時実とはどういう子か?
「部長さんの交友関係について調べてみたんだけど……」
初葉は風紀委員の部室でそう言う。音院と廿里は野球部の部活中に顔を出したのがいけなかったようである。初葉が職員室にまで行って丁寧にお願いをしたら、面倒そうにしながらも教えてくれたのだと言う。
「やっぱ、あの性格で正義感が強い事もあって不良とひと悶着あったみたい」
教師から事情を聞いた初葉は言った。
ある廃部寸前の運動部の部室があった。その部室を乗っ取ってたまりばにしていた不良達がいたのだ。
そこにはゲーム機が置かれていたり、ソファーが置かれていてお菓子の袋なども散乱していたらしい。完全に荒れた部屋。部員は二人しかいない部室。元々は二十人くらい部員がいたのだが、その不良生徒の嫌がらせによってほとんどの部員は辞めていってしまい最後に残った二人は雑用として残る事を強要されていた。
その二人はカツアゲをされたり、パシリにされたりしていたらしい。
「この学校って、本当は荒れた学校なんじゃ?」
廿里が言う。
「自由な校風だからね。サボって落ちこぼれる人もいるんだよ」
初葉は言う。普段の気弱な初葉の様子を見ていると、廿里にとっては初葉がこんな事をいうのは信じられない気分だ。
「今は鬼の風紀委員長だからね」
そう言う初葉。
「なんだったら、今から風紀委員長の顔になってもいいよ?」
そう言い、メガネを外して三つ編みを解こうとし始めた。
「いいよいいよ……風紀委員長よりも、今の初葉のほうがいいな」
そう言うと初葉は三つ編みを解こうとしている手を止めた。
「続けるよ」
そう言い初葉は続きを話し出す。
ここまでくれば予想できるだろう。その不良を追い出して部室を取り戻したのがその時実である。不良はケンカ慣れしているとはいえ、毎日体を鍛えている野球部員の方が強いのは当たり前だ。
それから、床にちらばるタバコの吸殻やポルノ雑誌。不良に殴られた二人の部員の診断書を出し、不良達を部室から追い出したのだ。
その不良達はその後退学になったらしい。
「その不良達のリーダーの当歳 五郎が特にその事を根に持っていたらしくて……退学をした後も、野球部にちょっかいをかけてきたのだといいます」
野球のボールやみんなの靴がボロボロにされる事件が何度も起き、監視カメラを置いて当歳 五郎が犯人である事を突き止めたのだ。
それ以降、当歳は野球部にちょっかいをかけてきてはいない。
「そいつが怪しいな……」
「そんな事、誰でも分かる」
廿里と音院は二人でそう言い合った。
「そして、その当歳っていう奴は、随分と貫禄があって……」
「つまるところのデブなんだな?」
初葉の言葉の続きを待もせずに音院が言う。
「なんか……突っかかってくるな、なんでそんなに不機嫌なんだ?」
廿里が言う。そうすると、不機嫌である事を隠そうともせずに、音院はそっぽを向く。
「こんど、一緒にデートをしてやるから機嫌直せよ」
廿里が冗談っぽくそう言うと初葉と音院の二人は固まった。
その直後、音院の顔は心なしか歪んだ笑いを見せ、初葉の顔は悔しげになった。
「初葉……どうしたんだ?」
表情の変化がわかりやすい初葉に向けて廿里は聞いた。音院はずれたメガネをかけ直す。
「へぇ……お前にどれだけの甲斐性があるか見せてもらおうか?」
初葉の方には見向きもしない音院。
「おっと、何かよからぬ事を考えているのか?」
廿里は言う。音院がニヤついているのを見て、廿里も一緒にニヤついていく。
初葉にとっては、こういう時は、昔からの付き合いのある音院と廿里の見えない絆を感じる瞬間である。初葉はそんなふうに冗談交じりでそう言い合うところが羨ましく見えた。
「別に……? デートっていうのは男が女に尽くして女にいろんなプレゼントを送るという神聖な日だろう?」
「わぁ……すっごく神聖だな……」
廿里の頭にはよくアニメで見るようなデートの様子が浮かんでいた。
のんびりとショッピングを楽しむ女。男は両手に紙袋をいくつも持ち、女の後ろをついていく。
そして、その買い物の払いは当然のように男がする事になるのだ。
「おれの小遣いは三千円くらいだぞ。せめて、それくらいで収まる買い物にしてくれ。駄菓子とか……」
「うん、それいいね!」
初葉はそれを聞いて目を輝かせた。
初葉の頭の中には、一緒に駄菓子屋の前のベンチでお菓子を一緒に食べている二人の様子が頭に浮かんだ。
女は持っているアイスを男に向けて突き出す。それを躊躇なく男がなめる。
「この味もうまいな」
そう笑う男に合わせて女も笑う。
「これで間接キス……なんてね……」
一人で顔を赤らめる女は、隣に座る男の体温を感じ幸せを噛みしめるのだった。
「えへ……えへへ……」
顔を一人で赤くして、悦に浸った顔をした初葉は廿里と音院から白い目で見られているのに気づき、ちいさく咳払いをした。
「これで関節キス……なんてね……」
音院が言いだすのを聞いて、初葉は固まった。
「口に……出てた……?」
「この味もうまいな」
廿里もそう言い出す。
「にゃ……にゃあああああ!」
そう言って、初葉は膝が崩れた。顔を伏せながら恥ずかしさを噛み締める。
「にゃあって?」
クスクス笑いながら廿里は言う。
「本当にかわいいやつだよ……」
一緒になって笑った音院も言う。
「うう……バカにされた……」
ちょっと泣きそうな顔をした初葉は言う。
「まあまあ、こんどデートの時廿里が付き合ってくれるっていうから」
そう言いながら音院は初葉の頭をポンポンと叩いた。
「あれ? デートに行くのは決定事項なのか!? 冗談のつもりで言ったのに……」
そう廿里が言うと初葉と音院の二人はどこか意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「残念、身から出た錆だね」
さっきまで落ち込んでいた初葉は、もうすでに立ち直っているらしく、ケラケラ笑いながら廿里に向けてそう言った。
次の日。今日は土曜日であり、ゆっくりしたいところであったが、初葉と音院のデートをする事は半強制的に決められてしまった。時間も場所も決められ、家に置いてあるサイフから、いくらか金を補充しないといけないくらいになった。
「諭吉さん……今日は頼みますよ……」
サイフから一万円札を取り出すと、廿里はそれを自分の持ち歩いているサイフにしまった。
着替えも済まし、廿里は朝食を摂るために台所に行った。
「ねえ……近くで通り魔が起こったんだって……怖いよね……」
廿里の母がそう言った。
母が見ているテレビを見ていると、どこかの駅の映像が映されていた。そして、一人の少年の真後ろにつく。大きなサングラスに大きなマスクの男。その男が少年の肩を掴んで線路側に押し込んでいったのだ。
そこで、映像は切れる。
「警察はこの映像を公開し、犯人の特定を急いでいます」
そう、アナウンサーが言う。次のニュースになっていった。
「あの映像って、この前の列車事故の?」
「そうなのよ。あんたも気をつけなさいよ。あんたもあの駅使うんでしょう?」
母はそう言う。
あの映像を見て廿里は疑問に思うことがあった。多分、今日のデートは中止になって犯人について話し合う事になるかもしれないと、廿里は考えた。
初葉は、自分の部屋で自分の服が入っているタンスを漁っていた。
「なんでいい服がないの!? 私のバカ!」
普段は服の事には無頓着で、母の買ってきたものを着ている初葉は、デートに着ていくような服は持ち合わせていなかった。
普段からファッションに無頓着であった自分を、自分自身呪っている初葉。
「こんなんじゃ、雰囲気出ないよ……」
そう言い、初葉は部屋に置いてある大きな鏡台を見た。それは、全く使われておらず、うっすらホコリすらかぶっている。
母の買ってくれてたワンピースを着た初葉は、初めて鏡大に向けて笑顔を見せた。
にんまりと笑っている自分の顔を見て、初葉はなんか恥ずかしくなった。
「やっぱこれじゃダメ! もっといいのがあれば……」
これでもソコソコかわいいとは思う。だが、初葉はそれに満足した気分にはなれない。
「音院はいろいろ持ってそうだからなぁ……」
音院は初葉と違い普段から友人が多い。社交性もあるという事はそれなりのファッションセンスもあるのではないか? と初葉は考える。
「音院には負けられない……元々廿里くんは私のものだし……」
廿里に命を助けられて初葉は廿里の事を見直していた。普段はメガネに固執する変な趣味はあるが、意外に男らしくて頼りになるところもある。
「音院も、普段は廿里君の悪口ばっか言っているけど、本当は廿里君の事を好きなんじゃないかなぁ……とは思ってたんだよね」
そう考えてひとりごちる。廿里の事を思い出すと、初葉はなんか胸が苦しくなる自分に気づいた。
「って! そんな事を考えている場合じゃない!」
そう言い、できるだけマシな服を見つけるためにタンスの中を漁り始める。
そこで、自分の机の上に置いてある自分のスマホが鳴った。
初葉がそのスマホを持つと、廿里からメールが来ているのを確認する。
中身を見てみると、こう書いてあった。
『今日のデートは中止したいと思います。朝のニュースの映像を見て、俺は犯人が『怜津 代那』ではないか? と思っている。音院も初葉も学校に来てくれ。アルバムをもう一度確認したい』
このメールを見て、初葉はむしろ『助けられた』感じがした。
学校に行くというのなら、服を選ぶ必要はなくなる。
「そうだ……学校に行くんだから制服を着ないと……」
そう考えた初葉は、いままであれだけ焦っていたのが嘘のようにして、落ち着きを取り戻した。
「ざんねんだなー。かわいい服を選んでいこうとおもったのになー。学校に行くのならしょうがないなー」
誰も聞いていないのに、なにか言い訳じみた言葉を言いながら制服に袖を通していく初葉。
できるだけ近いうちに、デートに着ていけるような服を持ってこようと心に決めて、初葉は制服を着て学校に向かっていった。
初葉が学校の校門前に着くと音院がいた。
「やっぱり決めてきてる……」
初葉はそう言う。音院はワンピースを着て学校にまでやってきていた。初葉はこんな感じの服を着る事なんてできないだろうと思い、音院の事を羨ましいと考えて見ていた。
「初葉……あのバカは見なかったか?」
「バカって……廿里君の事?」
いきなり学校に集まるように指示を出すなんて、ナメているとしか思えない。そう、音院は言う。
「せっかく、昨日のうちから服を選んでおいたのに……」
小さな声で音院が言う。初葉はその声を聞き取り、胸をほっとなでおろした。こんな事で音院との差を付けられるとは思っていなかったのだ。
「二人共! 来てたか!」
そう言って、こちらに向けてかけて来ている廿里を見て、音院は普段から鋭い目をさらに鋭くして言う。
「遅い! 人を呼び出しておいて、自分が最後に来るとは何のつもりだ!」
「俺が一番学校から遠いんだぞ……」
これでも急いでやってきたのが分かる、廿里は音院達の前に立つと、ぜぃぜぃと息をし始めた。
「どうしても、早いうちにあいつの顔を見ないとな……」
廿里はそう言って、スマホで動画サイトに載せられている映像を見た。
サングラスとマスクで顔を隠してはいるが、それだけでは顔の輪郭までは隠せない。一目見た瞬間から、あの野球部部長の時実を殺した犯人は怜津 代那ではないか? と思っていた。
「やっぱりそっくりだ……」
図書室にやってきた三人は、一つの机に三つの椅子を並べてアルバムを見ていた。
アルバムを見ながらそう言う廿里。音院もアルバムの代那と映像の男を見比べて言った。
「似てる……な……」
音院もそう言った。自分が退学をさせた男だ。顔くらいは覚えているといったところだ。
だが、なぜ怜津 代那が時実を殺したのだろうか? 音院には動機がないように思える。
「時実は不良に絡んでいくような奴だったんだろう? どっかで恨みでも買っていたんじゃないか?」
適当にそう言う廿里。
実際に時実を殺した犯人は怜津 代那で間違いはないのだ。廿里はそう確信した。
「なんでそこまで必死になるの? 警察に任せておけばいいじゃない?」
初葉はそう言った。
「そんな身も蓋もないこと……」
音院は呆れた顔をして言った。廿里も同じような表情をしている。
『何か、おかしいことでも言っただろうか?』
そう考えて首をかしげる初葉を見て、廿里と音院は言う。
「犯人を捕まえないと、また初葉が襲われるかもしれないだろう?」
「そうだ、お前のためにやっているんだぞ」
廿里と音院の二人は、初葉にそう声をかけた。
「そうだ……私、命を狙われているんだよね」
気のない様子でそう言う初葉を見て、廿里と音院の二人は初葉に溜息を吐いた。