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翌日。私は、重い木製の籠を肩に背負い、オーランドと共に山へと向かっていた。


籠の中には、私が家から連れてきた2羽の鶏がいた。これなら新鮮な卵が手に入るし、いざとなれば食料にもなるだろう。小さな木箱に入った鶏たちは、ココッと可愛らしい声を上げている。



昨日、あれほど情けない懇願をされたのだ。幼なじみとして、さすがに初日くらいは付き合ってやるかと、私はしぶしぶ付き添うことにしたのだ。魔法が使えないオーランド一人では、この山で一晩すら過ごせないだろうことは、想像に難くなかった。


街を離れると、途端に道のりは険しくなった。整備された魔法の道とは違い、足元はでこぼこで、時折現れる木の根につまずきそうになる。


普段は魔法で悠々と空を飛んでいたオーランドは、すでに息を切らしている。額にはうっすらと汗が滲み、完璧に整えられていたはずの金髪も、あちこちで跳ねていた。彼の顔は、これから向かう場所が虫や土埃を連想させるせいか、すでにげっそりとしている。まるで、処刑台に向かう囚人のように、彼の足取りは重かった。


「エミリア、まだ着かないのか? この道、いつまで続くんだ……」


オーランドは、はぁはぁと肩で息をしながら、恨めしそうに私を振り返った。


「もうすぐよ。ほら、あそこに見えるのが小屋よ」


私が指差した先には、木々の中にひっそりと佇む、朽ちかけた小さな小屋が見えた。壁には苔が生え、屋根の一部は崩れ落ちていた。


「あれか……。本当にこんな場所で一ヶ月も過ごせるのか……。うわっ! 虫が!」


小屋の入り口にたどり着いた途端、彼の足元に一匹の小さなテントウムシが飛んできた。それだけで、オーランドは飛び上がるほど驚き、悲鳴を上げて私の背後に隠れた。


「ひぃっ! エミリア、あれをどうにかしてくれ! 赤い体に黒い斑点……まさか、毒を持っているんじゃないだろうな!?」


その姿は、魔法省のエリートとはかけ離れた、情けない現実を突きつけていた。私はため息をつきながら、そっとテントウムシを木の葉に乗せて遠ざけた。


「大丈夫、ただのテントウムシよ。毒なんてないわ。ほら、小屋に入って。まずは荷物を下ろしましょう」


私が彼を励ましながら小屋の中に入ると、中は薄暗く、埃っぽい匂いがした。窓は小さく、光が十分に差し込まない。壁には蜘蛛の巣が張られ、床には枯れ葉や小枝が散らばっていた。


「うわ……。なんというか、野趣溢れる場所だな……。掃除は、魔法で……」


オーランドが呟き、つい魔法を使おうと掌を構えた。だが、そこから放たれたのは、わずかな光の粒だけだった。


「だめよ。魔法は使えないんでしょ? ほら、まずは火を起こす準備をしましょう。このままだと暗くなるわ」


私は彼の呆然とした顔を無視し、籠から2羽の鶏を出し、小屋の隅に簡易的な囲いを作って落ち着かせた。鶏たちは、新しい環境に戸惑いつつも、すぐに地面を突つき始めた。


「ほら、オーランド。乾いた枝や葉を集めてきてくれる? 焚き火台に組むから」


私は焚き火台の場所を指示した。火を起こす準備は、前世で培った知識と経験が最も活かされる場面だ。


「え、俺がやるのか? これでか?」


彼は私が差し出した火打ち石を恐る恐る受け取った。その手つきはまるで、初めて見るおもちゃに触れる子供のようだ。


「そうよ。火打ち石で火花を散らして、乾燥した木屑につけるの」


「なるほど……。しかし、こんな原始的な方法で本当に火がつくのか? 魔法でさっさとやってしまえば……あ、あそこにも虫が! 足がいっぱいあるやつ!」


オーランドは火打ち石を手に戸惑いながら、さっそく誘惑に負けそうになっている。それどころか、小屋の壁に止まった小さなクモを見つけ、さらに私の背後に隠れようとした。彼の顔は恐怖に引きつり、額には脂汗がにじんでいる。


「ダメだよ! 魔法を使っちゃいけないんでしょ? それに、ただのクモよ。害はないから、大丈夫」


私が釘を刺すと、彼はしぶしぶ火打ち石を叩き始めた。カチカチと乾いた音が小屋に響くが、なかなか火花は散らない。彼の指は赤くなり、額にはさらに汗が滲む。やがてしびれを切らした彼は、つい小さな炎を出してしまった。


「火よ……!」


シュッと掌から放たれたのは、やはりマッチ棒ほどの心細い炎だ。その炎は、彼の指先で震え、すぐに消えてしまった。


「くそっ……! あ……」


オーランドは、まるで悪いことをした子供のように、しまったという顔をした。その顔には、魔法を使えなかったことへの絶望と、私に怒られることへの怯えが入り混じっていた。


「はぁ……。もう! 貸して! 私がやるから」


私は彼の手から火打ち石を取り上げ、冷静に火を起こし始めた。カチッ、カチカチッ。数回火打ち石を叩くと、小さな火花が散り、それが木屑に引火した。やがて、パチパチと音を立てて燃え上がる炎が、小屋の中に温かい光を灯した。


「すごいな、エミリア! お前、こんなことまでできるのか! 」


彼の情けない呟きに、私は少しだけ微笑んだ。この一ヶ月、彼に「魔法に頼らない生活」を身につけさせるのは、想像以上に大変な道のりになりそうだ。

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