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山での一ヶ月は、あっという間に過ぎ去ろうとしていた。


オーランドは、まだ魔法が使えるようになったわけではなかったが、彼の表情には焦りがなく、むしろ穏やかだった。


彼の隣を歩く私は、まるで彼の足跡を追うように、少しずつ彼に惹かれていることを自覚していた。山での生活を通じて、彼の弱さも、それを受け入れて立ち向かおうとする健気さも、すべてが私にとって愛おしく思えた。


私たちの足元には、ひよこがちょこちょことついてくる。この小さな命は、今やすっかりオーランドに懐き、彼の足元から離れようとしない。



山を下りる日、私たちは名残惜しそうに小屋を振り返った。そこには、私たち二人の、そしてひよこの、確かな足跡が刻まれていた。


「なあ、エミリア」


オーランドが、立ち止まって私を見つめた。その瞳には、かつての自信に満ちた輝きとは異なる、柔らかな光が宿っていた。それは、自然の中で芽生えた、真の人間的な輝きだった。


「俺、もし魔法がこのまま使えなくても、お前がいれば生きていける気がする。正直まだできないことは沢山あるけど、お前がいてくれるなら、もう大丈夫だよ。それに、このひよこもいるしな。」


彼の言葉に、私の胸は甘く締め付けられた。彼はもう、魔法が使えないことを悲観していなかった。

それどころか、私の存在が彼にとってどれほど大きなものか、そして小さなひよこの存在までが、彼を支えていると教えてくれたのだ。

彼の瞳の奥には、確かな成長が見て取れた。



街に戻り、私たちが別れを告げようとしたその時、オーランドの掌から、まばゆい光が放たれた。


「まさか、魔法が…?」


彼が恐る恐る火の魔法を行使した。


「火よ…!」


するとそれは、彼の得意だった、あの力強い炎だった。一ヶ月前のような情けない炎ではなく、すべてを照らすような、確かな輝きを放つ炎が、彼の掌の上で力強く燃え上がった。


「……っ! 魔法が戻った!」


歓喜の声を上げるオーランド。そこに、あの占い師が、いつの間にか姿を現していた。

彼女は満足げな表情で私たちを見ていた。その目には、すべてを見通すような深い知恵が宿っている。


「おめでとう、坊や。これで、お前さんの魔法は完全に元通りじゃ」


「ありがとうございます! でも、なぜ今……? どうして、このタイミングで魔法が戻ったんですか?」


オーランドの問いに、老婆はにこやかに、そして全てを知っているかのように答えた。彼女の言葉は、まるで古の物語を語る吟遊詩人のようだった。


「お前さんの魔法は、愛によって戻る。それが、お前さんの定めじゃった。山にこもること自体には、魔法を戻す直接的な効果はなかった。じゃが、愛する人と心を通わせ、共に困難を乗り越えることで、お前さんの心は満たされ、魔法は再び輝きを取り戻す。そして、小さな命を慈しむ心も、お前さんの魔法を確かなものにしたのじゃよ。私は、その未来が見えておったのじゃ」


そう言って、老婆は私とオーランド、そして彼の足元でピヨピヨと鳴くひよこを交互に見て、意味深に微笑んだ。


私たちは顔を見合わせ、自分たちの間に生まれた確かな愛に気づいた。あの山での一ヶ月は、魔法を回復させるためではなく、私たちを結びつけるための、愛の試練だったのだ。



オーランドは、はにかんだように私に向き直った。彼の瞳は、魔法の輝きと、私への深い愛情で満ちていた。その表情は、これまで見たどんな魔法よりも、まばゆく輝いて見えた。


「エミリア……好きだ。俺と、ずっと一緒にいてくれないか? そして、このひよこも一緒に、みんなで新しい家族になろう!」


オーランドのまっすぐな瞳と、最後に付け足された彼らしい、少し照れたような言葉に、私の心は決まった。


完璧だった彼が、私の前で初めて見せた弱さ。そして、それを乗り越えようと必死に足掻き、私を必要としてくれたこと。その全てが、私の心を強く惹きつけていた。

この一ヶ月の間に、私の中の彼の存在は、幼なじみという枠を超えて、かけがえのないものになっていたのだ。


「私も、オーランドのことが好き。もちろん、喜んで!」


私は大きく頷き、彼の手を強く握り返した。

彼の掌から放たれる熱い魔法の光が、私の手にも伝わってくるようだった。それは、かつて感じた彼の魔力とは違い、もっと穏やかで、温かい光のように感じられた。

足元では、ひよこが私たちの幸せを祝うかのように、ピヨピヨと可愛らしく鳴いている。




魔法の光が瞬く街で、私たちの新たな物語が始まった。それは、彼の人生を、より人間らしく、そして私と共にある未来へと導く、真の魔法の始まりだった。



おしまい

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