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死体花

作者: 望月 藍
掲載日:2025/10/12



 「先日亡くなった議員の体には月桂樹の花が咲いたそうです。この結果に国民はどのように感じているのか聞いてみました」


 ニュースキャスターがそう言うと画面が切り替わり、街頭インタビューの映像が流れ始めた。

 なんの予兆もなかった。ある日突然、人間の死体に花が咲くようになった。そして、世間では咲いた花の花言葉でその人の価値を決める風潮が定着した。最近では花のランキング本が売れ、この現象を利用して変な宗教を開く人が現れるほどだった。さらには、希少で人気の花が咲いた死体を保存する人も現れ始めた。

 僕はテレビから目を反らし、隣で不服そうな顔をしてテレビを見つめている彼女にコーヒーを差し出た。


「また死体花のニュース見てるの?」

「見たくて見てるんじゃないよ。流れてくるの」

「有名人が死ねば必ず流れてくるよね」

「そうだね。でも、ご丁寧に花言葉を一緒に表記してるのムカつく」


 テレビを見てみると右下に月桂樹の花言葉が字幕で映し出されている。


「わざわざマイナスなイメージの言葉を前に持ってくる?確信犯だよね」

「でも、まぁ一応プラスの言葉も書いてあるからさ」

「そうだけど、なんかムカつくんだよ」


 ムスッとした顔をしながらコーヒーをグビッと飲む彼女は僕の大学の同級生だ。ただの友達でこれと言った特別な関係はない。彼女はここ数か月か僕の家に住んでいる。住み始めたのは数か月前に彼女の彼氏が亡くなったことがきっかけだった。彼女の家庭環境は悪く、家を追いだされた彼女は彼氏の家に住んでいたが彼が亡くなってしまった今、行き場がなくここに住むことになった。


「自分にどんな花が咲くか気になったりはしないの?」

「気になりはするよ……でも、知りたくはないかな。君はどうなの?」

「僕は……僕も、知りたくないよ」


 それ以上、花の話をすることはなかった。どういう基準で花が咲くかはまだ解明されていない。


 彼女の彼氏の死体にはとても美しい薔薇が咲いていたという。このことを僕は彼女から聞いたが、彼女は彼氏の奥さんから聞いたらしい。

 彼女が僕に教えてくれた時、彼女は泣くわけでもなく、テンションが変に高いわけでもなく、ただただ日常会話の様に僕に話した。


 ◆

 

「さっきね、彼氏の家に行ってきたの」

「家?彼氏が借りてくれてたマンション?」

「そっちじゃなくて、彼氏の家」

「彼氏に会えた?」

「会えなかったよ。でも、彼氏の奥さんに会ったんだ。小さな子供を抱っこしてたよ」


 彼女は窓に寄りかかりながら話している。

 

「知ってたの?」

「ん~?何を?」

「お互いだよ。お互いに」

「知ってたら付き合うわけないじゃん」


 アハハ。と力なく笑う彼女にどう声を掛けていいかわからなかった。少しの沈黙が流れた後、口を開いたのは彼女だった。


「薔薇だって」

「……薔薇?」

「彼氏に咲いてた花。赤い薔薇が沢山」

「どうして、不倫してた奴に薔薇なんて綺麗なものが……」

「私だけじゃなかった。沢山来てたんだ。彼氏の不倫相手」


 何も言えなくなった僕に「あの人は一本の薔薇じゃ足りなかったんだね」と振り向いて笑って見せた。



 ◆


 それからすぐに彼女は僕の家に住み始めた。住んでいた部屋はすぐに片付けて、鍵は奥さんに郵送で返していた。

 彼女は決まって一人の時間になると薬の瓶に触れていた。僕は彼女を極力一人にしないようにして、彼女が処方される薬は僕が管理するようになった。

 今こうして話しているのも最初に比べたらマシな方だった。ただ何気ないことを話して、一緒にご飯を食べて、隣り合わせで並べた布団で寝る。ワクワクもドキドキもない日常。そんな日常が僕は心地良かった。


 彼女と一緒に暮らし始めてもう少しで1年が経とうとしていた。彼女は既に大学を退学しており、それからはずっと家事をしてくれていた。明日は彼女と一緒に精神科に行く。そこでもし医師から許可が出れば外出が可能になるかもしれなかった。


「ねぇ、あのさ。もし、明日の診断で外出許可がもらえたら、私仕事を探そうと思うんだ」

「仕事?」

「うん。いや、大学を退学した奴に何ができるんだって感じかもしれないけどさ、君には随分お世話になったからね」


 隣り合わせの布団にくるまりながらお互いに顔を見合わせていた。


「それは嬉しいけどさ、まだ外出許可だからね。ゆっくりでいいんだよ」

「わかってるよ。だから、ゆっくりやってくつもり」

「それならいいけど……支えるよ、これからも」

「ありがとう。おやすみ」


 お互い顔を見合わせて寝ることがないため、どうしたものかと思っていたが、彼女はそんなそぶりを見せることなくすぐに眠りについた。そんな彼女の寝顔を見ながら僕も眠りについた。

 朝が来た。カーテンの隙間から差し込む光で僕は目を覚した。日差しで目がなかなか開けれなかったが目を擦って開けると、目の前には昨日の夜も見た寝顔がそこにはあった。


 ただ一つ違うのは、彼女の寝顔の半分が花で覆われていることだった。


 血の気が一気に引いた。すぐに起き上がり彼女の上に掛かっていた布団をめくると彼女の体全体に絡み合うように花が咲いていた。

 

 死因はオーバードーズだった。僕が寝たのを見計らって隠していた薬を飲んだらしい。

 それから僕は彼女の死体を引き取った。聞いていたよりも彼女の親族関係は酷かった。彼女の親は彼女の存在自体をないかの様に振舞っていた。しかし、彼女の死体に花が咲いていると知るや否や「咲いた花は何か」と聞いてきた。咲いた花を伝えると価値がなく、売れないと気づくや否やすぐに僕が引き取ることを承諾してくれた。



 彼女の死体には紫苑が咲いていた。

 彼女を家に連れ帰り再び布団に寝かせた。彼女が自分の体に紫苑の花が咲いていたらなんて言うだろうか。彼女は笑って否定してくれるだろうかと思ったが、それはなさそうだ。紫苑が絡みついた彼女の死体を見て、僕は考えることをやめた。

 僕は金庫に行くと彼女が勝手に飲めないようにしていた大量の薬を取り出すと、彼女のもとへ戻っていき、薬を一気に飲み干した。なんの薬をどれだけ飲んだのかなんてわからなかった。僕にはどんな花が咲くだろうか。あるかもわからない向こうで彼女にもう一度出会えるだろうか。そんなことを考えながら僕は彼女の隣で目を閉じた。



 男女が発見されたのは男の方が死んで1週間ほどだった。死因は床に散らばった薬のプラスチックゴミを見れば説明するまでもないだろう。男女は男の大学の友人が心配して家に来ときに発見されたそうだ。警察の事情聴取で友人はこう語った。


 「あいつ、彼女の事本当に気にかけてたんですよ。大学の授業を欠席してまで彼女のそばにいるって言って。彼女が亡くなったことは知っていましたが、まさかあいつが引き取っているとは思わなかったですね……それにしても、あいつがこんな花を咲かせると思わなかったです。たった1本の異常なほど大きい向日葵なんて」

 

 二人のうち男の死体に咲いた向日葵は非常に珍しい咲き方をしていた。コレクター達がこぞって買い取ると交渉を友人に持ち掛けたが、友人は全てを拒否し、二人の死体を一緒に火葬した。

 どんな花が咲こうと、価値があろうがなかろうが火葬してほしいというのが男の願いだったという。


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