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ジャスミンの檻

作者: 狛都まを

 一目見たその瞬間から、僕は君に恋をしたんだと思う。


 初対面の相手にこんなことを感じるのはおかしいのかもしれないけれど、君を初めて見て、"欲しい"って思った。


その瞳に映すのは、僕の姿だけであって欲しい。

その耳が拾うのは、僕の声だけであって欲しい。

その指が触れるのは、僕の身体だけであって欲しい。


 でも運命は残酷だ。この世界じゃ君は僕に気付かない。

 どうしたら……一体どうしたら、僕は君といられるのかな?


 そんなことを考えていると、君がゲームショップから嬉しそうに袋を抱えて出てきた。待ちきれないというように近くの公園に寄り、袋から取り出したものをうっとりと眺める。

 ……あれは確か、最近話題の乙女ゲーム。


 そうか、その手があったか。

閃いた僕は、計画をすぐに実行に移すために立ち上がった。


        檻を作ろう。

   鈍感な君が気付かないくらい広い檻を




*********



 皆さんこんにちは、私はひいらぎ 七海。よくある乙女ゲーム転生というのをしたらしい。

 楽しみにしていた乙女ゲームを抱えながら家に帰っていた時、信号無視して突っ込んできたトラックに轢かれて短い生涯を終えました。

 ただラッキーなことに、前世の記憶を持ったまま大好きな乙女ゲームの世界に転生出来たらしいです!!


 と、ここで私が転生した世界のご紹介。

舞台は『ジャスミン物語』という、ネーミングセンスの欠片もないタイトルの学園を舞台にした乙女ゲーム。私はそんなジャスミン物語のヒロイン、柊 七海に転生したのだけど……。

 名前が前世と同じってどういうこと。しかも容姿や体重まで前世のまま。こういうのってチートで美人になってるものじゃないのか普通!!


「七海、入るよ?」

「あ、今開けるよ!」


自分の部屋の扉を開くと、目の前に立っていた人物はにっこりと微笑んだ。


「ありがとう」


整いすぎている見た目に完璧すぎる内面。これが乙女ゲームクオリティってやつですね。ただ残念かな、彼は攻略対象者じゃないんだ。


 柊 奏斗かなと私の義理の兄さん。

ん?なんで攻略対象者とか舞台がわかるのかって?それは転生した直後に乙女ゲームの神様と名乗る人物に教えてもらったから。

ついでにステータス画面を見る能力も貰ったから、兄さんが対象者じゃないってことは確実。惜しいな、実に惜しい。


「それで、どういう用事?」


私がそう問いかけると、兄さんはクスッと笑った。その拍子に色素の薄い髪もサラサラと揺れる。

 本当に美しい人だな。私にもとても優しいし、頭も良いし運動も出来るし、言うこと無しなんじゃないか家の兄は。


「実は、七海を外出に誘おうと思って。どうせ家にいてもゲームしかしないでしょ」

「ちょっとそれどういう意味?」


事実だけども!!その言い方はなんか引きこもりみたいで嫌だ。

 ぷくっと頬を膨らませると、兄さんは笑いながら長い指で私の髪を撫でた。


「冗談だよ。機嫌直して?駅前のクレープ奢ってあげるから」


むぅ、そこまで言われたら仕方ない。駅前のクレープは私の大好物だからね。


「それで?どこに行くの?」

「そうだな、今日は図書館に行こうと思ってたんだけど、いい?」

「…えっ!?」

「ダメかな?」


私が大袈裟に驚くと、シュンと項垂れる兄さん。あぁ、イケメンにそういう顔されたら断れないじゃないか。


「ううん……大丈夫だよ!!」

「なら良かった」


本当は行きたくないなんて、ホッとしたように笑う兄さんに言えるわけがなかった。


 

 この世界は乙女ゲーム、なはず。

なのに全然攻略対象者たちの好感度があがらない。数多の乙女ゲームをやりこんだ私が選択肢を、少しならばともかく全て外すだなんてありえない。……のに、なんだか全部上手くいかないんだ。

 

 腹黒紳士系の生徒会副会長に「嘘の笑顔は止めてください」と言ったら「初対面のくせに失礼ですよ」と冷めた目で見られたし、俺様でプライドの高い生徒会長に「私は貴方に興味なんてありません」と言ったら「俺もお前に興味ねぇ」と素通りされた。双子の生徒会書記と会計に「あなたが○○くんであなたが△△くんでしょ?私はわかるよ」と言ったら「「……違うけど」」と冷静に突っ込まれた。


 どうして?これらは乙女ゲームの基本中の基本でしょ!?なんで好感度があがらないの?

 イベントも全く発生しないし……正直自信を失ってきた。


 そんな中での兄さんからの図書館へのお誘い。でも、夏休みの図書館は重要なイベントが発生するスポットだ。今そこへ行って何も起こらなかったら、残りわずかな自信が砕け散りそうだ。

 


 とりあえず兄さんの隣を歩いても恥ずかしくない程度に身だしなみを整えて外に出る。すると既に外で待ってくれていた私服姿の兄さんは「行こうか」と手を差し伸べてくれた。

 今時手を繋いで歩く兄妹ってどうなんだろう。そう思った私はその手に気付かない振りをして兄さんの前を歩き出した。


「ね、ねぇ兄さん」

「なに?」

「お願い!ちょっと中に行って生徒会の面々がいるかどうか見てきてくれない?」

「いいけど……」

「ありがとう!!」


図書館を目前にして怖じ気づいた私は、先に兄さんを偵察に行かせることにした。

 兄さんが一人図書館に入っていくのを見送ると、私はため息を吐き出した。

 

 どうしたらいい?私は乙女ゲームのヒロインだ。皆を攻略しなくちゃいけない、それが私の使命なはず。なのにどうしてこうも上手くいかないの?

 もし……誰も攻略できなかったら、何かあるのだろうか?存在が消されてしまうとか、学園追放とか、何かしらのペナルティがあるのだろうか?そんなことを考えると不安で堪らなくなる。

 彼らが居なかったら……私は何を目指してこの見知らぬ世界を生きていけばいい?

 気付かないうちに震えていた指にもう片方の手を重ねて、ギュッと握った。


「七海、見てきたよ……って、大丈夫?」

「兄さん…」

「それでね、生徒会の皆は」

「言わないで!!」

「……え?」


咄嗟に兄さんの言葉を遮ってしまった。

でも、この続きが怖くて聞けない。


「私、お腹空いちゃった!先にクレープ食べに行こう?」

「でも図書館はすぐそこだし…」

「図書館はまた今度にしよう、うんそれがいいよ!!」


我ながら強引だなぁとは思う。けれど、困惑する兄さんを何とか説き伏せ、私たちはその場を離れた。



「七海疲れてるでしょ?」


クレープを食べた帰り、ふと兄さんがそんなことを言ってきた。

 結局クレープを食べて帰るだけになってしまったのは申し訳ない。


「疲れてはない」

「嘘つかない。今タクシー呼ぶから」


えーと……本当に疲れてはないんだけど。まぁ、兄さんの気遣いが嬉しいから今回は甘えてあげよう。


 兄さんが呼んだタクシーに揺られながら家に向かっているうちにだんだん眠くなってきた。

 あぁ、でもこれだけ聞いておきたいの。


「あのね、これは例え話なんだけど」

「ん?」

「もしも兄さんが…使命を持って生まれてきて、その使命を達成出来そうになかったらどうする?」

「そう、だな……」


 ダメだ、眠すぎる。瞼が重い。

ゴメンね兄さん。こっちから質問しておきながら、心地の良さにいつの間にか、兄さんの返事を聞かずに私は眠ってしまった。



*********



 僕は隣で眠る彼女の柔らかな髪をそっと撫でた。

 使命?そんなもの、君の為なら幾らでも捨てて見せるよ。


 ねぇ、君は気に入ってくれたかな?この乙女ゲームの世界という"檻"を。

 最初からこのゲームにエンディングは一つしかないんだ。驚かせたいから、敢えてステータス画面には表示しないけど。


 精一杯悩めばいいよ。苦しめばいい、傷つけばいい。そして最終的に僕の所に戻ってきて。

 ここでは僕だけが君の唯一だよ。


 だって、この世界は僕と君のためだけに、僕が課せられた使命も授けられた力も全てを投げ捨て作り出した世界なんだから。


 スヤスヤと眠る七海の頭を引き寄せ、僕の肩に寄りかからせる。


 


 このゲームのタイトルは『ジャスミン物語』


  知ってる?ジャスミンの花言葉は……



     「あなたは私のもの」


捕捉

・気付いた方もいると思いますが、兄さんは乙女ゲーム世界の神様というやつです。

・規約違反を犯してこの世界を作りました。


ヤンデレって怖いですよね、僕のものにならないくらいなら殺してやるとかっていうあれですよね((((;゜Д゜)))


あれ?もしかして主人公が死ぬ原因となった事故って……

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