いたずらの代償
「まったく私達の陰口なんかを言っていなかったか?」
音院はそう言いながら風紀委員の部室に戻ってきた。
「まったくだ。なんか臭うぞ……これはなぜか私達が廿里に気があると勘違いをしているような匂いだ」
「二人ともピンポイントだな。さっきまでそんな感じの話しをしていたところだ」
そう言う廿里。廿里の手には、音院が仕掛けていた盗聴器が握られていた。
「こんなことだろうと思ったよ。撮影をするとは聞いていたけど、盗聴器を使うとは聞いていなかったな」
そう言い、廿里は盗聴器を音院に向けて投げてよこした。
「なんで私だと思った?」
確かに、この盗聴器は音院が用意をしたものだが、それがバレたのは何故かが、わからなかったようだ。
「お前の机の中に隠してあったからだよ」
そう言う廿里。
「人の机を漁るなんて……」
そう言う音院に向けて、廿里は鼻を鳴らした。
「人の会話を盗聴するなんて……」
そう言って返した廿里に、音院は忌々しそうに「ちっ……」と舌打ちをした。
「とにかく、これでおあいこだな。めでたし、めでたし……」
「そうはならないだろうが……人の会話を盗聴しておいて……」
そう言う廿里だが、これ以上追求をする気はないらしい。
「二人共、もう帰るか?」
そう言った廿里は、初葉の前に立った。
「そうだな……そろそろ帰ろう」
初葉はそう言う。その初葉を待って廿里は部室のドアに背をあずけていた。
「さっさと一人で帰ったらどうです?」
百合香がそう言う。
「おまえは……もう帰ろうってところに、嫌味を言ってきやがって……気持ちよく帰らせてくれないのか?」
廿里は言う。百合香はそれを無視した。
「廿里君、一緒に帰ろ」
そう言ってくる初葉。今はメガネをかけて髪を三つ編みにしている。この代わり身はいつ見ても不思議におもうものだ。
「メガネをかけたら、気弱のメガネ少女になるなんて、俺得の事だがな」
三つ編みをして、メガネをかけた初葉の事をじっっと見つめながら言う廿里。その視線に初葉は困ったようにして、とどりの視線にニコリと笑って返した。
「その変態が治れば、あなたと委員長の関係を認めてもいいんですけどね」
「お前の許可など必要ないだろう?」
そう言った後、廿里は舌打ちをした。さっさと帰ろうと思う廿里。これ以上百合香と一緒にいてもイラつくだけだ。
初葉が部室を出ようとしているところ、背後で起こっている事に廿里は気づいた。
「初葉……先に行っておいてくれ……」
そう言われ、初葉は驚いてビクリとした。
「どうしたの? 私何かした?」
そう言っておどおどする初葉。それを見た廿里は小さく首を横に振った。
「そうじゃないんだ。これは、俺の使命に近いものがある。メガネの波動を感じたんだ」
そう言われると、初葉も廿里の事をうんざりするような目で見た。
「待っているから気が済むようにしておいて……」
呆れた初葉は、部室の向かいに背をあずけた。廿里の事をじっと見つめる。
「ああ、すまない初葉。メガネは俺にとっては……」
「分かってる。見に行きたければ見に行って」
この廿里の病気はたとえ世界一の医師にだって治すことができないだろう。こういうのに付き合うというのも彼と付き合う上では必要ともなるものだ。
「メガネの波動ってなんだろう?」
確かに、この部室の中にはメガネをかけた音院もいるし、初葉もいる。そんな事まで分かることができる、廿里のメガネ好きは神がかっているように思う。
廿里が部室に戻ると、中に居た女の子と目があった。
「しまった……」
廿里と顔を合わせたのは百合香である。廿里と会う時はコンタクトレンズをしていたらしい。今はメガネをかけた姿であった。
「おい……相手は百合香だぞ……さっきまでケンカをしていた……」
廿里の考えを読んだ音院だが、廿里はそれを無視して言う。
「さっきはすまなかったな……」
百合香に向けて、そう言った廿里。
「メガネっ子ならそう言ってくれればいいのに、隠すことないじゃないか」
廿里がそう言った時、百合香の背中に悪寒が走った。
「やっぱり悪い癖が出たか……」
忌々しげに言う音院。
「こいつは、メガネ女子であると見ると見境がないからな」
音院は言った。廿里は、メガネをかけている女子には見境がない。その事は幼なじみであるためよくわかっており、今回の事も、『廿里のいつもの病気』としか思っていない。
「ちょっと待ちなさい! あなた、ついさっきまで私と……」
百合香が言う。廿里の態度の豹変ぶりに、完全に戸惑っている様子だ。
「その事についてはさっき謝ったじゃないか。卑怯だよ……君がこんなにかわいいメガネ女子だと知っていたらあんな口はきかなかったのに……」
「キショイ……」
初葉は風紀委員の部室の中から聞こえてくる、言葉に向けて、そう言った。
「私、あんな言葉に騙されたの?」
そう考えると、頭が痛くなってくる初葉。
あの時言われた言葉に、胸がキュンとした事が今になって恥ずかしくなってくる。
「キショイ! なんですかあなたは! いきなりそんなに態度が変わって!」
そう百合香が言うと、廿里は百合香の頬に手を当てた。
「君が……メガネがかわいすぎるからいけないのさ……」
「なんで今言い直したのですか!? そこは『君がかわいすぎる』でいいでしょう!」
「そこは重要だろう?」
ニコリと笑いながら廿里が言う。
「うるさい! 可愛いなんて言われて、ちょっとキュンとしそうになったじゃないですか! 私のときめきを返しなさい!」
そう百合香が言うと、廿里は「ふっ……」と笑った。
「返さなくてもいいだろう……俺は本気だからな」
そう言うと、百合香は一気に顔が真っ赤になっていった。
「こいつ、こんなに男なれしてなかったのか……」
部室の中で二人の様子を見て、そう言う音院。百合香の弱点が見つかって、少し愉快な気分になってきたようだ。
「男を風紀委員から追い出したのは、盛大な照れ隠しだったのか? 本当はこんなにウブで恥ずかしい私を見ないでってか?」
音院は百合香に向けてニヤニヤしながら言う。
「遅いよ! 一体何の話をしているの?」
業を煮やして風紀委員のまで入ってきたという感じで入ってきた。だが、初葉の口の端は小さくつり上がっていた。中の様子を外から聞いて、今こそ百合香に復讐をするチャンスだと思った。といったところだろう。
「まあ、あなた達の話は外にも聞こえていたけどね」
そう言って、初葉は三つ編みを解いた。これからは風紀委員長モードになって、百合香に反撃を開始するつもりのようだ。
『俺も便乗をしてみるか……』
そう言って、廿里も言い始めた。
「男子を追い出したって聞いたときは、面倒そうなやつだと思ったけど……一皮剥けば、ただのウザイ女の恥ずかしがりかよ……怒る気も失せてくるわ……」
廿里が言う。
それにむっちゃ睨んできた百合香だが、廿里はかまわずに話し続けた。
「男に近づけないで、よく風紀委員なんてやってこれたな……これは矯正が必要じゃないか?」
廿里は音院と初葉を交互に見ながらそう言った。
廿里に何をするかなんて考えは全くない。だが、この二人は日頃から迷惑をかけられている様子であるから、何か思いつくだろう。
「そうだな…ちょうどよくここに男子がいるものだし、面白いことを思いついたぞ」
そう言う音院。
『ん? ここに男子がいるって? 俺も巻き込まれる系の話?』
そう考えたところに、廿里は後ろから羽交い締めにされた。
「音院さん……何をする気?」
背中に音院の胸の感触がある。だがそんな事は全く気にならなくなるくらいヤバいかんじがしていた。
「おい! これただのイジメだろう!」
廿里と百合香の二人は、初葉と音院の二人に掃除道具入れに押し込まれた。綺麗に後ろ手に縛られており、ドアを開けて脱出できるような状態でもない。
「普段の行いの悪さを、ここで反省するんだな」
「そうだ、二人とも頭を冷やせ」
初葉と音院が口々に言う。
「それは、百合香一人で十分だろう!」
なんで俺まで罰を受けないとならない? そう思って言ったその言葉に、音院と初葉の二人はさらに顔を険しくした。
「ふたり揃って反省しろ!」
そう言い、初葉と音院の二人はドアを思いっきり閉めてから、部室から出て行ってしまった。
「ちょっと狭いですわ……離れなさい、野蛮人……」
「まあ、そう言わないでくれ……こっちも足の踏み場もないんだ」
そう優しげにして言う廿里。だがその態度が、百合香には薄気味悪く感じたのだ。
「あなたは黙っていなさい! なんか、私に、気を遣うような事を言うなばかぁ!」
「いきなりなんだい……そんなに俺と一緒にいるのが嫌か?」
「嫌に決まっているでしょう? あなたみたいな汚らわしい男……」
「そこからだよね……」
廿里は優しげな声で言う。その声を聞き、百合香は背筋に悪寒が走ったようだ。
「あなた、その話し方をおやめなさい! あなたには似合っていないですよ」
「そう冷たいことを言わないでくれよ。当分こうしているしかないんだからさ」
廿里がさらに言うのに、百合香は嫌悪感を顕にした。
「この男と一緒にいるのは拷問ですわ! 反省しましたからもう出してくださいまし!」
そう言う百合香。だが返事は帰ってこない。ふたりは、本当に遠くに行ってしまったようだ。
「まあ、これもいい機会なんじゃない? こんな事でもなければ、俺が君と一緒になる事なんてなかったんだしさ」
「何がいい機会ですか!? あなたなんかと親睦を深める気なんてありませんよ!」
空気を入れ替えるための穴があいており、外の光は少しだけ入ってくる。だがそれでは、この暗くて狭い空間を十分に照らすことなんてできない。
「スマホを持っていませんか? こんなに暗いと怖い……」
百合香の体が小刻みに震えているのがわかった廿里は百合香に胸を貸した。
「いきなり……何をするんです……」
「暗いのが怖いんだろう?」
廿里は言う。その言葉は図星だ。百合香は子供の頃、押し入れに閉じ込められた事がある経験から、暗くて狭い場所が苦手だったのだ。
「弱っているメガネの女の子を放っておけない性分なんだ」
「相変わらずあなたはメガネ馬鹿です……」
そうは言うものの、百合香は廿里の手を「ぎゅっ……」と握り返した。それで廿里は手を握り返した。
「私は音院先輩みたいには、いかないですからね……」
そう言う百合香。廿里は、それで小さく笑った。
「なんで笑うんですの?」
「百合香もやっぱり普通のメガネの女の子なんだな……って思って」
そう言われた百合香。言葉の最中に、メガネの事を挟まれたので、冷静に対処することができた。
もしかしたら、廿里の言葉に自分は胸が高鳴っていたかもしれないと一瞬思う。だが、けっきょくは廿里はメガネバカだ。こんな奴にキュンとするなどありえない。
「私が普通だったら何だって?」
そう冷めた声で言う百合香。
「ちょっと可愛く見えてきた」
臆面もなくそう言う廿里。それを聞いて百合香は、自分の胸が高鳴りそうなのを必死に堪えた。
「やっぱり、男は不潔です。そんな心にも思ってないことを言うなんて……」
「もしかして『自分はそんなにモテる人間じゃない』って、思ってる?」
そう廿里が言うと、廿里は百合香の頬をなでた。
本来なら、そんな行動を男に取られたら気味悪がったりする百合香だが、今日は、嫌悪感なんて感じないし、その手の暖かさが気持ちよくすら感じていた。
「君はかわいいよ。『女の子が好き』とかいう特殊な趣味さえなければ、けっこういける口だと思う」
廿里がそう言う。そこまで聞いて、百合香は思いっきり首を振った。
「私は落ちない……私は落ちない……」
そう何度もつぶやく百合香。その直後、掃除道具入れのドアが開けられる。
「二人でいちゃいちゃするな!」
そう言う音院。
「これじゃ、罰にならない……」
初葉も言う。今は、いつものメガネに三つ編みの姿だ。
「音院おねぇさま!」
ドアが開けられると、百合香は思いっきり音院の胸に向けて飛び込んでいった。
「やっぱりこれですわ! この柔らかさに暖かさ、特殊な性癖に目覚めるかもしれなかったですけど、やっぱり女の子の方がいいです。この柔らかさ、弾力……」
「お前はいつか目を覚ます必要があるだろう! 早く男を好きになる真っ当な女子になれ!」
百合香の事を引き剥がそうとしている音院。その隣の初葉は廿里の前に出て行った。
「廿里君……掃除道具入れの中であった事を全部話して……」
今の初葉には迫力がある。廿里はなんでこんな事になるのか? 心当たりがないまま初葉の言葉を聞いた。
「人に対して『付き合ってくれ』とか言ったくせして、君はほかの子といい感じになっているとかおかしくないかな?」
初葉がそう言うのだが、廿里はまだ初葉の真意を理解していなかった。廿里も自分がモテるとは思っていない。初葉が廿里に向けた態度は,他の意味があるのではないか? と邪推をしているのだ。
「あなた……自分がモテる事を自覚した方がいいですよ」
百合香が廿里に向けて言う。
「冗談はいいから……」
そう言って、百合香の言葉に返した廿里。
「そう何度もいいませんからね」
そう言ってそっぽを向いた百合香は、そのまま音院に関節をきめられていった。




