横領の濡れ衣で追放された平民書記官ですが、助けた王弟殿下に溺愛されています
ごうごうと耳鳴りがするほどの暴風が、騎士団本部を吹き荒れている。
机が浮き、椅子が浮き、書類が雪のように舞う。
その中心で微笑んでいるのは、王宮魔導士ユーグ。
「ミリちゃんを泣かせた罪、重いよ?」
騎士団長カスバルの巨体が、宙に持ち上がる。
「ぐっ……!」
見えない何かに首を締め上げられ、カスバルは苦悶の声を漏らした。
だがユーグは笑っている。
優しく。
穏やかに。
だから余計に、凄みを感じさせた。
「ねえミリちゃん」
赤と緑のオッドアイが振り向く。
「絞首と斬首。どっちがいいと思う?」
「ちょ、選択肢がおかしいです!」
ミリアルが泣きそうな顔で叫ぶと、ユーグは困ったように肩を竦めた。
「だってこの人、君を殺そうとしたじゃない」
その声だけで、室温が下がった気がした。
「僕さぁ」
ユーグは、静かに告げる。
「二年間ずっと、君を探してたんだよ」
ぎちぎちと締まっていく首を両手でかきむしりながら、カスバルが白目になっていく。
「ユーグ様! やめてください!」
「ミリちゃんのお願いなら、しょうがないなあ」
ついに泡を吹きながら、カスバルは床に倒れた。ビクビクと体は波打ち、命だけはかろうじて無事、のような状態だ。
ユーグは目力を弱めないまま、背後に控えている騎士たちに命令を下す。
「近衛。ソレ、檻に入れといてね」
バタバタと動き出す騎士たちに、ミリアルはしばらく呆然とした目を向けていたが――
「っ、片付けます!!」
我に返り、書類の氾濫に見舞われた、かつての職場を片付け始めた。
「ふふ。そんなミリちゃんだから、僕は夢中なんだよねぇ」
「なんか言ってないで、手伝ってください!」
「はあい」
◇
「ミリアル。貴様には、騎士団の備品を大量に横領した嫌疑がある」
「はい!? まったく身に覚えがございません!」
「平民女が、この俺に逆らうな!」
にたぁといやらしく笑う大男は、曲がりなりにもこの王国の騎士団長、カスバル・フレンツェンだ。
金髪にアンバーの瞳で筋肉隆々だが、若干下腹が垂れているし、粘着質な視線が生理的嫌悪を誘う。
普段は書類の一行目すら読まないような、肉塊の象徴みたいな存在だ。
それが騎士団の事務室を珍しく訪れた、と思ったら、開口一番これである。
ミリアルは下唇を噛み締め、大きな眼鏡の分厚いレンズの奥で、青い目を潤ませる。
赤い癖毛はブラシが通りにくく、後頭部で一つに結んでいるもののボサボサだ。書記官の制服は、擦り切れてボロボロ。
それでも歯を食いしばって頑張ってきたのは、自分が騎士たちを守らなければ、と思っていたからだ。
二年前、サラマンダー討伐戦で補給線が途絶えた時もそうだった。
この騎士団長は、無情にも前線の騎士たちを、切り捨てたことがある。
書記官のミリアルは、状況が悪化の一途を辿っていたことを通信によって知る。
予備物資をかき集め、現地に送る手配をしたが、誰も動かない。
『そんなに気になるなら、自分で持っていけ』
煽られ半ば自棄になって、自ら馬車の御者台に乗って持って行った。
食料や水、薬草や包帯。
ミリアルは夢中で、何度も馬車と戦場を走って往復し、途中で眼鏡が割れて何も見えなくなっても、走り続けた。
目の前の騎士団長は、そうして命懸けで繋いだ補給線も騎士たちの命も、自分の手柄にした。
助けられたのならばいい。ミリアルはそう思っていたが――
「俺は慈悲深いからな。選ばせてやる。今すぐ首を切られるのと、僻地の変人魔法使いのところで働くの、どっちがいい? 選べ」
慈悲深いなど、どの口が言うのか。
反論したいが、平民の立場ではできない。口にした瞬間、胴体と首が離れることになる。
恐々様子を見ていた他の事務官たちが、不憫そうな目を向けてきた。
「変人魔法使いって、あれだろう? 人を使い捨てるって噂の……」
「二度と帰って来られないよ、可哀想に」
(知ってるよ! 人間を実験台にしてるとかっ。噂だけどね!)
心の中で毒づいてみるが、ミリアルに選択の余地はない。
「首は……切られたくないです……」
首を垂れ目に涙を浮かべながら、擦り切れた制服の袖をキュッと掴む。
これまでの努力はなんだったのか。報われないどころか、濡れ衣とは。
「ならば、今すぐ異動しろ」
「今すぐ!?」
あまりの横暴さに、思わず口をついて出てしまった。カスバルは片眉をこれでもかと上げて、ミリアルを睨みつける。
「不服か?」
キキキキ――カスバルはゆっくり見せつけるように剣を抜く。わざと不快な金属音を聴かせるいやらしさに、ミリアルは首を横に振った。
「いえ。ただちに。異動します」
「ふん。馬車ぐらいは、用意させてやる」
✻
五日後。
ミリアルは幌が破れ、雨粒と泥が荷台を濡らすようなガタガタの汚い馬車を降り、うーんと背を伸ばした。
目の前にあるのは、古い屋敷だ。
鬱蒼とした森の中に建っていて、地面にうっすら見える轍を辿ると、蔦に覆われた門。
趣きがある、といえば聞こえは良い。
「すみませーーん……」
門の外で声を出すと、勝手に開いた。
「わーお」
入って来いということだろう、と喉をゴキュンと鳴らしてから、ミリアルは玄関へ向かって足を踏み出す。
大きな真鍮のドアノックを持ち上げゴンゴンと鳴らすと、また扉が勝手に開いた。
「ミリアルです。入ります」
念の為名乗るが、返事はない。
内装も相当年季が入っており、薄暗い。
すると薄暗闇の中から、のんびりとした男性の声がする。
「良かった。やっとみつけた」
「はい!?」
「こっちの話だよ。ようこそ。僕は、ユーグ。早速だけど、ついてきて」
着任挨拶もそこそこに、黒ローブ姿の華奢な男性の案内で、ミリアルは埃が舞い上がる書庫へ通された。
「散らかっててごめんね。僕、ほとんどここにいるからさ」
「あ、いえ。片付けます?」
「えっ。お願いしても、いいの?」
「はい」
噂はなんだったのだろう。物腰柔らかで、ようやく日の光の差す部屋で見た彼の顔は――恐ろしいぐらいに整っている。
透き通るような白い肌に、目は赤い虹彩と緑の虹彩のオッドアイで、整った顔立ち。左手中指の指輪から手の甲、手首にかけて繊細に編まれたフィンガーブレスレットをしているから、神秘的に感じるけれど――口を開くと、ゆるい。
「じゃ、頼むね」
「う、うつくし……あ、いえ。では早速……ん!? こんなとこに、水晶? 金貨? 弟切草……!? 嘘でしょ、しんじらんない」
鼻頭が黒くなるのも気にせず、ミリアルはひたすら片付けた。
高価なものだらけであるのに、すべてが無頓着に置いてある。
一方のユーグは、窓際のスウィングチェアに腰掛け、ゆらゆらと揺れながら気だるげな声を出す。
「元気だねぇ」
しゃべらなきゃ美人なのに、とミリアルは心の中で悪態を吐いた。
「だって。貴重品だらけですよ、ユーグ様」
「横領だなんて言わないからさ。好きに使っていいよ」
「してません」
「ふうん」
「冤罪です」
「うんうん」
ユーグの気のない返事に、ミリアルはそれ以上何か言うのを諦めた。
王国騎士団本部の書記官として備品管理をしていたミリアルは、横領の濡れ衣を着させられ、ユーグの秘書官に任命された。
強制左遷。不名誉。突然理不尽な引っ越しを余儀なくされ、不幸を全身に巻き付けている気分だ。
王宮魔導士といえば聞こえは良いが、いかんせん変人で、人喰いの噂まである。一応は王族らしい、とどこかで耳に挟んだが、噂は噂だ。
「あーあ。女好き団長のことだから、どっかの誰かに貢ぎまくったに違いないですよ。とばっちりすぎるぅ」
片付けながら大きな声で愚痴を言うミリアルに、ユーグは少しだけ肩を竦めた。
「……横領だけならまだ可愛いかったけどね……ちょっと調子乗りすぎ。僕も掃除しちゃおっかな」
意味深に囁くユーグの声は、片付けに夢中なミリアルの耳には届かない。
ぶちぶちと文句を垂れ続けるミリアルに、ユーグがのほほんと話しかける。
「ミリちゃん、目が悪かったんだねえ。そっかあ、なるほど……それなら納得だ。その眼鏡さ。邪魔じゃない?」
「ミリちゃんって私、ですか!?」
「他に誰がいるの」
「いやでも、初対面ですよね!?」
「んー? 前から知ってたりしてー」
ミリアルは一応、どこかでユーグと会ったことはなかったか考えてみるが、やはり思い当たらなかった。
「王宮魔導士に知り合いなんていませんし……てか、ほんとに王宮魔導士なんです?」
「あ。そういえば徽章。どこに置いたっけ」
石壁に囲まれた書庫の窓は一箇所のみなので、昼間でも暗めだ。
ユーグはゆらゆらと揺れる椅子の上で、窓枠に肘をつけ、気だるげに窓の外を見ている。
「適当すぎる……」
「ミリちゃんさあ、毒舌だから目、つけられたんじゃない?」
「うっ」
「僕は嫌いじゃないけどね〜。ほら。お鼻、汚れてるよ」
ユーグはミリアルに顔を向けるとにっこり笑って、左手の人差し指でミリアルの鼻を指差す。
「きれいきれーい」
「ちょっと、子供扱い……わ」
キラキラと小さな星々がミリアルを取り囲んだかと思うと、すぐに散っていった。
「ん。綺麗になった。ついでに視力治しておいた」
「え!」
確かに、レンズ越しの視界が歪んで見える。
慌てて眼鏡を外すと、くっきりした壁の模様と、窓枠と、ユーグが見えた。鮮やかな赤と緑のオッドアイと目が合う。確かに、視力が回復している。
「そんな……私、お金持ってないですよ……治療費いくら払えば……」
「お金なんかいらないよ。僕なりの、お礼だから。うん、やっぱりそっちのが可愛い」
「可愛い!? ……お礼をいただくようなことは何もしてないですよ」
ユーグは切なそうに微笑んでから、窓の外に目線を戻す。
きっとこれ以上話す気はないのだろう。
「とにかく、その、ありがとうございます……」
ミリアルの置かれた状況は変わらないが、ぼんやりした視野が明るくなったことで、心が晴れた気がした。
「私、秘書官のお仕事頑張ります! 恩返しです!」
「張り切らなくていいんだよ。ミリちゃんが来てくれただけで嬉しいんだから。ゆるくいこうよ」
「ダメです、ちゃんと働きます!」
だがこのわずか十日後、ゆるい王宮魔導士が騎士団を文字通り掃除することは、まだ誰も知らない。
✻
「ミリちゃん。来たばっかりで悪いけど。明日、王都行こっか」
「はい!?」
屋敷内の掃除が一通り終わった頃、ユーグが重い腰を上げた。
スウィングチェアに腰がくっついているのではないか、と思い始めていたミリアルは、目を何度も瞬かせる。
「……何か用でもあるのでしょうか」
「うん。呼び出されちゃった」
軽口と共にぺろりとユーグから差し出されたのは、一通の手紙。
読んでもいいのだろうか、と受け取るのを躊躇うミリアルに、ユーグは微笑む。
「僕の秘書官でしょ。全部見ていいんだよ」
「あ、はい……」
ミリアルの頬が、喜びで少し熱くなる。
このように、自分の役目を肯定してもらえたことは、今まで一度もなかったからだ。
「予算会議の案内。ですか?」
「僕、王宮魔導士だから」
理由になっているような、なっていないような。素直に首を傾げるミリアルに、ユーグは言葉を足した。
「僕のお給料の予算、もらわないとね」
「それは、気合を入れなければ!」
「はは。ミリちゃん、頼もしい。そうだ、ついでにお洋服仕立てよっか」
「……え!? いえ別に、これまだ着られますし」
ミリアルが身に着けているのは、騎士団書記官の制服だ。目であちこち確認すると、細かな所がほつれたりはしているものの、替えるほどでもない。
ところが、ユーグの眉根が寄った。
「ダメ」
珍しく低い声で、ミリアルに詰め寄る。
「ミリちゃんは、僕の秘書官だよ。そんなボロ服を着続ける必要なんて、ない」
普段はニコニコしているユーグだが、今は有無を言わさない迫力があった。
✻
王都に向かう馬車は、ユーグの屋敷に行く時に乗ったものとはまるで違う。
ふかふかのクッションに、一目で上等な生地と分かるカーテンがついた窓。自分の服より高価に違いない。
「わーすごい。ユーグ様って、偉いんですね」
「何その変な感想」
ミリアルが馬車のキャビン内を観察してから、改めて向かいの席のユーグの顔を見ると、落ち着かない。あまりにも美しい顔面だからだ。
溜息を吐くだけで悩ましげだし、髪をかき上げるだけで見てはならないものを見ている気分になる。
「ぐわーッッ」
居た堪れなくなったミリアルが両手で目を覆うと、ユーグは慌てた。
「ミリちゃん!? 目痛いの!?」
「違います、美しすぎてちょっと眩暈っていうか」
「眩暈って、大丈夫!?」
「大丈夫です、視力が良すぎるからです。そのうち慣れます」
「そ、そっか……はぁ、びっくりさせないでよ」
本当に心配するユーグの様子に、ミリアルの胸がドキドキと高鳴る。
(なんなのよ、もう! 全然人喰いじゃないじゃん。噂ってあてにならない)
ユーグはミリアルの動揺をよそに、緩やかに口角を上げた。
「どんな洋服にしよっかな。素敵な赤い髪に似合うのが良いね」
「こ、この髪がすてき? いやいや、なんか常に絡まっちゃってるから、できそこないのミートスパって言われてましたけど」
「ぶは」
盛大に吹いたユーグはひとしきり笑った後、真顔に戻った。
「頭から足まで、整えようね」
「いえ別に」
「いいから」
それから王都に着くまでなぜか、ミリアルはユーグから言葉遣いやお辞儀の仕方などのレクチャーをされた。
最初は渋ったミリアルだったが、ユーグに真剣な口調で「仕事だよ」と言われると、気合いが入った。
「王宮魔導士が、無礼な秘書官連れてるって言われたら嫌でしょ」
「それは絶対ダメですね!」
ところが、王都に着くなり連れて来られたのがドレスメイカーだと分かると、ミリアルは及び腰になる。
「ドレスなんて、いらないです!」
「念のため作ろうよ」
「いやいや」
「僕のために。ね。王宮にお呼ばれするかもだしさあ」
「制服じゃダメなんですか!?」
「ダメー」
別室で採寸や試着をしながら、髪の毛には香油を塗られ丁寧に梳かされ。肌にも化粧水を塗られ軽く化粧もされ――ソファで優雅にお茶を飲んで待っていたユーグの目の前に再び現れたミリアルは、別人のようになっていた。
「わ。ミリちゃん! かんわいい!」
「あー、はい、お世辞どうも」
「お世辞じゃないよ。まいっか。新しい制服、サイズ大丈夫そうだね」
ユーグの黒いローブとデザインを合わせた、黒いジャケットにロングフレアスカート。ブラウスには、赤いサテンのリボンを着けている。
既製品を少し手直ししたものだが、生地は上等で手触りが良かった。騎士団事務官の制服は、辞めた誰かのをもらっただけで、サイズは合わないし着古されたものだったから、余計に嬉しい。
「はい! 嬉しいです、ありがとうございます!」
「いえいえ。じゃ、王宮行こっか」
「えっ、は、え?」
「ん?」
「私、平民ですけど」
「関係ない。僕の秘書官でしょ。来て」
強引に手を引かれ、馬車に押し込められたミリアルは、抵抗を諦めた。
✻
「はいはい、お邪魔するね〜」
そうしてユーグは、ミリアルが止めるのも構わず、「王宮の前に寄り道」と言って騎士団事務室を訪れた。
机に向かっていた数人の事務官が、戸惑っている。
「ユーグ様!?」
「予算会議に必要な書類があってさ。ミリちゃん、二年前のサラマンダー討伐戦、覚えてる?」
「っ!」
鮮明に覚えていた。
王国南にある火山の麓で、暴れた巨大な火トカゲ。
たくさんの騎士たちが命を落とした、最悪の記憶しかない。
「あの時さ。ミリちゃんが途絶えた補給線を復活させたでしょ」
「なななんで、それ」
「いいから。その時の記録、どこ?」
ミリアルは、自分が使っていた机の一番大きな引き出しを開ける。
見た目は空だが――天井部分に、書類の束を貼り付けてあった。
「……これです」
「ありがとう」
ユーグが書類をパラパラとめくりながら、満足そうな笑顔を浮かべる。
「うん。さすがミリちゃん。やっぱり、ちゃんと保管してあったね」
満足げに頷いたユーグの声で、ミリアルは我に返る。
「……書記官、ですから……」
「我が王国にとって、本当に貴重な人材だね。さて……カスバル・フレンツェン。断罪の時だ」
「っ!」
嫌な名前に、ミリアルが後ろを振り向くと、いつの間にか不敵な顔で立っている騎士団長がいた。
「何用かな、王宮魔導士殿」
「なあに、暗殺されかけた恨みを晴らしにね」
「暗殺ぅ!?」
叫んだミリアルを背に庇うようにしたユーグが、カスバルと堂々対峙する。
「一体なんのお話ですかな」
カスバルは余裕を装っているが、口角が微かに震えている。
ユーグは手にした書類の束を、掲げるようにして見せつけた。
「証拠は手に入れた。人喰いの噂を立てておけば、ミリアルを始末するために送ってくるかなって待ち構えていたんだけど。二年かかるとはね。ま、色々準備できて良かったけど」
「証拠だと? なんのことだか知らん」
「サラマンダー戦の補給を他国に横流しして、私腹を肥やしただろう。バレたくなくて、僕もろとも見殺しにしたみたいだけど。生き残って残念だったね」
ユーグの放った衝撃の事実に驚いて肩を揺らしたミリアルに、カスバルは憤怒の表情で迫る。
「クソみたいな平民女を置いてやった恩、仇で返すとはな! 叩き切ってやる」
抜剣した騎士団長は、さすがに恐ろしい。殺気を向けられ、恐ろしさのあまりミリアルの目からは涙が溢れてきた。
「……っ」
いよいよぽたり、とミリアルの涙が床に落ちた時――
「おい。ミリちゃんを……泣かせたな?」
ユーグの周りを、風が渦巻いていく。
事務官たちが部屋から慌てて逃げていく代わりに、巡回の近衛騎士たちが集まり始めた。
「王宮魔導士が、平民に入れ込んでいるとはな。この俺が切ってやろう。そうだな、その証拠、貴様がやったと」
「なんてこと! いけません、ユーグ様、逃げ……」
ミリアルが必死になってユーグの袖を掴むと、笑顔で「大丈夫」と返された。
「はー。まったくもって、本当に、なんていうか、ばかだねー」
「ああ!?」
「僕、王弟だけど。どうすんの。不正や横領だけじゃなく、王弟暗殺未遂が二回。はい、極刑決定」
「な、んだと? 嘘を吐け!」
「嘘じゃないもーん。……覚悟しろ、カスバル。貴様は超えてはならない線を超えた」
どんどん強くなってきた風に持ち上げられた巨体には、非現実感しかない――
✻
二人は騎士団長が運ばれていくのを見届け、書類をある程度片付けてから、王宮にあるユーグの私室にやってきた。
あまりにも豪華な家具に完全に腰が引けているミリアルは、ソファの端にちょこんと腰掛けている。
「あの、団長って、やっぱり極刑……ですか?」
「んー、いつかはね。誰に唆されたのか吐いたら、まあ幽閉ぐらいにはなるかな。ただ、見殺しにされた騎士たちの恨みは強い。いじめ抜かれると思うけどね」
「なるほど……」
ミリアルは、予算会議に備えて書類の整頓をしながら、大きく息を吐いた。
「なんていうか、ユーグ様の根回しだったんですね」
「うん。必死だったよ。僕の命を救った女の子を探すの。ぐるぐる眼鏡で近くにいるとは、思わなかったなあ」
「すみません。あの時視力悪すぎて、ほとんど人の顔とか認識してなくて。きっと会っていたんでしょうけど」
こんな綺麗な顔面、忘れるわけがない、とミリアルは苦笑する。
ユーグも、苦笑している。
「見なくて良かったと思うよ。悲惨すぎたからね……」
「え?」
「それよりミリちゃーん。準備とか別にいいじゃん。疲れたー。ちょっと休憩しよーよー」
「ダメです。予算下りませんよ!」
「大丈夫だよ、陛下って弟には甘いしさ」
「いけません!」
ふは、とユーグは大きな口を開けて笑った。
「そういうところが、大好きだよミリちゃん」
――この日を境に、王国の不正は次々と暴かれることになるのだった。
見つけてくださり、本当にありがとうございます。
少しでも面白かったと思っていただけましたら、ぜひ↓★★★★★で評価していただけたら嬉しいです。
下記短編もよろしくお願いいたします。
『転生した原作者、最推し悪役たちをハピエンに上書きする。』
https://ncode.syosetu.com/n6315mc/




