花の飼育員
『花の飼育員募集。健康で体力に自信のある人。土魔法・水魔法持ち優遇! 詳しくはバイオレット&ローズ・マジカルフラワーファームまで。担当:シュルツ』
その求人を見た時、マリエルは書き間違いだと思った。
花の『飼育員』って。
花を育てる人を飼育員とは言わないだろう。
飼育員とは動物を育てる人のことだ。
花を育てるなら栽培員……そんな言葉があるだろうか……まあとにかく、単純な言葉の間違いだろうと、そう思った。
その用語の間違いさえ気にしなければ、給与や待遇は抜群に良さそうだ。
勤務地は郊外の農園で、仕事内容は花の世話と収穫作業。
実働時間は短いし、残業なし、社宅あり即日入居可、賄い付き、週休完全二日、昇給あり、賞与あり。
良すぎて逆に胡散臭いくらいだが……。
他の求人はいずれも一長一短で、応募するのはためらわれるものばかり。
バイオレット&ローズ・マジカルフラワーファーム……この長ったらしくて妙に少女趣味な名前の職場がやはり一番条件がいい。
なんといっても基本給が他の求人の二倍近い。
資格も経験もない女の子がこれだけ稼ごうと思ったら、夜の仕事くらいしかないだろう。
それを昼の仕事で稼げるのなら……。
「応募しよう」
決断に時間はかからなかった。
なにしろマリエルは無一文、今夜寝る所もないのだ。
体を売らずに寝床と夕食にありつけるのなら、農場労働ドンとこい!
これでも体は丈夫な方だし、使用人まがいの雑用には慣れている。
幸い、魔法の才能は人並みにあって、土魔法も水魔法もそこそこ使える。
ここに雇ってもらおう。
ガンガン働いてガンガン稼いで、実家の毒家族と元婚約者を見返してやるんだ!
古ぼけた旅行鞄一つぶら下げて、マリエルはバイオレット&ローズ・マジカルフラワーファームの門を叩いた。
※
「たのもー!」
「そういう掛け声で玄関のノッカーを叩いた人は初めてだ」
おかしい、庭師のフーゴに教わった『由緒正しい庶民の挨拶』のはずなのに。
幼い頃に家庭教師から教わった『貴族令嬢の挨拶』をするべきだっただろうか。
でも教わったマナーでは『他家を訪問する際は侍女などの付添人が門衛あるいは執事などに訪問の旨を伝えるので、彼らの案内に従って応接間へ静々と歩く』だったからなー。
付添人なしの単独訪問には当てはまらない気がする。
とりあえず「たのもー」が間違いだったことはわかった。
次の機会には料理人のヴィルマに教わった『由緒正しい田舎の挨拶』を試してみるか……。
玄関を開けて応対してくれた人はガタイのいい日焼けしたイケメンだった。
キャベツみたいな淡い黄緑色の作業着を着ている。
この人がシュルツさんだろうか。
「商業ギルドの求人に応募しにきました。マリエルと申します」
「応募? 君が?」
上から下までじろじろと見られた。
いやらしい視線ではない。
むしろ胡散臭いものを見るような目……?
「体力が要る仕事なのだが?」
「あります、体力めっちゃあります!」
採用されないと困るので、筋肉を誇示するポーズを取って見せた。
ほら見て、この上腕二頭筋!
「土魔法か水魔法は?」
「あります、どっちもあります! めっちゃ使えます!」
右手に水の玉、左手に土の塊を出し、ほいほいとお手玉して見せた。
「……確かに。必要条件は最低限クリアできている」
「でしょ、でしょ?」
採用してくださ~い、好待遇のお仕事に雇ってくださ~い。
そんな気持ちを視線に込めて、上目遣いで愛想笑いを浮かべてみた。
私、よく見れば美少女、磨けば光る原石!
着てる服はダサいし、肌も髪もいまいち磨けてないけど、顔にはそこそこ自信あるよ!
美少女の微笑みが効いたのか、マリエルは中へ通してもらえた。
簡素な応接コーナーで面接が始まった。
ガタイのいい色黒イケメンはやっぱりシュルツさんだった。
「ヴァルター・シュルツだ。ここの代表をやっている」
「経営者はバイオレットさんとローズさんではないんですか?」
「それは創始者の名前だ。俺の祖母とその妹が始めたんだ」
「なるほど」
「最初は家族経営で小さく始めたんだが、親父の代で規模を拡大して人を雇うようになった。企業秘密もあるので少人数で回してたんだが、最近立て続けに体を壊す者が出てな。急遽、商業ギルドに求人を出すことになった」
「さようですか」
「言っておくが、この仕事は女の子には厳しい。試してみて無理そうだったら辞めてもいいが、企業秘密をよそで喋られると困るので、守秘義務を守るという誓約を交わしてもらいたい。魔法契約に署名できるか?」
「もちろんです。雇ってもらえるなら名前くらいいくらでも書きます。契約書出してください。今すぐ書きます」
「思慮が足りない感じがいささか不安だが……勢いも大事かもしれないな」
シュルツさんが出した書類をサーッと斜め読みして、お借りしたペンでちょいちょいっと署名した。
『マリエル』
「書けました」
「家名は?」
「除籍されたので今はただのマリエルです」
「何か事情がありそうだが、まずは仕事ができるかどうか試すのが先だな。作業着と長靴を貸すので、更衣室で着替えてくれ」
貸し出された作業着(ちょっと大きめ)と長靴に着替えて、マリエルは裏口から農園へと案内された。
広い畑が広がっているのかと思いきや、見上げるような大きさの温室が並んでいる。
「温室栽培なんですか?」
「気難しいやつらが多くてね」
温室のガラスは半透明で中がぼんやりとしか見えない。
緑色が見えるのは葉の色だろう。
いくつもの温室を通りすぎ、『13』と番号が書かれた温室の前で二人は立ち止まった。
「本採用になったら君はここを受け持つことになる。この温室の全ての苗に水と肥料を適切に与えることができたら合格だ」
「わかりました! 何か注意点はありますか?」
「威勢がいいな……細かい注意点は中に入ってから話す。まずは心をしっかりと持つことだ。驚くと思うが、取り乱すなよ?」
驚く……?
その時、フッとマリエルの脳裏に幼い頃の思い出が浮かんできた。
眼鏡をかけた地味で真面目な家庭教師の顔、そして素朴な疑問を投げかける幼い自分の声が……。
『マリエル様、いいですか、令嬢が驚いた時にあげる悲鳴はキャーです。必ずキャーと叫ぶ、と覚えておきましょう』
『ゾフィー先生、なぜキャーでなくてはいけないのですか? うわーではダメなのですか?』
『キャーでなくてはなりません。理由は二つ。一つはキャーが最も人の耳に届きやすく、雑踏の中であろうとも騎士や警備兵に聞き取ってもらいやすいからです。もう一つはキャーと叫ぶのに慣れておかないと、いざという時、ドヒャーだとか、ぬひょーといった変な声で叫んでしまうことがあるからです』
『ぬひょーはさすがにないのでは? そんな叫び声、聞いたことがありません』
『あるのですよ、マリエル様。人は突然驚かされると、ふさわしくない声を、ふさわしくない場所で出してしまうことがあるのです……』
……あの時の先生の悲し気な横顔。
もしかしたら先生はどこかで淑女にふさわしくない声を出してしまったのかもしれない。
あの日はキャーと叫ぶ練習を先生と一緒にやったのだった。
もう令嬢ではなくなったから、あの練習も無意味になったけど……。
でも、ぬひょーはないですよ、先生。
どんなに驚いても、そんな叫び声を上げたりなんて……。
温室13号棟の扉を開けて中に入ったシュルツとマリエル。
そこでマリエルが見たものは……。
「ぅっきゃああああーーー!!」
キャーです、先生、私、キャーが言えました!
ちょっと出だしに小さい「う」が付いたけど、セーフですよね!?
頭の片隅でそんなことを思いながら、マリエルは喉も裂けよとばかりに悲鳴を絞り出していた。
絹を裂くような女の悲鳴。
絹って裂くとキャーって言うのだろうか?
「猿っぽい絶叫だったな」
「誰が猿ですか! それよりあれはいったい何ですか!?」
マリエルが指さす先、温室のど真ん中には巨大なアロエのような植物と、その幹からまるで花が咲くように生えた人間の女性の上半身があった。
「見ての通り、植物と人間が混ざったような魔物、妖花アルラウネだ」
「なんで温室にアルラウネがいるんですか!」
「栽培しているからだ」
魔物を?
栽培?
「これが我がバイオレット&ローズ・マジカルフラワーファームの企業秘密だ。アルラウネの他にも多種多様な植物モンスターを栽培かつ改良している。希少な魔物素材が採れるため、利益率は高いが、作業員の致傷率も高い」
「ダメじゃないですか!」
「だから体力と魔力があって魔物と対等に渡り合える人材を求めているんだ」
「そういうの先に求人票に書いといてもらえませんか!?」
「企業秘密だ」
「あー、もー!!」
とにかく、こいつに水と肥料を与えればいいんだ、とマリエルは腹をくくった。
食い扶持を稼ぐため、体を売るか、ここで雇われるか、二つに一つ。
ならばやるしかない!
敵はと見ると、アルラウネはトゲトゲの生えた枝を鞭のように振り回し、やる気満々で待ち構えている。
妖しくも美しい女性の顔は真っ赤な唇をピンクの舌でぺろりと舐めている。
人間を食べたいのだろうか。
大人しく食われてやると思うなよ!
「まず、水やり!」
マリエルは魔法で水の玉をいくつも作り出し、空中に浮かせた。
「くらえー!!」
投球モーションと共に様々な角度から、少しずつタイミングをずらしてアルラウネに投げつける。
半数は枝に弾かれたが、残りの半数がアルラウネに直撃した。
悔しそうに顔を歪めるアルラウネ。
植物には水が必要なんだから怒らなくてもいいのに。
「次! 肥料ってどこですか!?」
「これだ。このバケツに半分ほど与えてくれ」
肥料袋の中に粒状の肥料が入っていた。
油粕か何かだろうか。
マリエルはそれをバケツに半分ほどすくい取った。
試しに一粒手に取ってアルラウネに向かって投げてみる。
ぽーん。
バシッ。
枝で叩き落とされた。
素直に施肥されるつもりがないらしい。
ぽーん。
バシッ。
……。
何度やっても叩き落とされる。
ムッとするマリエル。
不敵に笑うアルラウネ。
「シュルツさん、この肥料、土にまくのとあいつの口に突っ込むのと、どっちがいいですか!?」
「正しい使い方は根元の土に混ぜることだが、口に突っ込んでも構わない」
「よっしゃあ! 出てこい土の槍!」
マリエルは怒りに任せて、温室の地面から無数の土の槍を出現させた。
櫛の歯のように、アルラウネを取り囲むように。
焦ったアルラウネが枝を振るおうとするが、土の槍の列が邪魔で振るえない。
「今だー!!」
ジャンプ一閃。
マリエルは一気に肉薄し、アルラウネの顔面、真っ赤な口元めがけてバケツの中身を力いっぱいぶちまけた……!
「……勝った」
すたっと着地、勝利の余韻に浸るマリエル。
その背後では土の槍に囲まれたアルラウネが悔しそうにボリボリと肥料の粒を噛み砕いている。
パチパチパチ……。
シュルツが拍手していた。
「見事だ」
「合格ですか!?」
「ああ、文句なしの合格だ。採用する」
「ありがとうございます!」
これで今夜の寝る所に困らない。
食べる物にも着る物にも困らない。
安心した途端に、じんわりと涙が浮かんでくるマリエルに、シュルツの声が。
「では続けて他の株にもやってくれ」
「はい?」
シュルツが親指でくいっと指示した先には、一回り小さなアルラウネが一本、二本、三本……いっぱい。
いずれも巨大アルラウネとよく似た美人が生えていて、それぞれ獰猛な笑みを浮かべながら、やる気満々でウォーミングアップしている。
肉食獣の笑み。
「あの……?」
「全部で九体いるんだ。一番の大物が今片付いたから、残り八体だな。がんばれよ」
「あと八回、同じことを……?」
「小型のやつらも気性が荒くてな。飼育員が何人も噛みつかれて大ケガをした。魔法が使える君なら大丈夫だと思うが、気をつけろよ」
どないせいっちゅうんじゃー!!
そう叫びたかったが、淑女の叫びはキャーなのだ。
キャー以外は許されない。
いや、もう今のマリエルは淑女でも令嬢でもないのだけれど。
ゾフィー先生、ぬひょーって叫んでいいですか!?
「シュルツさん、制圧のための道具はありますか!?」
「さすまたとロープがある」
「貸してください!」
涙目になりながら、マリエルは残り八体の小型に挑んだ。
ロープで縛り上げ、さすまたで抑え込んで。
なるほどこれは栽培員ではない。
でもたぶん飼育員でもない。
これは、これは……!!
これは花の戦闘員だぁーーー!!
<完>
マリエルが次の機会があったら使おうと思ってる『由緒正しい田舎の挨拶』は「ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃー」です。




