懐かしいバンズ村
「さぁ、ミクとサリー、用意は良いかい」
次の日の朝、神父さんは馬に乗って、アルカディアに近いのは、ラング村に向かって出発した。
師匠と私達は、ここはパスして一気にバンズ村に行く。
神父さんと、何人かのアルカディアの森の人は、ラング村に一泊してから、バンズ村、そして他の狩人の村を周る予定だ。
上手く神父さんが説得できると良いな!
私も春よりは、移動が速くなっている。そんなに森歩きをしている訳じゃないけど、身体が大きくなったからかも?
オリビィア師匠も初めて一緒に森歩きした頃を思い出して、褒めてくれた。
「うん、ミク! 成長しているね! えっ、アルカディアに来て五ヶ月しか経っていないんだなぁ」
オリビィア師匠が笑う。
「もう、オリビィアのスープは飲みたくないわ」
アリエル師匠の言葉に、オリビィア師匠が言い返している。
私もサリーもオリビィア師匠のスープは知らないけど、木の家に着いた時のアリエル師匠の変な匂いがしていたスープを思い出して、賢く口を閉じた。
それに、やはり師匠達に付いていくのに必死だからね。時々、後ろを振り向いて、スピードを遅くしてくれるけど、まだまだ頑張らなきゃ!
「少し休憩しよう!」
オリビィア師匠が私とサリーの様子を見て、足を止めた。
「ミクとサリーの両親に挨拶したいと思っていたんだ」
水筒から水を飲みながら、オリビィア師匠が言った。
「うちの両親は、入門料が本当に無くて良いのか心配していたから、師匠達と会えたら、安心すると思います」
サリーは、本当にしっかりしているね。私は、五ヶ月ぶりの帰省にうきうきしちゃっている。
「あっ、バンズ村が見えてきたわ!」
なんて、考えている間なんかなく、私とサリーは村の中に駆け出した。
「誰もいないわ! そっか皆、狩に行くか森歩きだ!」
「村に誰かいないのかな?」
オリビィエ師匠とアリエル師匠は、こちらからの提案の何処が拙くて受け入れてもらえなかったのか疑問を解決したいと考えているみたい。
「私やサリーが赤ちゃんの時に世話になったワンナ婆さんは、今でも赤ちゃんの世話をしているから家にいると思います」
サリーも同意する。
「そうだわ! それに森歩きを指導してくれたヨハン爺さんも引退して一緒に住んでいるから、バンズ村の意見が聞けると思います」
「バンズ村の長老の話を聞くのは良いと思うわ」
若く見えるアリエル師匠より、ワンナ婆さんやヨハン爺さんの方が年下なんだよね。不思議!
「ワンナ婆さん!」
家に行ったら、ワンナ婆さんはいつもの椅子で編み物をしていた。
「おお、ミクとサリー!」
編み物を置いて、立ち上がって出迎えてくれたけど、かなり動作がぎこちない。
「ワンナ婆さん、こちらが私の師匠のアリエル様。そして、ミクの師匠のオリビィエ様です」
「ああ、ミクとサリーの師匠さんかい。こちらにどうぞ……ヨハン爺さんもすぐに帰ってくるだろう」
赤ちゃんの時に食事をしていたテーブルに全員でつく。
「ヨハン爺さんは?」
小屋にはベッドが二台あるから、ヨハン爺さんがここで暮らしているんだと思う。
「ああ、森歩きには早い子どもを村の中で遊ばしているのさ」
私たちは放置されていたから、結構危ないこともしていたな。
「失礼ですが、脚を痛めておられるのでは?」
「ワンナ婆さん、お茶なら私とサリーが淹れるわ。オリビィエ師匠は、優れた薬師なの、診てもらったら?」
ワンナ婆さんを椅子に座らせて、オリビィエ師匠が脚を診る。
「これは捻挫していますね。固定して、湿布をした方が良い」
オリビィエ師匠は、マジックバッグから湿布と包帯を出して、ワンナ婆さんの脚を固定した。
「ありがとうございます。ここには薬師がいないから、脚を痛めて困っていたのです。子どもの面倒もなかなか見れなくて、ヨハン爺さんに手伝ってもらっている有様で……」
ああ、それで子ども達を外で遊ばすのにヨハン爺さんが子守をしているんだね。
「やはり、薬師が村にいると良い」
ワンナ婆さんが私を期待した目で見るけど、一年に数回の出番だと食べていけないよ。
「おお、ミクとサリーじゃないか!」
お茶を淹れて飲もうとしたら、ヨハン爺さんが子ども達を連れて帰ってきた。
チビちゃん達にもクッキーを配っておやつタイムだ。
「そちらの方達はアルカディアの師匠さんですか?」
あっ、クッキーを配るのに夢中で、紹介を忘れていたよ。
「こちらが私の師匠のアリエル様、そして、あちらがミクの師匠のオリビィエ様です」
やはり、サリーの方がこういう方面はしっかりしている。気をつけよう!
ヨハン爺さんも同じテーブルについて、クッキーをつまみながらお茶を飲む。
「これは、ミクが作ったのだな! 料理の腕があがったな!」
うっ、本当は薬師の修業なんだけど、アルカディアでも料理を評価される場面が多い。
美味しいと評価されるのは嬉しいし、お小遣いにもなるんだけど、もっと薬師の修業を頑張りたい!
「ワンナ婆さん、ヨハン爺さん、アルカディアから光の魔法を使って老化を遅くできるって聞いたでしょう? どう思うの?」
ここは、ママやパパと話す前に狩人の村の意見を聞いておこう。
ワンナ婆さんとヨハン爺さんは、困ったように師匠達を見る。
「私達はもう老化が始まっているから、関係ないと思っている。若い衆は、習えるから習ったら良いと思うが……狩人の村に住んでいる森の人は、頭が固いのが多いからな」
狩人の村の森の人は、狩が好きな脳筋が多いからな。
ママとパパも狩が大好きだから、光の魔法を習得するより、狩を優先しちゃうかも!
「良い話だと思う。皆、子どもには長生きして欲しいが、手放すのは怖いみたいだ。自分達とは違うアルカディアの森の人になるんじゃないかと思っているのさ」
師匠達が驚いた。
「アルカディアも同じ森の人ですよ!」
ワンナ婆さんがわかっていると手を横に振る。
「それは、そうなんだろうが……狩人の村の連中は魔法が使えないからねぇ」
ああ、狩人の村では狩人のスキル優遇だからね。魔法が使える森の人はここにはいない。
「魔法が使えなくても、森の人は元々光の魔法に恵まれているのです」
アリエル師匠が説明する。
「狩人の村でも赤ちゃんは、数日で歩き始めるのでしょう? それは、無意識に光の魔法を使って成長を促しているのです」
ワンナ婆さんもヨハン爺さんも頷いている。
「それは、初耳だったが、人間の子ども、そして森の人と人間の子の成長が森の人よりも遅いから、皆もそうだったのかと納得していると思う」
そうだよね! 戦争から逃れる為にエバー村の森の人や人間との子どもが避難してきた時、成長の違いを目にしたからね。
「では、子どもは光の魔法で成長中だから、習得しやすいのはわかっておられるのですね。サリーは光の魔法を習得しましたし、ミクもかなり頑張っています」
オリビィエ師匠に「ミクも習得できました」と言わせてあげたかったよ。
そうすれば、狩人の村の森の人達を説得しやすかったのになぁ!
「ううん、俺たち年寄りは諦めがつく。だが、中途半端な歳の者は、内心で悩んでいるのだと思う。もし、自分は習得できて、相方は駄目だったらどうするのか?」
「それに、狩人の村にそんなに大勢は住めないのさ。私達の家を空けないと、若者が結婚できない」
師匠は、ヨハン爺さんとワンナ婆さんの言葉を受けて、考え込んだ。
私たちサリーは、皆に長生きして欲しくて、どうやったら説得できるのか、真剣に考えていた。
『私がもっと光の魔法が使えたら良かったのに……』
夏休み、呑気に遊んでいた自分を叱りたい気分だ。




