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あいらぶぐらっしいず  作者: 岩戸 勇太
この事件のカラクリ
15/15

美鈴の家のしきたり

「詳しく聞きましたわ。お二人も知りたいことでしょうから教えます」

 ここは初葉と音院が一緒に座っている喫茶店。

 全員コーヒーを注文し、その場で百合香が集めてきた、廿里が美鈴にどんな借りを与えたか? を話し合っていた。

「私の調べた話によりますとね……」


「美鈴……これで分かっただろう? 下賤の輩などと付き合うと、いい事は全くないぞ」

 父親の前に座らされている美鈴は、父からそう言われて肩身を狭くした。

 ここは屋敷の大広間だ。ここでは何十人もの人間を座らせて大きな会議を開けそうなくらいの広さがある。

「そうですわ……今回のことでよくわかりました……」

 このまま話を合わせていけば、美鈴がお咎めがなしになるだろう。だがその時の美鈴は、父の言葉が聞こえていないかのようにして目を泳がせていた。

「いいえ……そうではありません……」

 胸に引っかかるさっきまでの体験。特に目的地も決めずに街を歩いただけの、ただの退屈な時間。これだけであれば、すぐにでも忘れるような経験だろう。

 美鈴の言葉に、父は美鈴に向けて目を見張った。

 美鈴はこのまま流されてはいけないと思った。

『これでは、彼と二度と会う事はできなくなってしまう』

 ふと、そう考えたのだ。

『何のために? どうして?』

 美鈴は自分の考えに対して自分自身で疑問符を投げかけた。あいつと会うことができなくなるのに、何の弊害があるのだろうか? とも考える。

 あいつと二度と会えなくなっても別にいいではないか? このまま黙っていればいい。別に誰にもバレはしない。そう考えるのだが、美鈴は妙に胸に引っかかるものが胸をチクチクと刺激していた。

「私はあの男に連れ出されたのではありませんわ……」

 美鈴は勇気を出してそう言った。

「私があの男に行って、屋敷を抜け出すのに協力をさせたのです」

 そう美鈴が言うと、父の顔が歪んだ。それは完全に驚いている顔であるが、驚いているだけでもないというのは美鈴も感じた。

「屋敷を抜け出したのはお前の意思だったという事か?」

「はい、そうです」

 美鈴の言葉に困惑の裏に感じていた、『怒り』の感情を顔に出した父。父は何も言わずに美鈴の前に立ち、美鈴の顔に張り手をした。

「なぜ、そんな事をした? 外の世界には、お前を狙うような危険な輩が多いというのは常に言い聞かせていたはずだ」

 そう父は言う。美鈴は言った。

「最初は、適当に外の世界を見てみたいと思っただけでした。そして考え通り、外の世界は存外につまらないものでした」

 そこまで黙って聞いていた父。

「そのうえ命まで狙われて……」

 そこまで言うと、父は眉をピクリと動かした。

「それ見たことか……外の世界が危険なのはよく分かっただろう?」

 その言葉に、返してきた父の言葉であるが、それでも美鈴は自分の言葉を続けた。

「その時、助けてくれたのが、あの男だったのです」

 そう聞くと父は目を見張った。美鈴が続きをどう続けるのか? がなんとなく分かったような様子だった。

「私はあの男には借りがあります。その借りを返さなければ気が済みません」

「そういう事か……」

 そう言うと父は考え出した。

「蓮里 百合香も、庶民の高校に通っていたな」

 それは蓮里の家の方針だ。それに六斗の家も合わせなければならないという義理も道理もない。だが、父はこう言った。

「ならば少しだけ、庶民の学校に通うのも悪くはないだろう。ただし、臣継とみつぐも連れて行け」

 そう言うと、臣継と呼ばれた壮年の男は、美鈴の前に立ってペコリと礼をした。

「よろしくお願いします。お嬢様」

「ではこれで話は終わりだ」

 それだけ、短く言うと美鈴の前から姿を消していった。

「ありがとうございますわ」

 そう父の背中に向けて言う。

「長く居座るなよ」

 短く美鈴の父はそう言うと、部屋の襖を閉めた。


「丁度いい……と、廿里なら考えるな」

 美鈴の情報力をうまく使えば、犯人達を追いかける事に有効に使えるかもしれない。

 そして、廿里はその力を有効に使い、用が無くなったらサヨナラをすればいい。美鈴の言いようからすれば、それを望んでいるようにも聞こえる。

「あの子の目を見た……?」

 初葉は音院を見ながらそう言った。

 美鈴の目には熱がこもっているのを感じたのだ。それは、敵意でも蔑みでもない。明らかに『好意』を持っている視線であった。

「私だって、助けられたとき、廿里君がかっこよく見えたし……」

 廿里は美鈴の事も助けたらしい。矢で狙われているところに、手を引っ張って矢を避けたのだというのだ。

「借りを返したら、すぐに帰っていくような、事はないと思う」

 初葉の言葉に音院は唸った。

「そうだとしても、まずは自分の身の安全を考えろ」

 音院はコーヒーを啜りながら言う。

「そういう事はこの事件を解決してからでも、遅くないです」

 百合香はそう言った。その言葉には『そんな話を聞かされても面倒』という意思を感じたのだが、その言葉ももっともである。


 音院が先を歩く。その後ろに廿里達もついていく。音院は前を歩く美鈴の事を追っていた。

「あんな事させて大丈夫なの?」

「俺も止めたんだが……」

 廿里と初葉がそう言い合う。

 今は、美鈴が街中を一人で歩いているところを廿里達は追っていた。美鈴は、どこかに目的地も決めずに人の通らない道を選んで歩いていた。

 これは彼女自身が言い出した事だ。オトリとしての役をかってでたのである。

 このため、臣継は帰らせた。あんな、危険そうな壮年の男が近くにいれば『敵』も襲いにくいはずだ。


 あれから、いくら歩いても相手からの襲撃はない。何の目的もなく、人通りの少ない道をウロウロしているだけの事に、お嬢様の美鈴は飽き始めていたようだ。

「いつまで歩けばいいんですの?」

 美鈴が廿里に電話をかけてきて言った。

「相手から襲われるまでなんだが……こんなの、一日二日で成果の出るものじゃないぞ。一週間か、二週間くらいは同じことを続けないといけない」

 廿里はそう言う。

 廿里がいくらか意地の悪い言い方をしたものだと、百合香は思った。これで、やる気をなくして美鈴が帰ってもらえれば、しめたものである。

「いいえ、付き合いますわ。一年でも二年でも」

 どうも廿里の考えに気づいているようで、美鈴がそう言った。


「今日もやるのか?」

 次の日の帰りに音院は言った。

「犯人が捕まらない限り、続けないとな」

 そう言う廿里。廿里と音院は、一緒になって風紀委員の部室にまでやっていく。

 少し歩き、部室にはすでに初葉と美鈴が居た。

「小僧。お嬢様を待たせるなどどういうつもりだ?」

「これでも直行でやってきたんだぞ、無茶言うなよ……」

 こうも毎日会っていると、壮年の使用人から何を言われたところで気にならなくなってきた廿里。その様子に、不満そうな顔をして使用人が言う。

「今日もお嬢様にあんな事をやらせるつもりか?」

「本人がやるって言ってくれているからな……」

 廿里は言う。あれから、このような不毛な事を続けて二週間になる。『敵』がやってくる事は今など一度もなく、これまでの努力は徒労に終わっている。

「お嬢様は頼まれて嫌と言えないのは分かっているだろう? そっちこそ、少しは気を遣え」

「それを言われるとな……」

 この美鈴が嫌な事をきっぱり断れる性格か? どうか? は、このさい置いておくとして、彼女の事をいいように振り回していいという理由にはならない。

「そうだな……たまには休んだほうがいいんじゃないか?」

 廿里は言うが、美鈴は使用人の事をキッ……と睨みつけた。

「そんな心配など無用です。私はあいつらを許せませんので」

 美鈴が言う。

 美鈴が言うにはどうにも変な言葉であると廿里も感じる。百合香であったら、自分の防備だけを固めて、後は廿里達に任せるような行動をとりそうである。

「バカにしないでください……六斗の家の者が、一度始めた事を途中で投げ出す事などありえません」

 そう言う美鈴。

「なるほど、そういう理由なら少しは納得ができるかもな……」

 廿里は言う。

 こう考える廿里だが、肝心なところは分かっていないままだ。美鈴がこの件にここまで執着をする理由などは分かっていない。

「絶対六斗さんは、廿里さんに惚れているだけでしょう?」

 百合香がポツリと言う。

 廿里は今の状況を全くわからないまま、今日の捜査に入っていった。


「あいつ……本当に気づいていないのか……?」

 壮年の使用人が言った。今は、使用人と音院と初葉の三人が美鈴の後を追う形になっている。

 ただし、廿里は美鈴の隣を歩いている。これは使用人が提案したことだ。

『毎日一人で歩くだけでは退屈でしょう? 今日はお付の人間と一緒に歩いては?』

 この言葉を聞き、美鈴は首を横に振った。

「私一人で歩かないと、相手が寄ってきませんでしょう? 一人の方が敵も襲いやすいのではないですか?」

 そう言う。当然こう言い出すだろうというのは、使用人はわかっていた。

「確かに私がついていたら、相手も警戒するでしょう。なら、貧弱で根性の無さそうな、もやし男を一緒にお連れになるといい」

「おいちょっと待て、なんでそこまでボロクソに言われないといけない?」

 廿里はそう言う。それに使用人はとぼけたような事を言った。

「誰もおまえのようなクソガキの事だとは言っていないぞ」

「そこまで言ったら、俺の事を言っているようなもんだ」

 そう言って使用人を睨んだ廿里だが使用人はそれをまったく無視していた。その言葉に続いたのは美鈴である。

「それはよろしい。今日はあなたが一緒に歩きなさい」

 美鈴は言う。

「おいこら、『貧弱で根性のなさそうなもやし男』ってのは俺の事だってのは誰が聞いても分かるだろう?」

「私はお前のことだとは言っていない」

 飽くまでもとぼける使用人の男。その男を無視して、美鈴ははりきって学校から外に歩いて行った。


「お嬢様御二方も、はっきりさせておきたいのではないでしょうか? あの廿里様の事を美鈴様がどう見ているのか?」

 初葉と音院の向けてそう言った使用人。心の奥を見透かしたような事を言うのに、二人は固まった。

「こうやって二人きりにさせれば、よくわかるとは思いませんか?」

 二人が何かを言う前に、先読みして言ってくる使用人。

 使用人は全てを分かっているような事を言いながら、二人をなだめていった。

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