津 代那はただの狂人であるという事もありえる。そして、初葉が狙われたのだって偶然通り魔の標的になっただけであるという事もありえるのだ。
「いやいや、それはポジティブシンキングすぎるだろう」
そう言った廿里。
「今日だけはそういう事でいいじゃない! そんなどうでもいい事は忘れてよ!」
『どうでもよくないだろう……』
廿里は心の中でそう思ったがそんな事を言ってもらちがあかない。今の初葉には、何を言っても届かないと思う。
「思いっきりデートをしているんじゃない!」
廿里たちの会話に突然入ってきた音院が言った。
「図書館でか? ここは普通こういう相談をしに来る所だろう?」
今廿里達は図書館のAVルームにいた。
ここでなら大きな声だって出せる。そして、ここにはエアコンがきいているというのもでかい。
廿里達三人はそこで、相談をしているのだ。これからどうすればいいか? 初葉の安全が確保されるためにはどうすればいいか? 敵は何なのか? を話し合った。
「なら思いっきり流れているこの映画は何だ!」
そう言う音院。音院はさっきまでつまらなそうな顔でDVDを見ていた。
「まあ、この部屋を使うって言った手前、DVDは借りないとこの部屋だって貸してもらえないぞ」
適当に選んだ映画は恋愛映画だった。これで、このDVDを貸すときに廿里達を見た職員がなんとも言えない顔をしていた理由が分かる。
「男一人と女二人で恋愛映画だからな……」
三角関係? 痴情のもつれ? なんともいかがわしい想像はいくらでも出来るだろう。
「そんな状況であるなら思いっきり望むところだがな」
そう言うと音院は廿里の首根っこを掴んだ。
「私達をバカにしてるのか?」
そう言う音院。その言葉を、『私達が廿里なんかに惚れるか!』という意味であるととった廿里は両手を挙げた。
「失礼しました……」
そう廿里が言うと、「ふん……」と鼻を鳴らして音院は廿里から手を離した。
「映画なんて久しぶり。最後に映画を見たのは一年以上前かな……」
初葉が言う。それに、廿里は初葉の事を見た。
「普通は映画はひと月に一本くらいは見るものだろう?」
「え? そんなに行かないよ……廿里君は映画が好きなんだね?」
「おいおい、俺くらいなら映画が好きには入らないって」
そういう話から。どんどん会話が弾んでいく。
「そんな事ないよー。私はレンタルだって半年前に借りただけだよ。」「時間を潰すとき、何をしているんだ?」
などと会話が始まる。初葉はバツが悪そうにして言った。
「読書……」
その様子を見て、廿里は察した。
「BLだな?」
そう廿里が言うと、初葉は慌ててそれを否定した。
「そんな事ないよ、BLっていったらすごいんだよ! 私が見ているのは、男同士がベッドに入っているようなものじゃなくて……もっと健全で、男同士の友情を確かめ合うような絡みのない……」
いつもは言葉の少ない初葉は、やけに饒舌になった。それを見て廿里は苦笑する。
だが初葉の事をそれで許してやる気はない。廿里は続けた。
「男同士が絡み合うってだけで、十分俺から見たらキツいよ……そんなものを読んでいるなんて気味が悪いね」
廿里は明らかに顔をニヤつかせながら言う。
廿里から気味が悪いと言われたことで。初葉もこれに負けじと言う。
「人の髪の匂いを嗅ごうとした人に言える事?」
まあ、これくらいの返しは帰ってくるだろうとは予想していた廿里はひるまない。
初葉はその廿里の様子を見て、前に出て行った。
「何を落ち着いているの?」
廿里が全く動じないのが気に入らない初葉は言った。
「いやいや、別に?」
初葉の事を小馬鹿にしたような様子で言う廿里。初葉は廿里の腕を掴んだ。
「左肘の可動範囲は私が広げる!」
そういい初葉は廿里の腕に関節技をきめた。
「そうだった! 初葉って柔道やっていたんだよな!」
今になって自分の愚かさに気づいた廿里は、床を叩きながら初葉の関節技を決められ続けた。
あれからまともに相談をする事など、当然できなかった。あれから廿里は映画が終わるまで柔道技をかけられ続けたのだ。
今の廿里は左肘とは言わずに全身が痛い。足も歩くたびに痛みを訴える。
「右肘に続いて左肘にも……」
すでに右肘は音院にきめられ済であり、今日は初葉に肘をきめられた。
「どうせなら、勝負をしない?」
廿里の後ろを歩いている初葉は言う。
「どっちが廿里君の肘の可動範囲を広げられるか?」
「待ってくんない! そんな事で勝負するなよ大事な俺の体だぞ!」
廿里は必死になって言うが、音院と初葉はその言葉を却下した。
「お前はそういう扱いでいい」
「そうだよ。廿里君は少し痛い目をみるくらいでちょうどいいよ」
こんな時に限って、二人の意見は一致した。廿里は二人がこんなに不機嫌になる理由なんて、全く思いつかないのだ。
それは第三者から見ると、一目瞭然に見えるようなものである。
「それじゃあ、デートの続きだね」
初葉は言った。音院もその言葉に頷く。
「買い物をすると言ったからな」
「本当に諭吉を持ってきててよかったよ……」
『やっぱりか……』そういった感じで、廿里は二人の言葉を聞いた。
高校生にとっては、一万円なんて大金だ。それを二人の為に使う事を許可する廿里も、随分と度量が大きいものだと思われる。
「この美少女二人と一緒にデートできるなら、これくらいの金なんて安いもんだ」
冗談めかして言ったのを聞いて、初葉と音院の二人は同時に顔を赤くした。
「美少女……」
二人は同時に小さく呟く。いきなり不意打ちでそんな事を言われ、二人は恥ずかしがっているのだ。
「このメガネの似合う二人はいいのだが、中身は凶暴な奴らだと知らなければ、もっと幸せだったんだろうけどな」
「凶暴……?」
またしても、初葉と音院の呟く声は同時に放たれた。
「決めた……お前の金は全部使い切ってやる。一円も残さないつもりだからそのつもりでいろよ」
「凶暴だって分かっているんだから、これくらいの覚悟はしているよね?」
二人はそう言う。その言葉を聞いた廿里は『当然だ』といった感じで笑いながら言った。
「最初から覚悟のうえだ」
廿里は、なんともないような顔をしてそう言った。
「ここに行こう! 前から気になっていたんだ!」
初葉はそう言って一つのケーキホールを指さした。ここは明らかに女の子がはいるといった感じで、ログハウスのお店であった。
「また高そうな……」
廿里はこの店がどれくらいの店なのか気になったが、初葉は完全にその店に入る事を決めており、拒めるような状態ではなかった。初葉は先に入っていってしまい、廿里と音院の二人はその後で入っていく。
「二人とも! ここだよ!」
そう言って、初葉は廿里と音院の事を自分の座っている席に呼んだ。廿里と音院の二人が椅子に座るよりも早く、初葉はメニューを開いて中身を確認し始めた。
ケーキは一つ三百円前後セットにはコーヒーとナッツがついて大体五百円くらいになる。
「高い店じゃなかったか……」
その値段設定を見て、廿里は胸をなでおろした。
初葉も音院もそれぞれケーキを注文し、廿里はコーヒーを頼む。
「甘いもの嫌いなの?」
そう言う初葉。
「付き合いが悪いな。こういうところに来たら、みんなで違うケーキを頼んで、お互いに食べさせあいっこをするものだぞ」
「そんな! それって間接キスじゃない!」
音院が言った言葉に、初葉はそう言って反応した。
「なんだ? そんなに嫌か? それならお前はやらなくていいぞ」
音院は『くっくっく』と笑いながら言う。
それで、とさかにきたような様子の初葉は言う。
「ちょっとびっくりしただけだもん! それに、廿里君はケーキを頼まないでしょ……って、今注文している!」
初葉が言っている間に、廿里は店員に言ってケーキの注文をしていた。
「チーズケーキ一つ」
そう言う廿里。初葉がとんでもない驚愕の顔をしているのを見て、廿里は不思議そうにしていた。
「間接キスをしたいの!?」
初葉は廿里に向けて聞く。
「ああ……美少女二人と一緒のフォークで食べられるなんて、男ならこれに乗らなきゃ嘘ってもんだ」
「なんか若干、気持ちわるいんだが……」
音院がそう言う。冗談めかした感じで言った廿里だが、その言葉の内容には、嫌悪感を感じるようである。
「なら、音院はやめたら? 私は廿里君と食べさせっこをするよ」
ここぞとばかりに初葉が言う。
「誰もやらないとは言っていないだろう!」
声を荒らげて言う音院に、初葉は余裕の表情で言う。
「そんなに大きな声をださない。他のお客さんに迷惑だよ」
余裕の顔でそう言い、満足気な顔をする初葉とは対照的に悔しそうな顔をする音院は、椅子に座る。
「制服でこんなところに入って大丈夫なのか? 学校に連絡をされたら、目も当てられないぞ」
さっそく悔しまぎれで音院が言い出す。
初葉は「あ……」と言って自分の服装を見た。
「休みの日だし、部活帰りでここに寄る人も、結構いるみたいだし……」
初葉は慌てて取り繕ってそう言う。
「一緒に初葉の家にまで行ってやろうか? お前の服を見立ててやるぞ」
音院が言うに廿里も言った。
「ちょうどいい……初葉がいつもはどんな服を着ているか、見たいな」
廿里が言うのに初葉は驚いて声も出ないといった感じの顔をしていた。
「うち……散らかってるし……男の子を……部屋に入れるなんて……」
初葉が動揺しているのを見て、面白そうにしている廿里。
「部屋が散らかっているならしょうがないなー……」
音院は含みがあるような顔で言った。
「まあ、本人が嫌だって言っているし、初葉の家にいくのはやめておくか……」
音院が言う。それに初葉は音院を恨めしそうにして見た。
「来て……」
初葉が言う。
「そこまで言うならいいよ。来てみな……」
初葉はそう言うと、音院は思わず笑った。
「あの部屋を廿里に見せるとか……」
笑いをこらえた顔の音院は勝ち誇ったような顔をしていた。
「初葉のダークサイドだからな……あの部屋は。こいつはすごいぞ……」
クスクスと笑いながら言う音院。初葉は音院を恨めしそうな顔で見た。音院はその視線を受けても、どこか面白そうな顔をしている。その意味が全く分からない廿里だったが『まあ、行けばわかるか』と考え別段気にしないで、初葉の家にまで向かっていった。