あのときはごめんね
「あのあと、風紀委員長と何かあったのか?」
昼休みの時間になると、音院が廿里に向けて言ってきた。
「ああ……友達になった」
廿里は言う。音院はそれを聞いて顔を歪めた。
「なんだそれ? 分かるように話せ! 風紀委員長と、何があった?」
音院はそう言い、いつもどおりに廿里の机に自分の弁当を置いた。
「あれから、あいつの様子がおかしいんだ。初葉と何があったんだ?」
「だから、友達になったんだって……」
「ここはいつものメガネ談義のようにフザけるところではなく……」
「なんだてめぇ! 俺のメガネに対する愛が本物じゃないと言うのか!?」
いきなり切れだした廿里。ものすごい剣幕だが、音院はそれに「しまった……」という顔しかしなかった。
メガネに対しての変質的なくらいの愛情を少しでも傷つけられると、烈火のように怒り出す廿里。その事を昔から分かっていたはずの音院。ついでに彼はこうなってしまえば叩き伏せるしか黙らせる方法はない。
「そもそも俺と初葉に何があったのか? と聞かれてもそうとしか答えられないんだよ!」
そう廿里の口から言われその言葉に音院も乗る。
「ならなんと聞けというんだ?」
音院は言う。そうすると廿里は考え出した。
「とにかく、お前は何を知りたいんだ? 何か初葉に問題があったのか?」
「もうすでに『初葉』って呼ぶような仲なのか……?」
そう言って自分の持ってきた椅子に腰かけた音院。
「そういう『問題があったのか?』っていう聞き方が微妙な感じもするが……」
そう言ったあと、音院は言い出した。
「なんか、あれから携帯を見て『にへら……』って顔をしているんだよ。何がそんなに面白いんだ? って聞いても『なんでもない……』とか言って携帯を仕舞うし……」
その他にも、なんか上の空だったり、ゲーム機を持ってきている奴を見逃したりしたらしい。
さすがにタバコを持っている奴は生徒指導の教師につきだしたが……
そう言う音院。悩みながら聞く音院に、廿里も頭を悩ませた。
「俺だって本当に初葉とは友達になっただけだがな……ほら、朝のお礼とか言って……」
「まあ、命を助けられてもらったわけだし、多少恩義を感じる位のことは分かるものだが……」
廿里と音院はそう言い合った。
お互いの重箱の隅をつつきあうような会話をしているところ、声がかかってきた。
「廿里くん……今取り込み中かな?」
それは初葉の声だった。
「初葉……」
廿里がそう言う。
「初葉……私は今廿里から話を聞いている最中でな……」
「ちょうどいいだろ? 本人もいるんだし直接聞いてみたらいいだろう?」
廿里は無神経にそう言った。
その声に、初葉は笑顔になり音院は不機嫌な顔をした。
その意味を分かっていない廿里だが、不信な感じだけは感じ取ったようで、音院をなだめた。
「音院って、前々からずっと廿里君の話ばっかりしていたんだよ」
それから、三人は学校の屋上に行った。この学校は珍しく学校の屋上は開放をされており、よくここに登ってウノとか恋人同士の秘め事などをする場として使われていた。
不機嫌な顔をしている音院に、初葉は廿里から不審そうな顔を向けられていた。
「どんな話だったか聞きたい?」
ニコリと笑って言う初葉。音院はそれでさらに不機嫌そうな顔をした。
「それよりも、一つ聞きたいんだが……」
そう廿里が言うと初葉は首をかしげながら笑顔で言う。
「なあに?」
その行動を見て、音院はさらに不機嫌そうな顔をする。
「なんか、初葉の行動ってアニメっぽいというか……」
深夜アニメなんかを嗜んでいる廿里にとってはよく見る行動である。だが、それを現実で見た事はもちろん無い。狙ってやってでもいるように廿里には感じた。
「『あざとい』ってやつだ。男から見たらどうかは知らないが、私から見ればそういう行動を取るのを見ると怒りを感じる」
廿里が言いたい事をダイレクトに言ってくれた音院。
それに初葉は小首をかしげた。これを見ると、アニメ的な動きであざといと音院が言ったのもなんとなく納得できる廿里。
「私って深夜アニメとかよく見るの。それで感染っちゃったのかも……」
そう言って笑う初葉。
「風紀委員長が、深夜アニメね……これじゃ生徒たちに顔向けできないんじゃないか?」
それでむっとした初葉は、音院にトゲのある言葉を言った。
「テレビ番組はニュースとスポーツしかみないあなたから見ればそう見えるかもね。それでがさつで嫌味な奴になっちゃったのかな?」
「なんだと!」
そう言い合って、二人はにらみ合った。
「音院はわかるが、初葉もそういう奴なのか……?」
「そりゃそうでもないと、風紀委員長として不良達と渡り合っていく事なんてできないからね……」
「納得……」
その一件で、初葉に対するイメージがおもいっきり変わった廿里。
これでは、お互いに廿里に対する印象を悪くすると感じた二人は、お互いに背中を向け合って座った。
「音院は廿里君の事を、頭の中にメガネがびっしり詰まっているメガネバカだとか言っていたよ」
「こら! いきなりなんだ!」
そう言って初葉につかみかかる音院。初葉はそれでもさらに続きを言い始める。
「それでね……音院は廿里君の事をバカでヘタレで男らしくないって言っていたんだよ」
「だからやめろというのに!」
そう言って、初葉の胸ぐらをつかみ出す音院。
「男の子と付き合ったことがないどころか、まともな男友達も居ないくせして何をわかったような事を言っているんだろうね?」
『笑顔でこんな事を言うことのできる子だったのか……』そう考えた廿里。
明らかに引いている廿里を見て音院はニヤリと笑った。
「こういう子もいい! メガネは嫌味で毒舌っていうもの王道パターンだし……」
「嫌味……毒舌……?」
「お前はメガネなら何でもいいのか……」
それぞれの理由で少なからずショックを受けている二人。
二人の様子の意味が全くわからない様子の廿里は、いきなり話を変えた。
「そういえば、電車で線路に突き落とされそうになった事、何か心当たりはないか?」
廿里がそう聞いてくる。この話は重要な事だ。もしかしたら、初葉もこれから狙われるかもしれない。
「心当たりは……ありすぎるかな……」
今朝の持ち物検査の事もある。タバコを持ってきた生徒は、即生徒指導の先生に突き出しているし、ゲームを持ってきた生徒に向けて、『今度持ってきたらセーブデータを消す』などと忠告を出した事も多々ある。その生徒はその警告を無視して、ケロリとした顔で次もゲーム機を持ってきたので、マークを打ってあるモンスターは逃がしてしまい、600属のモンスターも同様に逃がした。
持っていた武器を捨てたりレアアイテムも店に売ったりしてセーブをする。
その行為を見て、その生徒は風紀委員長は『分かっている』と感じ、二度とゲーム機を持ってくる事は無かったのだという。
「まあ、今はスマホでゲームをできる時代だし、抜本解決にはならなかったけどね……」
そう話を閉める初葉。
「初葉って、やっぱりオタクなのかな? 攻めの反対は何か言ってみ?」
「受け」
一言で帰って来た言葉。それを聞いて廿里は子心の中で、初葉はオタク女子であると確信した。
「そんな事で殺されるほどの恨みを買うもんじゃないだろう……もっと無いか? たとえば退学をさせた奴がいるとか……」
そう言うと、音院は言う。
「そういえば、いたな……」
「彼はしょうがなかった……」
初葉もそう言い、その生徒の事を話し出した。
その生徒は学校にナイフを持ってきた。そのナイフを風紀委員の方で預かると言ったら、そのナイフを使って襲いかかってきたというのだ。
だが初葉は柔道を昔やっており音院も空手部の副主将だ。すぐに彼を叩き伏せ、二人がかりで押さえつけて校長室の方にまで連行をした。
いきなりの事を驚く校長に事情を話し、『厳重な処罰を』と言い残して初葉の音院の二人は校長室を後にしていった。
その後、放課後になると「彼は退学させた」という報告を生徒指導の教師から聞いたのだという。
「怜津 代那彼の名前は覚えているよ」
「自分が退学をさせた人だからね……」
もしかしてこんな顏だったか? そう言い、生徒手帳に男の顔の絵を描いて二人に見せた。
「初葉の事を突き飛ばした犯人の顔だ」
そう言い二人に見せるが、二人はそれを見て顔をしかめた。
「なんか特徴は捉えているけど……」
「これは証拠にはならん……」
アニメのキャラのような顔の書き方をしていたのだ。目が大きく口元も線一本でかかれており、なんとなく特徴が合っているような気もするが、間違っているような気もする。
「顏を見ているなら、ちょっとアルバムでも見せてみるか……」
音院がそう言い、初葉も頷いた。
二人は廿里にアルバムを見せて犯人の事を探らせようとしたのだった。
「この子なんだけど、どうかな?」
そう言い、写真を見せられた廿里は、「うーん……」と唸った。
「犯人……髪を染めていたし……」
「髪の色なんて、好きに変えられるだろう?」
「目の色だって青色だったからもしかしたら外国人かも……」
「いや、それ、ただのカラーコンタクトだろう?」
「だけど、ピアスとかしている様子もなかったし、こういう奴とは思えない」
「仕舞にゃただの偏見を言いだしたぞ、ピアスを着けるのも外すのも、本人の勝手だろう?」
廿里が言う言葉に、次々とダメだしをする音院。
「廿里君も頑張って思い出そうとしているんだから、静かにしてあげてよ」
そう言う初葉。
「ね? 廿里君も落ち着いて思い出すことができなかったでしょう?」
廿里の耳元で言う初葉。廿里の耳に、息がかかるくらいの近くで言うと、音院も対抗して廿里の耳元で言う。
「そんな事ないだろう……アドバイスをしてくれる人間がいるのはいい事だ」
「二人とも、黙っていてくれ……」
廿里がそう言うと、二人とも廿里から離れた。廿里は、その写真を見ながら唸った。
「似てると言えば似てるかも……でも本人なのか……どうか? と聞かれると」
殺人未遂事件事件の犯人である。慎重になって考えないとならない。後になって『間違いでした』では済まされないのだ。
「もう、こう聞くしかないか……」
そう音院が言い、それに初葉は頷く。
「この人物を犯人だと確信できますか? もし確信できないなら「できない」と言ってください」
二人は同時にそう言った。
「できない……本人とは思えない……似てるけど……」
唸るような声で言ったそれに初葉も音院も残念そうにする。
「協力できなくてごめん……」
廿里は言う。初葉も音院もそれに困ったような笑顔で答えた。
「協力をしてもらってありがとう」
今は学校からの帰り道。意外にも初葉と廿里の家はちかかった。
先に別れた音院は、何か口惜しそうにしていたが、その意味がわからない廿里は、そのまま初葉と一緒になって帰り道を歩いていた。
「今日の朝のお礼を言っていなかったじゃない。命を助けてもらうなんて、本当にすごい借りを作っちゃったってもんだよ」
そう言い、廿里の事を見つめた。
初葉は平均的な身長を持つ廿里と同じくらいの身長があり、真正面から廿里の顔を見つめ始めた。
「まったくマンガのワンシーンみたいだったよね。あの時は本当に死んじゃうんじゃないか? って思ってたんだ。こんな事くらい大したことじゃないはずなのに……」
そう言い、初葉は自分の胸を触った。
「あの話は勘弁してくれ……」
初葉の胸を触ったときは、本当にここが胸なのか? 疑問に思ったくらいだった。
ただ、そんな事を話したら、初葉は思いっきり激怒するだろう。胸が小さいことがコンプレックスである事を、初葉は言っていたのだ。
「いいじゃない。もうそんな事気にしてないから」
初葉は言う。彼女の顔は笑っていた。
「私の目を見てよ……もう怒ってないんだから」
ケラケラと笑いながら言う初葉。
「目が見えないだろう、その分厚いメガネなんかしていちゃ……」
どうにもバツの悪い顔をした廿里。
「メガネが命の次に大切なくせに……」
初葉は言う。
「とにかく!」
そう言い、足を止めた初葉は廿里に向けて頭を下げた。
「あの時はごめん……」
「おいおい、こんなところでそんな事をされても……」
「でもさ、こうしておかないと、スッキリしないの……私、風紀委員長だよ。こういう事はいけないと思うんだ」
初葉が言うと廿里は言う。
「よし、許す」
結局、廿里からこの言葉を聞かないと、初葉は気がすまないのだ。廿里は悪ふざけをして、胸をふんぞり返らせながら言う。
「ちょっといくらなんでもその態度は……」
初葉は廿里の事を見ながら言う。廿里はその初葉の肩をバシバシと叩きながら言う。
「まったく、面倒な奴だな」
気持ちよく笑いながら、廿里は先に歩いて行った。この場所で初葉と廿里は別れるらしい。
初葉は自分と違う方向に歩いていく廿里に向けて言った。
「あの時はごめんね。これからも私と友達でいてね」
そう言ってくる初葉に、廿里は背中を向けたまま手を挙げて返したのだ。