待っていたのはMMでした!-③
待っていたのはMMでした!-③
「そう、それがまさしくこのボク、使役獣 ニャンバルさ♪」
得意げに話しかけてくる使い魔に、張り詰めた気持ちが和らいだ気がした。いつのまにか、先ほどの暗転で自分の着ている服が大きく変わっていることに気づいた。
昔遊んだスマホゲームの魔導士に似た服の上から、フードのついた膝下までのびたローブを羽織り、身体を覆っている。ローブには、装飾が控えめに施されているみたいだ。
「うわっ!服が変わってる…本当に違う世界に来たんだ…」
ニャンバルは俺の視界に顔を入れながら、まんまるの猫目をこちらの目に合わせてきた。
「君がこれから使命を果たす上で必要になるからね。上手くテレパシーが聞き取れたみたいで良かった」
「そうか。さっきはありがとうニャンバル。早速の質問で悪いんだが、グリモダラスが俺に伝えたかったことは何だったんだ?大分焦っていたようだったけど」
「ごめんね、なぜダラス様があんなに焦っていたのかはボクにも分からない。今すぐにでも話したいんだけど、ここはあまり落ち着けない場所だから、まずは地上に降りて……シオン、危ない!」
ギャリィンッ!
突如として金属同士が強烈に激突しあったかのような音が響き渡ったかと思えば、視界に紫色の火花が散った。その彩りの隙間から見えたのは、獲物を捕捉したと言わんばかりの眼。そして、ゴツゴツして棘のある外殻。MMの世界でありがちなドラゴンの造形そのものだった。
攻撃されたことで体が吹き飛ばされ、集中力が切れてしまったのだ。体が再び自由落下を始めたと同時に、声が頭の中でこだまする。
「ありえない…僕たちがクリーチャーからの攻撃を受けるなんて…シオン、ひとまずこいつから逃げ切らなきゃ。さっきのイメージの続きだ。空を自由に飛び回るイメージを!」
「いきなりできるかよ!落ちるだけで精一杯だって!」
「でもやるしかない!僕たちが攻撃を有効なものとして受けてしまっている以上、次にあいつに攻撃されたら死ぬかもしれない!」
「こーなったらもうやるしかない!ちゃんと俺に掴まってろよ!!」
スティックアイコンを前に倒し、ダッシュボタンを押しっぱなしにする感覚に支配されながら、地上めがけて一直線に降下していく。ニャンバルが風圧に負けないシールドを張ってくれたおかげで、風圧に怖けず目を見開くことができた。
「いいかいシオンよく聞いて!アイツは勢い余って地面に激突しないギリギリの高さを把握している!だから僕たちがその高さに近づく前に減速すると捕まってしまう!アイツの減速する挙動を見たら僕が合図するから、その瞬間に地上スレスレを滑空するんだ!!」
言われるがままベタ塗りの緑めがけて垂直落下していく。次第に視界の鮮やかな緑がドラゴンのドス黒い影に覆われて、くすんでいく。あと数秒で激突というところで、モフモフした何かが首に巻き付いた感触がした。
その瞬間、地上スレスレを滑空するイメージを精一杯思い浮かべて木々への激突を回避しながら、ドラゴンとの距離を突き放すことに成功した。
真後ろからボワっと轟音が聞こえ、大気が熱く揺らいだのを感じる。
「滑空姿勢のまま森の中に潜り込んで!バリアがあるからミンチにはならない!そのまま突っ込むんだ!」
ゾリゾリバリゴリグシャバキ!風圧を防ぐためのバリアが今度は身を守る盾となってくれたおかげで、怪我を負うことなく着地することができた。
仰向けに寝転がったとたん、程よい脱力感の中で意識が遠のいていく。
「…ん……むと」
土臭さと雑草の青臭さに鼻をくすぐられ、目を覚ました。周りは薄暗がりで、足元の方から光が腰あたりまで差し込んでいる。石ころが衣服に起伏をもたらし、凝った筋肉を布越しに刺激してくる。
上半身を起こし、あたりを見まわした。ちょっとした穴ぐらのようだ。おそらく小動物がかつて使っていた巣穴が見捨てられ使われなくなったのだろう。妙に小綺麗に片付いている。
「寝心地はどうだったかな?」女性と判別できるだけの声色が寝床にこだました。
半目に捉えた人影のようなものは次の瞬きで消えたかと思うと、すぐさま声が頭の中に響き渡る。
「さ〜て、この借りはどうやって返してもらおうかな?シオンくん」狡猾さと意地の悪さがブレンドされた目覚めの一杯は、僕には少々苦すぎた。
「ああ、これからの行動で返していくさ、ニャンバル。それにしてもここはどこだい?」
「この時代ではルフ=ミュール樹界連邦と呼ばれる国が辺り一体を支配しているね。比較的温厚な種族が多いと把握しているけど…」
「ルフ=ミュール樹界連邦って名前が出てくるのは確か…マジェスティック・バイブル編にも出てくる都市の名前だ…!ってことは『賢者の慧眼』に描かれている『神緑の賢者ルクタス』がいるかもしれない!彼を頼れないだろうか…?」
先ほどまでの倦怠感が嘘のように弾け飛んだかと思えば、この世界についての疑念、疑問が沸騰した水から沸き上がる気泡のように浮かんでくる。
「ニャンバル、どうして俺が選ばれ、この世界に来ることになってしまったのか、グリモ・ダラスから聞いていることを教えてくれないだろうか?」
4足歩行のまま、頭をこちらに上げて目を合わせながら僕の話を聞いていたニャンバルは、肩に乗った。
「その答えは君の使命を話すうちに、おのずと分かってくるはずさ。このままゆっくり話したいのはやまやまなんだけど、後いくばくかしたら日が暮れてしまう。僕の探知魔術によると、少し遠くにちょっとした集落があるみたいだから、そこを目指しながら君の疑念について、答えていこうかと思う。」
「さっきみたいに空を飛べないのか?」
「あれは飛行というより滑空だったから。浮力を発生させるだけの魔力が今の僕には無い。さっきのシールドと、君の治癒にあらかた使ってしまったからね。それに、さっきのドラゴン騒ぎに近くのクリーチャー達はびっくりしているはずさ。もし君が犯人扱いされるようなことがあれば…」
自分が思っているより、事態が逼迫していることに今更気づいた。この場から一刻も早く離れ、クリーチャー達から襲われないよう日没前に身の安全を確保しなければならない…。シャッターチャンスは、勿論ない。足取りが勝手に早くなるのを感じた。
「改めて、マジック・マスターズの世界へようこそ♪」
MMのクリーチャー達をカードを通してしか知らない。ゲームマスターとして彼らを使役していたところから、生物としての彼らが跋扈跋扈する、弱肉強食の舞台に引き摺り下ろされてしまったのだ。