私、命を狙われているんだよね
次の日の朝、初葉はいつもの時間に駅に現れた。
「よう初葉」
そう言って気安く声をかけてくる廿里。
「あ……廿里君おはよう」
そう言った初葉。初葉はいつもと様子が違った。初葉はいつものようなビン底のような分厚いメガネをかけていなかった。
「やっぱ気になるか? 廿里もいつもの方がいいってよ?」
「なっ……いきなり出てくんなよ!」
後ろから声をかけてきた音院。音院と初葉は一瞬視線をぶつけあった。
その後、二人はお互いのそっぽを向く。
「なんだこれ……」
廿里はこの状況には疑問しか感じなかった。廿里は自分が女の子にモテるなんて思っていない。だからこそ、この二人の好意にも本気で気づかないのだ。
「まあ、なに……初葉ってメガネを変えたか? その方がいいと思うぞ。やっぱり初葉の可愛い目元は見せていかないとな」
そう廿里が言い、廿里は初葉の目元を人差し指でさすった。そうすると、初葉の顔はいきなり赤くなっていった。
「不意打ちすぎるよ……」
初葉が顔を伏せながらそう言う。廿里はその様子を面白がって見ていた。
「これがあの鬼の風紀委員長とはな……俺だけが知っているってのがまた面白い」
「一応、私も知っているがな」
不機嫌な様子で音院も言う。
「男の子に知られているってのが恥ずかしい……なんか、普段の私を知っている子がいると、やりにくいよ……」
初葉がそこまで言ったところ、音院に駅員が声をかけてきた。
「君、昨日の子だね」
音院に向けて言った。
「昨日の駅員さん……もしかして犯人が見つかったのですか?」
音院は駅員に向けて言ったが、駅員はそれに首を横に振った。
「実は、昨日別の事故が起こった。君らと同じようなケースだよ。彼は死んでしまった……」
それを聞き、廿里達に嫌な感覚が走った。
「彼は恨みを買うような人間じゃなかったっていうんだ。彼は野球部の部長で人望もあり、人気もあった。君だって風紀委員長なんだってね?」
野球部の部長と聞いて、初葉は思い出した。
「時実君……あの子が恨みを買うなんて……ありそうだけど……」
初葉が言うにはその時実という生徒は熱血野球少年といった感じだったらしい。普通の人から見れば、恨みを買いそうにないともおもうだろうが、ああいう人種を『暑苦しい』と感じる人も多い。タバコを吸っている不良とモメる事なんてよくある事だったそうだ。
「結局は私と同種の人間なんだね」
「そういえば、あいつが生徒指導の先生に不良生徒を突き出しているところを見たぞ……」
音院が言う。
「人に恨まれるような事はしていないわけじゃないのか……」
駅員も言う。二人は考え始めた。
「気を付けないと……」
初葉はあれからそう言う。今日は朝の荷物検査はないので普段通りに登校をした。
風紀委員がいないとこの場の空気は穏やかそのものだ。気楽に談笑をしている生徒たちが、校門に向けて歩いていた。
「それじゃな……」
廿里はそう言って別のクラスの初葉と別れようとする。
「またお昼休みね」
そう初葉が廿里の背中に声をかけた。廿里はその言葉を聞き流していたが、音院はそれに反応した。
「また来る気なのか? メシの途中で嫌な話をするのは嫌なんだが……」
「嫌な話って何よ?」
音院と初葉はそう言い合う。初葉と音院はお互いに顔を近づけて不良のケンカ前のような状態になっていた。
「あたらしいメガネに傷がついたらどうすんだよ?」
そう言い、廿里は音院のメガネをはずす。
「こら! 何をする!」
そう言うが廿里はそれから音院から数歩後ろに下がった。
「こら! 廿里! どこに行った!」
音院は周囲を見回しながらそう言った。
「こいつ、メガネとると、本当に何も見えないんだよ……」
グルグルと首を回す音院。その様子は猿回しの猿のようであると、初葉は思う。
「お前か! 廿里!」
そう言い、音院は初葉の肩を掴んで言う。
「私は初葉だよ……」
そう言うと、音院は顔を回した。
「そこかぁ!」
そう言って、音院はあらぬ方向に向かっていった。いきなり肩を掴まれた女子生徒は、本気で怯え出す。
「私……レイって言うんだけど……」
そう言われたあと、音院はその生徒の顔をじっ……と見つめた。
それが廿里の顔でないとい確認をしたあと、またその女子生徒から手を離して周囲を見回す。
「くふふふふふ……」
初葉は、その様子を見て笑い始めた。
「そっちは初葉か! 笑っているんじゃない! 廿里をだせ!」
やっぱり目は見ていないようで、音院は初葉の向けて思いっきり指をさしたつもりなのだろう。
惜しい。音院が指差しているのは初葉の隣を歩く、無関係の生徒だった。
「俺からどんどん遠ざかっているぞ!」
そう言う廿里。その廿里は音院のすぐ後ろに立ってそう言っていた。
「そっちかぁ!」
そう言った音院は思いっきり真後ろに振り返り廿里の横をかすめて走っていった。
「俺はここなのに……」
ブルブルと震えながら笑いをこらえている廿里。
「こら! 廿里! 笑っているな! って、あたぁ!」
そのセリフを聞いて周囲の生徒達も笑い始めた。音院はおもいっきり電柱にぶつかっていたのだ。
「笑うなばかぁ! 私だって好きでこんな事をやっているんじゃないんだぞ!」
音院の言ったそのセリフがさらに周りからの笑いを誘った。
中には、指差して笑う者もでてきたくらいだった。
目は見えなくてもその雰囲気は伝わるらしい。音院はついには涙目になりながらも周囲を見回す。
「笑うな! 笑うなよぉ! こんなとこを見るなぁ……」
そろそろ、完全に泣き出しそうな勢いであった。ここまで来るとかわいそうにもなってくる。
「廿里はどこいった! 私を置いて逃げたな! 逃げたんだ!」
最後には人間不信に陥ってきた音院。
「音院って底の浅い人間だったんだね……」
初葉が言う。
「一皮剥けば人間こんなもんよ……」
廿里も言う。ふたりは音院の底を見たような気分になり白い目で音院の事を見た。
「そろそろ返してあげなよ」
「そうだな。初葉は先に逃げておけ」
そう廿里が言うと、初葉は先に校門を通って学校の中に逃げ込んでいった。
「ほら音院。返してやるよ」
そう言い、廿里は音院にメガネを返した。音院がいそいでそのメガネをかけると、音院は廿里に向けて言う。
「とーどーりーぃ!」
そう言われ廿里は両手を挙げた。
「無抵抗なんか、私の前には通用しない!」
そう言い音院は廿里の腕を取った。
「ああ……分かっていたさ……」
そう言い、なされるがままに道にたたき伏せられ、腕ひじき十字堅めを極められる。
「タップタップ! 降参だって!」
あまりの痛みに廿里が言う。
「うるさい! 肘の可動範囲を広げてやる! 感謝するんだな!」
「する訳無いだろう!」
廿里は言う。
周囲の生徒たちの目も気にせずに、音院は廿里の肘をキメていた。
「本当に肘の可動範囲が広がりそうだな……」
肘を動かして、異常がないかを確認しながら言う廿里。その後ろには音院がいる。
「まだ許したわけではないぞ……」
そう言う音院。その言葉に廿里は寒気を覚えた。
今は、不達は教室に向かっているところだ。すぐ見えるところに自分達の教室の札が見える。
「初葉のやつも逃げたし……」
そう言って。拳を自分の手のひらに叩きつける音院。恐ろしいやつを怒らせたことを、今になって廿里は後悔した。
初葉を殺そうとするくらいに憎んでいる奴か……」
廿里はそう言った。同じ手段を使って、二度も殺人が実行をされているし、片方は本当に人が死んだ。
初葉もこれから気をつけないといけないかもしれない。殺人が失敗したからって、これで終わりとは限らない。また狙われる事もありえるのだ。
「なあ、初葉を襲ったやつと怜津を襲った奴って、同一犯じゃないのか?」
「何をいきなり?」
廿里の言葉に音院が言う。
「偶然って考えるのもおかしくないか? 殺人なんて、そんなにポンポン起きるものじゃないだろう? 二つも連続をするなんて、おかしいって……」
「まあ、おかしい話ではあると思うが、それを考えてどうしようというんだ?」
音院が聞く。廿里は大真面目になって答えた。
「犯人を捕まえるんだ」
あまりにも無謀な事を言い出す廿里。音院はそれに呆れた。
「そんなものは警察に任せておけばいいんだ。私達で解決をするような事じゃない」
「だけど、その間に初葉が殺されるかもしれない……」
「そうは言ってもだな……」
「初葉とは親友同士なんだろう?」
有無を言わさずにそう言って音院を説き伏せようとする廿里。
「協力をしてくれ音院。俺たちで犯人を見つけ出そう」
そう言い、廿里は握手をするようにして、音院の前に手を出した。
「ああ……もう……」
今の廿里は真摯な目をしている。
こうなったら、廿里はまったく考えを変えない。だからこそ音院は廿里に向けて信頼を置いているし、彼の事がちょっとは好きになる原因でもあるのだ。
「わかったよもう……」
そう言い、音院は廿里の手を掴んだ。
「ああ、これからよろしくな、音院」
そう言われると、つい昔の事を思い出してしまう音院。
「まあ……よろしく」
久々に廿里の『あの』顔を見た。
廿里の言うことは、到底無理な事だと音院も思う。だが、昔の事を思い出したような気分になれた音院。彼女はそれで少し嬉しく感じていた。
さっそくは野球部で聞き込みを開始した。
「ああ……部長? そんな事きいてどうすんの?」
ほとんどの野球部員は、そのようなそっけない態度だった。
「部長が死んだことは聞いているけど、そもそも、なんでそんな事を調べてんの? お前らに犯人が捕まえられるの? こっちは部長が死んだって事でナーバスになってんのに……」
その言葉が野球部員達の本音のようだ。
今はそんな事を語りたくはない。俺たちにできる事は普通に練習をして、部長の代わりに甲子園を目指す事だ。
「警察から散々聞かれたからな、みんな、もううんざりしているんだよ」
廿里達が最後に話を聞いた部員はそう言った。
部員達の気持ちは痛いくらいに伝わってきた。だがそんな事でねを上げるわけにもいかない。また初葉が狙われるかもしれないのだ。悠長な事は考えていられない。
「おいこら! 何をやっている!」
そこに声をかけてきたのは、この野球部の顧問の教師だ。
「さっきから代那の事を探っているようだが、一体何のつもりだ?」
「代那さんが誰かから恨みを買っていなかったか? を探っています」
音院は言う。
「風紀委員か……お前らがそんな事を調べてどうするつもりなんだ? 俺たちは警察に全部話した。これ以上話すことはない」
そう言うと顧問の教師に任せておけば大丈夫とばかりに音院達から離れていった。
「しかし、次の犯罪を未然に防止するために……」
「そんな事は警察の仕事だ! さっさと帰れ!」
「しかし……」
「うるさい! さっさと帰れ!」
何を言ってもそう答えられる。その場は音院は退散をしていった。