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迷い子シリーズ

迷い子たちのスピンオフ「息子たちへの桟」

作者: やす。
掲載日:2026/03/07

木星圏より「奇跡の帰還」を果たした太一と退助だが、その周囲は何かと騒がしい日々が続いているようで、そこへ新たな登場人物も現れて…二人は果たして、無事に挙式の日を迎える事が出来るのか?

1・迷い子たちの次の仕事


 帰還後、太一と退助の木星探査行は巷間、「奇跡の帰還」と呼ばれ、二人は一躍、時の人として、祀り上げられていた。

 二人の周囲はここの所、とにかくこんな感じで、何かと騒がしい日々が続いている。

「では最後に。お二人にとって“愛”とは何ですか?」

記者の質問に、会場が静まり返る。フラッシュに、照明のライト。中継カメラ。

 退助は一瞬だけ太一を見る。ほんの癖だ。太一はわずかに、目配せをする。

——お前が答えろ。

退助、素直に答える。

「隣にいることです。」

ざわめき。司会者が笑顔で追撃する。

「具体的には?」

退助、考える。太一には、何となく嫌な予感。

「ええと……宇宙では酸素みたいなもので。」

会場は、どよめきに包まれる。

「つまり、ないと困る?」

「はい。」

フラッシュの連打。太一は心の中で天を仰ぐ。

(言い方が雑だ、つまり何だ、俺は空気みたいな存在ってコトか?)

 その日の帰宅は、23時42分。午前さま直前、玄関で鉢合わせ。

「……ただいまぁ。」

「おかえり。」

二人ともスーツ姿。同時にネクタイを緩める。沈黙。

「酸素、だそうだ。」

太一が言う。退助は靴を脱ぎながら首を傾げる。

「違ったか?」

「まぁ違わないが。」

「じゃあいいだろ。」

太一は少しだけ眉を寄せる。

「比喩が安易だ。」

「宇宙飛行士なんだから許せ。」

思わず吹き出す。疲れているのに、笑ってしまう。でもその笑いのあと、ふっと静けさが落ちる。

 リビングの時計が、やけに大きく聞こえる。退助が、アクビをしながら尋ねる。

「明日、何時だ?」

「5時集合。」

「俺は6時。」

またすれ違う。

 そんな彼らに、宇宙開発機構から次の辞令が下りたのは、まだ周りの騒がしさが収まりきっては居ない、そんな時期だった。「軌道開拓士養成学院 特別招聘教官の任を命じる」

 軌道開拓士養成学院。太一と退助が、宇宙へと飛び立つ術を修めた種子島の訓練施設は、こう改称され、組織も改編された。通常は、「アカデミー」と呼ばれる。

 帰還後の二人には、宇宙開発機構の「顔」としての役割を担ってもらう事が必要だったのだが、同時に木星圏での、放射線影響の経過観察も必要が認められ、どちらかと言えば、こちらの側面の方が強かった。

 要は、次の任務で宇宙に出るまでは、数カ月間の待機期間が必要なのだが、万年人手不足の宇宙開発機構としては、たとえ「奇跡の帰還」を果たした、木星圏の英雄様と言えど、遊ばせておくだけの人的余裕は、持ち合わせて居なかったのである。

 この様な経緯が有り、迷い子たちの差し当たっての肩書は、いわゆる「学校の先生」という事に落ち着いた。ご愁傷さま(笑)。


2・迷い子たちと榊亮太


 そんな事情で、再び古巣の門をくぐった二人を待ち受けていたのは、やはり「木星圏の英雄」としての、過剰な歓迎セレモニーだった。太一と退助は、その度を越した気遣いに辟易しながらも、式典をやや引きつった愛想笑いで乗り切ったが、その中に、ヒトキワ熱い視線が混じっていたとしても、このときの彼らに気づく術が、あろうはずもなかった。

 式典後、アカデミーの校長室を訪れた二人は、暫くの間の直属の上司となる校長と面談をする。ちなみにこの校長、二人を木星へと送り出した、訓練施設の元教官である。

「少しは休みたい時期に、客寄せパンダみたいな事をさせて申し訳ないが、これも宮仕えの宿命と思って、諦めてくれ。」

「まぁ、今回は臨時雇いって事で、クラスの担任には付けないから、暫くは気楽にやってくれや。」

と、肩を叩かれながら皮肉交じりに労を労われた後、各々が担当する事になる科目が告げられる。

 太一は、深宇宙環境物理学担当として主に座学を。退助は、極限状況対応演習担当として主に実技を受け持つ事が決定し、翌週から教壇に立つ事となった。

 二人が慣れないながらも始めた、教官としての姿がどうにか様になってきた頃の、訓練プール。巨大な水槽の中で、若手訓練生が船外活動の模擬訓練を行っている。退助はプールサイドで、モニターを睨みながら腕を組む。

「榊、姿勢制御が甘い。」

インカムを通じて、退助は訓練生に指示を出している。

「はい!」

 榊亮太、十八歳。中学卒業と同時に、アカデミーの門を叩いた。まだ、少年のあどけなさも残る印象の、目が真っ直ぐすぎる男。成績優秀。水から上がると、真っ先に退助の前に立ち、彼を見つめる。

「もう一度お願いします!」

退助は、真剣に応じる。

「さっき言っただろ。」

懸命に食い下がる亮太。

「でも完璧にしたいです!!」

距離が近い。

 近い。太一はガラス越しにその様子を見ている。

(……熱量が強い。)

退助は気づかない。なぜなら本気で教えているからだ。榊は真剣そのもの。そしてその視線には、尊敬以上の熱が、ほんの少し混じっている。

 その日の夕方。太一が資料室で榊と鉢合わせる。

「八木教官!」

太一に対しても、やはり真っ直ぐな視線が向けられるが、退助に対するそれとは違い、「尊敬」以外の成分は、含まれていない様子だ。

「どうした?」

太一は、教官燃とした佇まいで、(表向きは)冷静に応じる。亮太は一瞬だけ躊躇う。それから、少しだけ声を落とす。

「中島教官って、どうやったらあんなふうになれますか?」

太一は答えに迷う。“命を賭けろ”とは言えない。“俺のものだ”とも言えない。

「……隣を見続けた結果だ。」

亮太は首を傾げる。

「隣?」

読んでいた資料を閉じながら、太一が応じる。

「そのうち分かる。」

 太一は本を棚に戻す。自分でも、曖昧な答えだと思いながら。


3・迷い子たちと週刊誌事件


 当たり前だが、事件は突然に起こる。場所はとある取材の控室。受け持ちの授業がない日は、相変わらず、宇宙開発機構の「顔」としての仕事もこなさなければならない、こちらのお役目には、慣れない二人。

 駆け込んできたスタッフが、慌ててタブレットを差し出す。画面には、派手な見出しが踊っている。

『英雄宇宙飛行士、若手と急接近?』

その下に、大きく写真。訓練後、足を滑らせた榊を退助が支えている瞬間。切り取り方が、絶妙に誤解を招く。どうやら、広報部も感知しない所で出た記事らしく、お付きのスタッフも狼狽している様子だった。

 広報部からニュースの配信元には、正式に抗議する事が二人には告げられるが、さすがの退助も、硬直する。

「……これ、転びかけただけだ。」

太一は無言で記事を読む。

「分かってる。」

声は穏やかだが、少しだけ硬い。

 退助はその“少し”に気づく。宇宙では、0.1秒の遅れも感じ取れた二人だ。この空気のずれも、分かる。

「信じてないわけじゃない。」

太一が先に言う。

「でも…。」

沈黙。太一は視線を逸らす。

「……忙しくて、話せてないだけだ。」

それは、嫉妬よりも厄介なものだった。距離。物理的な。そして、少しだけ心の。

 その夜。同じ家なのに、会話が少ない。ソファの端と端。テレビはついているが、二人共見てはいない。退助がぽつり。

「…宇宙のほうが静かだったな?」

疲れは隠せない様子で、太一が答える。

「地上はノイズが多い。」

退助は少し笑う。

「ノイズ、俺か?」

「そんな訳無いだろ。」

即答。でも、ほんの少し二人の軌道は、ずれている。

まだ衝突はしない。

 でもこのままだと、すれ違う。挙式まで、あと三カ月。地上での試練は、始まったばかりだった。


4・榊亮太とビッグウェーブ


 その翌日、昼食を摂った後の昼休みに、訓練棟の休憩スペースで榊亮太は、タブレットを両手で持ち——

にやけていた。完全に。

 口元がゆるみきっている。画面には例の週刊誌記事。自分が退助に、後ろから抱きかかえられた写真(もっとも、亮太の顔には、モザイクが掛けられているが)、見出し。コメント欄は盛り上がっている。亮太は小声で。

「……乗るしか無い。このビッグウェーブに。」

誰も聞いていないと思っている。だが背後。

「何に乗るんだ?」

聞き覚えの低い声、振り返ると、そこには退助。風呂敷に包まれた、弁当箱と水筒を持っている。これから昼食らしい。それにしても、どちらが弁当を用意しているのだろう?

 榊、飛び上がる。

「な、中島教官!これはその、社会的関心の分析というか!」

退助はタブレットをのぞき込む。

「ああ、これか。」

特に動じる事も無く、退助が応じる。

「……嫌じゃないんですか?」

と、問われ悪びれる様子もなく、ごく普通に。

「嫌だが?」

と、即答する。

 榊が、少しだけしゅんとする。だが、すぐに顔を上げる。

「でも、少なくとも僕は嫌じゃないです!」

退助は、思わず目を瞬かせる。

「何が?」

 榊は深呼吸をして、覚悟を決めた表情になる。そして、思い切った口調で、

「中島教官の隣に、僕が写ってることです!」 

数秒の沈黙。遠くで自販機がガコンと音を立てる。

 退助は腕を組む、そして諭す様に。

「榊。」

「はい!」

しっぽを振る子犬みたいに嬉しそうな様子の、亮太の返事に退助は、額に手を当てながら、

「お前、元気だな。」

困ったように言う。

「はい!」

論点が違うぞと、諭そうとする刹那。亮太は、ずいっと一歩踏み出す。

「僕、本気です。」

その目には冗談ではない、本気の瞳。

「尊敬してます。でも、それだけじゃなくて!」

まっすぐで迷いの無い、若さの塊。

 退助は困る。だが、無下にはできない。自分もかつて、命を預ける相手をまっすぐ見た人間だからだ。

「……気持ちはありがたい。」

亮太の顔が、ぱっと明るくなる。

「だが!」

即、曇る。

「俺の隣には、八木が居る。」

榊の喉が鳴る。

「知ってます!」

それでも押し切りたい気持ちが籠った、若い気持ちの塊の言葉。

「なら。」

「それでもです!」

真っ直ぐな勢いは、止まらない。

「好きになったのは事実です! 週刊誌がどうこうじゃなくて、ずっと前から!」

退助は額を押さえる。

(これはまずい。)

 通りがかりにその様子を、ガラス越しに偶々見かけて、固まっている見ている男が一人、太一。

(近い!)

距離が。

物理的に。

心理的に。

 亮太の視線が、あまりにも真っ直ぐで。退助が、真正面から受け止めているのが分かる、逃げない。誤魔化さない。

 だからこそ、太一の胸がざわつく。

(無下にしないんだな。)

分かっている。それが退助の良さだと。分かっているのに。少しだけ、面白くない。亮太、さらに爆弾投下。

「式まで、まだ三カ月ありますよね?」

 退助、目を細める。

「何が言いたい?」

「可能性はゼロじゃない!」

 その瞬間。背後から声。

「ゼロだ。」

低く静かに冷静に。響く声に、榊が振り向く。

太一が、午後の講義に使う資料を抱えて立っている。その顔は、笑っている。笑っているが、目が笑っていない。

「や…八木教官。」

榊は一瞬ひるむが、すぐ姿勢を正す。

「僕は本気です!」

太一は一歩近づく。退助の隣に自然に立つ。完璧な“隣”。

「それは尊重する。」

穏やかだ。だが、空気が少し冷える。

「でもな、榊。」

やれやれと言った感じで、太一は続ける。

「これはオーディションじゃない。」

亮太は、言葉を失う。

退助は小さく咳払いをし、短く告げる。

「榊。」

「……はい。」

「訓練に戻れ。」

その声は優しいが、キッチリと線が引かれている。

 榊は拳を握る。悔しさと、若さと、まだ消えない熱。

「……諦めません。」

退助は即答する。

「諦めろ。」

優しさの込められた、拒絶の言葉。そして、一瞬の間。亮太、しょんぼりしつつ敬礼。

「はい!」

彼は走り去る。そして訪れる静寂。太一と退助だけが残る。そして数秒。

 退助がぽつり。

「モテるらしい。」

 太一は横目で見る。

「自覚がないのが、一番厄介だ!」

その横顔には、退助が初めて見る表情。

「嫉妬か?」

太一は否定しない。

「……少し。」

退助は少し驚く。

「お前も、そんな事言うんだな。」

太一は、わざとソッポをむきながら、

「宇宙より地上のほうが難しい。」

ぶっきらぼうに言う。そんな太一を見ながら、退助はふっと笑う。

「じゃあ、手を握るか?」

ちょっと驚いた感じの太一。

「ここで?」

退助は少し意地悪そうな声で囁く。

「週刊誌が喜ぶ。」

太一はふぅと、ため息をつく。だが、ほんの一瞬。退助の袖をつかむ。誰にも見えない角度で。

「……離れるな。」

退助が小さく耳元でささやき、答える。

「離れない。」

ビッグウェーブは、まだ収まらない。だが。二人の軌道は、まだ重なっている。

 挙式までの間、まだ二人の周りに波は、たち続ける。


5・迷い子たちと隠れた視線


 その直後の、訓練棟の廊下。榊亮太は走り去ったと見せかけて、自販機の陰にしゃがみ込み。そっと顔だけ出して、太一と退助のやり取りを観察中。その様子は、まるで古典のテレビドラマ。エツコ・イチハラ。もしハンカチを持っていたなら、角を口に咥えながら、両手できぃぃっと、引っ張っていたに違いない。

 太一が退助の袖をつかむ。退助が小さく笑う。それを遠目で見つめながら亮太は、小声で呟く。

「……教官、波はまだ凪いじゃいませんからねぇ〜。」

やけにドラマチック。

 その背後から、冷静な声。

「何やってんの?」

亮太、びくっ。振り返ると、腕を組んだ男。海野太地(うんのたいじ)、19歳。亮太より二期上の訓練生にして、彼のルームメイト。そして——亮太には、初対面から思いを寄せているが、当の亮太は、勿論気づいていない。

 太地は、ため息をつきながら。

「それ、ほぼストーカーだろ?」

冷めた視線を亮太に向けつつ、冷静に言う。

「違う、戦略的観測だ!」

懲りる様子もなく、亮太は少しムキになって反論する。

「言い換えただけだろ!!」

そんなツッコミも、意に介すること無く亮太は立ち上がる。目がキラキラしている。

「でもさ、見ただろ今の空気。」

呆れた様子の太地。

「見てない!」

舞い上がって、視野が狭くなっている亮太。

「見ろよ!!」

 太地はしぶしぶ覗く。ちょうど、太一と退助が並んで歩き出すところ。自然な距離と、自然な歩幅。隙がない。

 太地は、即答する。

「無理じゃん。」

キラキラしていた目が、今は爛々と輝いている。

「いや、隙はある!」

亮太は真剣だ。

「最近、ちょっとギクシャクしてる。例の週刊誌の件で。」

太地は、露骨に眉をひそめる。

「それを利用する気か?」

亮太、天使の様な悪魔の、にやり。

「乗るしか無い。このビッグウェーブに!!」

太地は無表情に、呆れて固まっている。

「その波、間違いなくテトラポッドに直撃して、砕けるやつだぞ。」

そんなルームメイトの忠告も、今の亮太には届いていない。

「作戦A。中島教官と、合同講演のペアを志願。」

分かってるよな?と確認するかのような口調で、太地は否定する。

「却下される。」

めげずに亮太は、次の策をめぐらすが…。

「作戦B。八木教官の前で、あえて距離を詰める。」

おいおい、それはお前の印象が悪くなるだけだろうと、太地。

「火に油。」

だんだんムキになる亮太。

「作戦C——」

太地が額を押さえながら、遮る。

「亮太。」

「何?」

少しだけ、声のトーンが変わる。太地は、確かめるように言う。

「それ、勝てない勝負だって分かってるよな?」

 亮太は視線を逸らし、一瞬だけ黙る。ほんの一瞬。でもすぐ笑う。

「分かってるよ。」

軽い。その軽さに、拍子抜けする太地。でも本音が混じる。

「でもさ、好きになったのは本当だし!」

太地の胸が、ちくりとする。

(俺もだよ。)

言えない。言える空気じゃない。と、亮太は拳を握る。

「せめて全力でぶつかって、ちゃんと負けたい。」

 太地は目を伏せる。それは、ずるい言い方だ。応援も、止めることもできない。

「……で、策略って?」

亮太、にやり。

「訓練評価の共同プロジェクトに志願する!」

 亮太の言う、訓練評価の共同プロジェクトとは、正式には「有人深宇宙航行訓練評価プログラム」と、呼ばれる。目的はシンプル。将来の深宇宙ミッションに対応できる宇宙飛行士を育成するため、理論教育と実技訓練の効果を実証的に評価する研究。教育・訓練・研究を、一体化したプロジェクトである。

 まぁつまり、現場経験を有する教官が、極限状態のシナリオの中で、トラブルをどう解決するかを、学生達に示し、その結果に関して、学生たちがディスカッションをする企画であり、亮太は、そのシナリオの作成に志願しようと言うのである。

 太地が、呆れ返った顔で、亮太に尋ねる。

「どっちの教官を?」

亮太は不敵な笑みを浮かべながら言う。

「ふふふ…両方。」

うわぁ、悪い顔だぁ。と、太地は感じながら即座に。

「胃が死ぬぞ?」

「俺のじゃない。あの二人の!」

太地は、思わず吹き出す。

「お前、度胸だけは宇宙級だな。」

亮太は満足げに、頷く。

「でしょ?」

太地は少しだけ真面目な顔になる。

「でもな。」

亮太が振り向く、太地は視線を逸らしながら言う。

「波に乗るのもいいけどさ?」

少しの間を挟んで、優しさに少しの心配を乗せて。

「溺れんなよ?」

亮太は笑う。

「大丈夫、大丈夫ぅ!」

亮太は、太地の心配にも気が付かず、軽い返事。

 その背中を見ながら、太地は小さく呟く。

「まったく……俺が助ける羽目になるんだから。」

亮太はもう聞いていない。スマホを取り出し、何やら企画書のメモを打ち始める。

タイトル案:『緊急事態シミュレーション:二重指揮系統下の判断統合』

 太地がのぞき込む。

「それ、完全にあの二人を同じ部屋に閉じ込める意図が有るだろ?」

亮太、得意げ。

「はい、その通り!」

太地は、やれやれと言った感じで。

「お前、ほんとにやる気だな?」

亮太は、太地の気持ちにも気づかず、得意満面。

「青春だからな!」

太地は天井を見上げるながら、口には出さずに。

(青春の方向性が違う…。)

廊下の向こうでは、太一と退助が並んで歩いている。まだ隣。まだ揺れている。波は確かに凪いではいないでも、その波に、本当に飲まれるのは——一体、誰だろうか?


6・迷い子たちと悪だくみ(笑)


 訓練棟のシミュレーター室に隣接した、視聴覚室。ここは主に、シミュレーション後の反省点をディスカッションする為に使用される。正面の巨大モニターに、大きく表示されている文字。

《緊急事態シミュレーション:二重指揮系統下の判断統合》

要するに——太一と退助を、同時に責任者に据え、あえて意見が割れそうな状況を作る訓練。

提案者:榊亮太。

審査を通った理由:「教育的意義がある」(※本音は別)

 今日は、いよいよ決行当日のシミュレーション室。ポッドの操縦席に座る、太一と退助の姿が、視聴覚室の巨大モニターに、映し出される。

 ポッド内部。前方スクリーンに木星が浮かぶ。退助が、コントロールスティックを軽く握る。

「操縦は俺だな。」

太一は端末を起動する。

「航法計算はこちらでやる。」

退助が学生たちに言う。

「よく見とけ。」

 シミュレーション開始、直後に警告音。

”RADIATION STORM DETECTED”

計器が次々と赤く変わる。

“推進系統異常”“通信断絶”“酸素残量低下”。完全にあの日を想起させる設定。

 太一が眉をひそめる。退助は、ちらりとカメラを見る。

(榊の仕業だな?)

亮太、無駄に真剣な顔。

(来い……衝突……!)

退助は、ほとんど計器を見ない。

「姿勢は?」

太一が即答する。

「二度ずれてる、スラスターは三番が死んでる。」

退助は軽くスティックを倒す。

「問題ない。」

太一の指が端末を走る。即座に分析。

「推進は切る。姿勢安定を優先。」

退助が続ける。

「通信は後回し。生命維持を固定。」

——被らない。亮太、瞬き。

「帰還軌道を計算中……。」

 外の学生たちは画面に見入る。木星の巨大な重力井戸、歪む軌道線。太一が言う。

「磁気圏境界、変形開始。」

退助が尋ねる。

「まだか?」

太一が、冷静に応じる。

「ちょっと待て。」

警告音が続く。モニターに”FUEL LOW”の表示、退助が小さく笑う。

「懐かしいな。」

太一は無視する。数秒の沈黙、突然、太一が言った。

「来るぞ。カウント3・2・1・ゼロ。」

退助の目が鋭くなる。

「方位。」

太一が即座に答える。

「左二・三度。」

退助がコントロールスティックを切る。船が旋回を開始する。太一の声。

「まだ早い。」

退助は戻す。沈黙。太一が短く言う

「今だ。」

 退助が一気にスラスターを噴かす。シミュレーション画面で船が弧を描く。学生の一人が叫ぶ。

「そんな角度じゃ……!」

次の瞬間、軌道線が変わる。木星の重力に沿って船が加速する。太一が確認する。

「速度増加。」

退助が報告。

「まだ足りない。」

太一が応じる。

「推進剤の残りが15パーセントを切った。」

退助が言う。

「十分だ。」

もう一度、短い噴射。スクリーンに新しい軌道が表示される。

 細い青い線。それは、ゆっくりと地球軌道に向かって伸びていく。シミュレーターの表示が変わる。

”TRAJECTORY CONFIRMED”

教室が静まり返る。退助は操縦桿から手を離した。太一が端末を閉じる。退助が言う。

「こんなもんだ。」

学生たちは誰も動けない。

 警報音。第二段階。より難しい分岐。

“船体の一部切り離し判断”

太一が言う。

「切らない。」

退助が、ほぼ同時に。

「切らない。」

亮太の心の声。

(え?)

太一が、短く補足する。

「昔なら切った。」

退助が、頷く。

「でも今は、二人で設計する」

連携が速い、無駄がない。むしろ前よりスムーズ。

亮太が焦る。

(いやいや、ギクシャクしてるはずでは!?)

 第三段階。

“指揮系統混乱”

システムが、意図的に誤作動を起こす。退助が操作しようとした瞬間。太一が、何も言わずに補助回路を整える。

 退助は、振り向かずに言う。

「ありがとな。」

当然だ、とばかりに太一が応じる。

「当たり前だ。」

会話が短い、でも噛み合いすぎている。亮太の作戦は——完全に逆効果だった。予想外の副作用

 シミュレーション終了。拍手。若手隊員たちの目がキラキラしている。

「やっぱり最強のコンビですね。」

「息ぴったりすぎる!」

亮太が机に突っ伏している、口から見えない何かが抜けていってる様にも感じられる。

「……なんで強化イベント入ってるんだよ?」

 その横で太地が淡々と片付けをしている。しょうが無いなぁという仕草で太地が告げる。

「だから言ったろ?」

亮太は、ショックで起き上がれない。

「衝突する予定だったのに…。」

太地は断言する。

「成熟したカップルは衝突しない!」

亮太は、虚しい反論を試みる。

「誰がカップルだ?」

太地は当たり前の様な口調で、亮太の反論に応える。

「全世界が知ってる。」

亮太は天井を仰ぐ。


7・迷い子たちと「凪」


 とどめは、その日の放課後。退助が亮太を、職員室に呼ぶ。

「榊!」

亮太、覚悟を決めて立つ。

「はい。」

退助は真顔。

「今回の企画、良かった。」

亮太の目が、大きく見開かれる。

「……え?」

退助が、笑顔で話す。

「昔の俺たちなら、衝突してたかもしれない。」

そこへ、太一も近づき、話しかける。

「だが今は違う。」

亮太、ゴクリと喉が鳴る。

「どう違うんですか?」

太一が答える。

「揺らいでも、戻ると分かっている。」

退助が続ける。

「順番でも競争でもないからな。」

 亮太、完全に敗北を悟る、それはもう完膚なきまでに。

「……参りました。」

深々と頭を下げる亮太。

太一は少し笑う。

「青春は悪くない。」

退助が付け足す。

「でも、方向は選べ。」

二人は並んで、翌日の打ち合わせの為に去っていく。まさに完璧な“隣”。

 廊下へ出た亮太は、静かに呟く。

「波、凪いだな」

その後ろで、太地が立っている。

「で」

傷心のルームメイトに尋ねる。

「で?」

「これからどうすんの?」

亮太は少し考える。そして、肩をすくめる。

「ちゃんと負けた。」

太地は頷く。そして、亮太の頭をガシガシと撫でながら。

「偉い。」

やめろよと、その手を振り払い、髪型を直しながら亮太はふと、太地を見る。

「ずっと付き合ってくれてたよな?」

当然という口調で、太地。

「ルームメイトだからな。」

珍しく、少し申し訳なさそうな口調で。

「ありがとな。」

その亮太の一言に、太地の心臓が跳ねる。

「……別に。何でも無ぇよ。」

亮太は笑う。

「次はさ。」

太地が息を止める。

「宇宙、目指すわ。」

太地は呆れながら。

「話飛びすぎだろ!」

亮太はもう吹っ切った様子で。

「失恋エネルギーは推進剤になるらしい。」

それを見て、太地は吹き出す。

「爆発すんなよ!」

 亮太はまっすぐ前を見る。その横顔は、少しだけ大人びている。太地は、小さく呟く。

「……俺は、隣にいられればいいけどな。」

亮太は気づかない。まだ。

 でも今度は——その隣は、空いている。


8・スピンオフとエピローグ


 挙式当日。晴れた海辺、空を見上げれば真昼の月が薄く見える。借り切った小さなレストラン。太一と退助は、迷いなく並ぶ。

 客席の端で、亮太と太地が立っている。亮太が小さく言う。

「やっぱ、あの二人すげぇな。」

太地が答える。

「だな。」

亮太がふと笑う。

「俺もいつか、あんな隣見つけるわ。」

太地は、ほんの一瞬だけ息を止める、そして言う。

「……見つかるといいな。」

波は、もう穏やか。亮太の作戦は大失敗。太一と退助の運命は揺らがなかった、でも。


 別の物語の種が、静かに芽を出し始めている。


 今回は、本編のちょっとした隙間を埋める、短いお話でした。でも、ここから始まる次の物語も、何やら動き出した気配も、有るような無いような…。

 まぁ、気長にやりたいと思いますので、お付き合いを下さる方(いるのかな?)も、気長にお待ちいただけると、嬉しいです。

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