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山での生活が始まって一週間ほどが経った頃、私が小屋の隅に作ってあげた簡易的な鶏小屋から、嬉しい知らせが届いた。私が連れてきた鶏が、卵を産んだのだ。


「エミリア、見てくれ! 鶏が、卵を産んだぞ!」


オーランドが、興奮した様子で私を呼んだ。彼の顔は、普段の潔癖症の面影もなく、好奇心と驚きに満ちていた。


「良かった!さっそく1ついただきましょう」


私がそう言うと、彼は恐る恐る卵を拾い上げた。その手つきは、まるで壊れ物を扱うかのようだ。


「おお、これが鶏が産んだ卵か! なんだか、温かいな」



私が卵を焼いて彼に差し出すと、彼は恐る恐る一口食べた。熱い湯気とともに、香ばしい匂いが立ち上る。


「……くうっ、美味い!卵にこんなにも有り難みを感じるとは」




それから彼は毎日、鶏が卵を産むのを心待ちにするようになった。朝起きると、まず鶏小屋を覗きに行くのが彼の日課になったほどだ。


そして、さらに二週間ほどが過ぎた、ある日の朝、事件は起こった。鶏が抱いていた卵の一つに、小さなひびが入っていたのだ。


「エミリア! 大変だ! 卵が孵りそうだ!」


ひび割れた卵の殻が少しずつ動き、中から小さな黄色い塊が顔を出した。それは、生まれたばかりのひよこだった。濡れた毛がぴたりと体に張り付き、震えるほど小さく、見るからに頼りない。


「ピヨ……ピヨピヨ……」


か細い鳴き声と共に、小さなひよこが殻から這い出てきた。その毛はまだ濡れていて、ヨロヨロと不安定に立つ。生まれたばかりの命の弱さに、オーランドは息を呑んだ。


オーランドは、そのひよこを食い入るように見つめていた。彼の表情は、先ほどまでのパニックが嘘のように、完全に凝り固まっていた。彼の瞳には、今まで見たことのない、驚きと、そして純粋な慈愛の色が浮かんでいた。


「か……可愛い……」


彼が絞り出すように呟いた。その声は、震えていた。私は、彼の意外な反応に驚いた。潔癖症で、虫すら嫌悪していた彼が、生まれたてのひよこに、これほどまで心を奪われるとは。


彼は恐る恐る、指先でひよこの頭を撫でた。ひよこは気持ちよさそうに目を閉じ、彼の指にすり寄る。小さな黄色い塊が、彼の大きな指に触れるたび、「ピヨ」と可愛らしく鳴いた。


「お前は、こんなに小さいのに、自分で殻を破って出てきたのか。すごいな……。こんな小さな命が、こんなにも力を持っているとは……」


オーランドは、まるで宝物でも扱うかのように、ひよこを掌に乗せ、じっと見つめていた。彼の瞳には、今まで見たことのない、慈愛に満ちた光が宿っていた。


この山での生活は、彼に新たな発見と、温かい感情をもたらしている。彼の、魔法以外の世界への関心が、確実に芽生え始めていた。


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