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魔法都市エアルディア。
そこは、クリスタルの柱が天高くそびえ立ち、魔法の光が織りなす絢爛な輝きが夜空を埋め尽くす、夢と魔法の楽園……なんて言うと聞こえはいい。ぶっちゃけ、魔法ナシじゃ生きていけない軟弱者が跋扈する、ある意味“不便な”街だ。そんな街で、私はごく平凡な日々を紡いでいた。
エミリア、18歳。前世はアウトドアをこよなく愛する25歳女性だった私は、その記憶の残滓からか、こののどかな農家生活に妙なサバイバルスキルを活かしていた。土の匂い、風のざわめき。魔法に彩られた生活よりも、地に足の着いたこの日常こそが、私の本質に馴染んでいた。間もなく迎える卒業を控え、家業である農業を継ぐ未来が、すぐそこまで迫っていた。
そんな私の穏やかな日常を、ある日突然、台風の目がぶち壊した。
幼なじみのオーランドだ。20歳。彼は魔法の才能に恵まれ、弱冠にして魔法学園を首席で卒業、魔法省への内定も決まっている、まさにエリート中のエリート。
世間では“完璧な王子様”と持て囃されているらしいが、私から見れば、ただの「魔法至上主義の潔癖症で虫嫌いな、鼻持ちならないヤツ」だ。
彼とは幼い頃からの付き合いだ。だが、魔法学園に入学して以来、彼の態度は豹変した。休暇で里帰りするたび、彼は自慢げに魔法の成果を語り、私を「魔法も使えない、土いじりばかりしている地味な奴」と、暗に馬鹿にするような態度を取った。
一度など、私が丹精込めて育てた野菜を見て、「こんな手間のかかるもの、魔法で作れば一瞬なのに。エミリアは効率が悪いな」と、にこやかに言ってのけたことがある。その時の、私の胸の奥に灯ったチクリとした痛みは、今も鮮明に覚えている。彼にとって魔法は、万能で絶対的なものなのだ。
「エミリア、大変なんだ……!」
半ばパニック状態で飛び込んできたオーランドは、私を家の奥へと引っ張り込んだ。その顔からは、いつもの自信や余裕が完全に消え失せ、まるで迷子の子供のような不安が滲んでいた。聞けば、今朝から彼の得意なはずの魔法が、ほとんど使えなくなってしまったというのだ。
「聞いてくれ、エミリア! 今朝から、俺の魔法が……、おかしいんだ!」
彼の声は、これまでに聞いたことのないほど震えていた。完璧に整えられていたはずの金髪は乱れ、いつもぴしりとしていた魔法学院の制服も、心なしかしわくちゃに見える。
「おかしいって、どういうことよ?」
「例えば火を出そうとしても、マッチの火くらいしか出ないんだ! いつもなら、すべてを焼き尽くすような炎が出るはずなのに……!」
目の前で実践してみせるオーランドの手のひらには、確かに心もとない小さな炎が震えていた。それどころか、その炎すら、彼の動揺を映すかのように頼りなく揺らいでいる。
魔法省への内定を目前に控えた彼にとって、これは由々しき事態に他ならない。
「どうしよう、エミリア! このままじゃ内定が取り消される!」
普段は自信満々な彼が、これほどまでにうろたえる姿を見るのははじめてだ。
その情けない姿は、かつての私の心を傷つけたエリート然とした彼とはまるで別人のようで、私は内心、少しだけ溜飲が下がるのを感じた。
しかし、同時に、幼なじみとしての心配も湧き上がってきた。
私は戸惑いつつも、彼を落ち着かせ、共に原因を探ることにした。
手当たり次第に魔力回復のポーションを試したり、魔法の原理を記した古びた書物を読み漁ったりしたが、結局何の成果も得られなかった。