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私たちが滞在する小屋の周りには、鬱蒼とした森が広がっていた。初日の夕暮れが迫り、食料の備蓄が心もとないことに気づいた私は、狩りに出ることを決めた。
「エミリア、どこへ行くんだ? もう暗くなるぞ」
小屋の入り口で、オーランドが不安そうな顔で尋ねてきた。その顔には、ここへ来てからずっとつきまとっている、心細さが滲んでいる。
「狩りよ。このままだと、明日の食料が足りなくなるから」
私がそう言うと、彼の顔色が変わった。魔法で何でも手に入れた生活を送ってきた彼にとって、自分の手で食料を調達するという行為は、理解の範疇を超えていたのだろう。
「狩り!? 俺もついていく」
彼がそう言ったのは、小屋に一人でいるのが怖かったからに他ならない。一人で、虫の音や不気味な森のざわめきに囲まれて夜を過ごすのは、彼にとって耐え難い恐怖なのだろう。
私は彼に最低限の注意を与え、二人で森の奥へと足を踏み入れた。日が傾き始めた森は、昼間とは違う顔を見せる。木々の隙間から差し込む光は弱々しく、足元に伸びる影は不気味に揺れていた。
しばらく歩くと、茂みの中で草を食べるウサギを見つけた。耳をぴくぴくさせ、周囲を警戒している。私は音を立てないよう、そっと弓を構え、狙いを定めた。神経を研ぎ澄まし、呼吸を整える。
「待て、エミリア! ウサギなんて、魔法で捕まえれば…!」
オーランドが思わず声を上げそうになったので、私は慌てて彼の口を塞いだ。ウサギは敏感な動物だ。少しでも物音を立てれば、すぐに逃げてしまう。
「しっ! 魔法は使えないんでしょ? 集中して。もし逃げられたら、今日の夕食は草よ」
私が釘を刺すと、彼はしぶしぶ口をつぐんだ。彼の隣で、私は静かに矢を放った。シュッと風を切る音がして、矢は狙い通り、ウサギに命中した。ウサギは一瞬跳ね上がり、そのまま動かなくなった。
倒れたウサギに駆け寄ると、オーランドは顔を青ざめさせた。彼の完璧な世界には、直接的な「死」や「血」といった生々しいものが存在しなかったのだろう。
「う、ウサギだ……。これを……食べるのか!?」
彼はウサギに触れるのも嫌そうな顔をしておろおろしている。
「そうよ。命をいただいたんだから、感謝して無駄なく使うの。この毛皮も、寒さをしのぐのに使えるし、全部使えるのよ」
小屋に戻り、私がウサギの解体を始めると、オーランドは見る見るうちに顔を背けた。彼には、この光景は耐え難いものなのだろう。
「エミリア、血が! 血が出てるじゃないか! うっ…!」
彼の悲鳴にも似た声が小屋に響き渡る。彼は壁に張り付いて、片目を閉じ、もう片方の目で恐る恐る私を見ている。
私は慣れた手つきで解体を進め、ウサギの肉を丁寧に処理した。彼の顔は、終始、青白いままだったが、それでも彼は小屋から逃げ出すことはなかった。
その事実に、私はかすかな希望を見出した。彼が、この「不便な世界」に、少しずつ慣れようとしている証拠なのだろうか。