第7話『ザ・ソード』
人気のない路地の排水溝。
溝に設置された網目の鉄の柵から、スライムがぬらりと出てくると、人の形に集まった。
坊主頭のお世辞にも人相がよろしいとは言えない風貌の男が出来上がる。
「…よし」
液状化の能力者、津印無我は半透明のまま辺りの路地を確認すると、完全に人間化した。
「津印無我さんかい?」
突如声をかけられて驚く。
見るとそこには京介が立っていた。
「…ちいっ」
「待ちなよ、俺は敵じゃない、あんたを保護しに来た」
「保護だと?」
無我は京介の姿を見回すと、少し警戒を緩める。
見たところただの若者で、いざとなれば能力で突破できると考えた。
「ネクスターって言葉に聞き覚えがあるだろ? 今それを狩る奴らが…」
説明を開始したところに、ざっざっと地面を擦って歩くような音が聞こえてくる。
「くそっ!き、きやがった!」
無我はあせりの声を上げると、京介の脇を抜けて逃げていく。
「あっ、ちょっと!?」
追いかけようとしたが、近づいてくる足音の主に備える方に集中した。
「…獲物を追ってみれば」
渋めの声が響く。
「どうにも知った気配だな」
サムライ。
姿を見せた足音の主はそう表現するのが一番適当な出で立ちであった。
チョンマゲに着物、そして腰に獲物。
この時代にそんな格好をしている人間を京介は一人しか知らない。
「ザ・ソード!?」
「久しいなインフィニティ…だったかな?」
着物の胸元から出した腕で顎をさする。
「顔を見せた事はなかった気がするけど…」
「なあに拙者くらいになると幾度が相対すれば気配で判別できる」
さすがSAMURAI。
「ちょうどいいや、今ある組織が能力者を殺して周っているんだ、あんたも…」
「知っている」
気配がゆれた。
「あ、ああ…さすがだな」
突如ザ・ソードから生まれた威圧感に、京介は一歩後ずさる。
「拙者の殺気を感じたな」
ザ・ソードは口元に笑みを浮かべる。
「あんた…!?」
「その通り」
キンッ。
京介のすぐ横の壁に切れ目が入った。
「くそっ、また用心棒かよ!?」
「まさか」
ザ・ソードは笑う。
京介はインフィニティに変身して構えた。
「就職したのさね、スカウトされてな」
『あ、悪の組織に!? どんな神経してんだ!』
ザ・ソードは日本刀を下手に構える。
「わからんかな」
次に日本刀をコンクリートの壁に差す。
そしてすっと手を胸元まであげる。
「ここまで剣の道を極める為に修行してきた、が」
すっとその手を縦に薙ぐ。
「人知を超えた力というのは、この先いくら極めても到達できまい」
インフィニティのメットが真ん中から真っ二つに割れた。
「!?」
「どんなモノでも切り裂く能力…くくく、さしずめ魔剣に魅入られたというところか」
ザ・ソードの表情に影が走る。
「この一年、力を失い、拙者は絶望したよ。そして渇望した。
目を覚まし、ふと自分が、腕を天に向けている事に気がつく。
ああ今一度。今一度手にしたい。
あの強い力を。あの満足感を。あの快感を」
手を広げ空を掴む。
「アークスは一度失ったあの力を再び与えてくれた、そして存分にその力の振える場所でもある」
「ぐっ…!?』
「人を斬るは!剣の道の誉れよ!」
咄嗟に交わしたインフィニティの頭上をザ・ソードの手刀が通り抜ける。
「くそっ、最近ロクな目にあわねぇな!」
インフィニティは後ろに飛ぶと、置いてあったバイクにまたがる。
「逃げるか。それもよかろう。
ヌシが能力者である限り逃げられはせん」
インフィニティは舌打ちをしてバイクを走らせた。
無我はアリ怪人アントルの群れに囲まれていた。
その場その場を逃げ切る事は可能だが、ネクスター反応を追われて先回りされる。
液状化の能力自体は逃走に便利だが、スピードはあまりない。
今日は朝から追い掛け回されて無我は疲れ果てていた。
「うう…なんだこの光景は」
時代錯誤のサムライもどきに追い掛け回されたと思ったら今度は異形の怪人だ。
それだけアークスにとって無我の能力はほしいものであった。
「日ごろの行いが悪いんじゃないか?」
いつの間にかいた央真はそういうと無我の前に出た。
「あんたは?」
「正義の味方さ」
バッ!
央真がすばやく構えを取ると革ジャンが擦れて音が鳴る。
ジャキッ!
何故か腕を動かすと効果音が鳴る。
ジャキッ、ジャキン!
「ビーストチェンジャー!」
ビーストチェンジャーが召喚される。
ググググ。
拳を作ると指ぬきグローブから音がする。
「はあっ!」
キュルルル!
両手を大きく開いてジャンプすると何か音がする。
気合の入ったヒーローは一動作ごとに効果音が入る。常識である。
そして空中で光に包まれると着地する頃にはライオネット・シナバーに変化していた。
「なんだこれもうなんだこれ」
無我はさらに混乱を加速させる。
『いいから、怪我しないようにしていろ』
朱色のマスクヒーローに言われて、無我は近くの物陰に避難する。
『ライオネットブラスター!ガンモード!』
手持ち銃を周りに向けて3連射。アントル3体にビームが直撃して火花が散る。
『ソードモード!』
シナバーは銃を組み替えると、ショートソードサイズに変形させた。
飛び上がると、重力に任せて切っ先が地面につくまでアントルに振り下ろす。
アントルが爆発してシナバーは上体を起こす。
(…妙だな)
アントルの群れを見回しながらシナバーはアントルしかいない事に違和感を感じる。
(メイン怪人もテグスもいない)
赤色のアントル。チーフアントルはいるようだが。
考えつつ辺りに警戒してると、近くにいたアントルの顔に何かが直撃して爆散した。
ピシュ。
続けて飛んできたものが違うアントルの肩に当たり、そのアントルは体勢を大きく崩す。
間髪いれずにその頭を撃ちぬかれで爆発した。
『…任意か?』
『遅くなりました』
数百メートル離れたビルの屋上で京介はライフルを構えていた。
サイコが作ってくれた遠距離用補正のメットで照準は正確だ。
威力も申し分ない。
スコープの向こうでアントルがまた一匹爆発した。
『…すげえ威力』
京介は呟く。
『獣王逆鱗!』
援護を得たシナバーは逆鱗モードになった。
両手両足肩に刃が展開する、猫科的には逆立つという感じか。
攻撃特化した形態である。
アントルの群れに突っ込んでいくとその逆鱗で切り刻む。
「す、すげえ…」
戦闘光景を見ていた無我は声をあげる。
次の瞬間、後ろからアントルが無我の後ろ首を掴んだ。
「ぐあっ!?」
驚きで声をあげた無我にシナバーは気がつく。
『任意!』
シナバーの声で察した京介は銃先をそちらに向ける。
しかし無我が盾になっていて撃てない。
『央真さん!』
『いいから撃て!』
シナバーはわざと無我に聞こえるように大きな声で言った。
京介は無我の頭に目掛けてトリガーを引いた。
パシュン。
無我の頭を貫通して、その後ろにいたアントルに直撃した。
弾道が通り過ぎゲル状態が広がったままの頭で無我は息を吐いた。
「無茶しやがる」
そして顔を再び形成した。
液状化能力である。
その後はシナバーが残ったアントルを蹴散らし、終了した。
『お疲れ様、だが悪い知らせがある』
事後報告に通信を繋いだときのサイコの台詞がコレだ。
「こちらは陽動で、別の能力者がやられたってところか?」
『ああ…気付いていたか』
「数はいたが、雑魚ばかりだったからな」
央真は虚空を見つめると厳しい目をした。
「しかしこれでいくつかわかった事があるな」
『それは?』
「帰ってから話そう」
央真は通信を切った。