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追放された聖女は遠国でその国の聖女と間違えられてお帰りなさいと温かく歓迎された

作者: 幻世

「聖女ファリティア、お前の聖女の任を解き国外追放とする!!」


 朝早く王城にローデ枢機卿と共に呼ばれたわたしはデナスィー王太子殿下から聖女の解任と国外追放を言い渡された。


「デナスィー王太子殿下、わたしが何かしたのですか?」

「何もしてないから聖女の任を解くのだ」

「わしもファリティアには期待していたのだがな・・・」


 デナスィー殿下だけでなく、あろうことか同伴したローデ枢機卿までもがデナスィー殿下の味方になるような発言をしてきた。


「ローデ様?!」

「お前には失望したぞ、ファリティア」


 ローデ枢機卿がゴミを見るような目で私を見た。


「待ってください! わたしは朝から晩まで聖女のお勤めを・・・」

「見苦しい! 言い訳など聞きたくもない!!」


 わたしの言葉をデナスィー殿下が遮った。


「わたしがこの国からいなくなったら誰が聖女を務めるのですか?」

「お前がそんなことを心配する必要はない。 なぜなら遠国ヘーゲン聖王国からお前よりも優秀な聖女をすでに引き抜いているからだ。 よって、お前は無用となった」


 それを聞いてわたしは納得してしまった。


(ああ、そうか・・・王族と教会はグルだったんだ・・・)


 現に味方であるはずのローデ枢機卿がデナスィー殿下側についている時点でおかしいと思った。


「わかりました。 聖女の解任及び国外への追放をお受けします」


 わたしが恭しく頭を下げるとデナスィー殿下が厄介者を遠ざけるように手で追い払う動作をした。


「わかったなら荷物を纏めてさっさと国を出ろ」

「失礼いたします」


 わたしは1人王城を出ると教会に戻り、自室で私物を鞄に詰めた。

 それから誰に別れの挨拶するのでもなく教会から出ると先の事を考えながら歩く。


「これからどこに行こうかな・・・」


 目的もなく歩いていると乗合馬車の広場が目に映った。


「どうせ行くところもないし、あてのない旅にでも出ますか」


 広場に着くとどこ行きの馬車に乗るのか検討する。

 が、他国を知らないわたしは考えるのをすぐにやめた。

 とりあえず近くにあった馬車の御者(ぎょしゃ)に話しかけることにした。


「おじさん、これはどこ行きの馬車ですか?」

「ヘーゲンっていう遠い国だよ」

「ヘーゲン・・・」


 先ほどデナスィー王太子殿下が優秀な聖女を引き抜いた国とかいっていた。


「乗ってくかい?」


 行き先を聞いたわたしは考える。


(どこ行っても変わらないだろうし、これに乗るか・・・)


 決断するとわたしは返答した。


「乗ります」


 わたしは御者(ぎょしゃ)に運賃を払う。


「たしかに。 嬢ちゃん、後ろの荷台に乗りな」


 荷台に乗り、しばらくすると遠国ヘーゲン聖王国へ出発しました。






◆◇◆ デナスィー視点 ◆◇◆


 ファリティアを追い出した俺にローデが話しかけてきた。


「上手くいきましたな」

「ああ、これであとは遠国ヘーゲン聖王国で名高い聖女を迎えるだけだ」


 俺とローデはお互いほくそ笑む。


「それでいつ頃こちらに来る予定だ?」

「1ヵ月後を予定されております」


 ローデの言葉に俺は鷹揚に頷く。


「よし! それまでに式典の準備を急げ!!」

「ははぁっ!!」


 それから教会は1ヵ月間新しい聖女を迎えるための準備をしていた。




 1ヵ月後───

 遠国ヘーゲン聖王国の旗を掲げた馬車がテール王国に入国してまもなく王都に到着すると部下から報告を受けた。


「いよいよだな」

「ええ、これでこの国も安泰ですな」


 俺がローデと言葉を交わしていると衛兵がやってきて報告した。


「殿下、遠国ヘーゲン聖王国より聖女様が到着いたしました」

「ご苦労、すぐに行く」


 俺はローデを伴って聖女様に会いに向かう。

 王城内にある馬車止めに到着すると頃合いを見計らったように馬車がやってきた。

 馬に乗った護衛の騎士が俺に話しかける。


「馬上より失礼する。 我らはヘーゲン聖王国から来ました」

「遠いところよくぞ来てくれた。 それで聖女様は?」

「こちらの馬車の中にお出でです」


 騎士が合図するとほかの騎士が下馬して馬車のところまで行くと扉を開けた。


「聖女様、テール王国に到着しました」

「ご苦労様です」


 騎士の報告に馬車の中から労いの言葉が聞こえてくる。

 それから馬車から姿を現すと騎士の手を取って地面に降りた。

 俺はローデと共に聖女のところまで歩いていく。

 この位置からでは顔は確認できない。

 服装に乱れがないことを確認してから話しかけた。


「お初にお目にかかります。 私はテール王国で王太子をしております、デナスィーです」


 俺が挨拶すると聖女の顔が見えた。

 そこにいたのは・・・ファリティアだった!!


「初めまして、わたくしはヘーゲン聖王国から・・・」


 俺はファリティアの言葉を遮り、怒りに任せて怒鳴りつけた。


「ファリティア! 貴様! なぜここにいる!!」

「え? わたくしはファリティアさんという人ではなく・・・」


 突然のことに言い訳をするファリティアに俺は更に怒鳴りつける。


「貴様は国外追放したんだぞ! こんなところにいていい訳がない!!」

「待ってください! わたくしは・・・」


 弁明するファリティアだが、俺は容赦しない。


「ヘーゲン聖王国の聖女を騙るとはな! ここまで大掛かりな事をしてまで戻りたいのだろうが、この国(テール王国)に貴様の居場所はない! わかったらここから出ていけ! この偽聖女め!!」

「・・・ぅぅ・・・ぅぅぅ・・・・」


 俺の言葉を聞いてファリティアは顔を覆って泣き出してしまった。

 それを見ていたヘーゲン聖王国の騎士たちが苦言を呈する。


「デナスィー殿下、聖女様に何を・・・」

「それはこちらの科白(せりふ)だ! この女(ファリティア)にいくらで雇われたか知らないが、ヘーゲン聖王国を装うとはな! 今すぐこの国(テール王国)から去るなら今回のことは見逃してやる! だが、去らないというのであれば全員捕縛して牢屋にぶち込むぞ!!」


 俺の声が聞こえたのか大勢の衛兵たちが馬車止めに集まってきた。

 騎士たちがファリティアに話しかける。


「・・・聖女様」


 ファリティアは涙ながらに応じる。


「・・・帰りましょう」

「・・・はい」


 ファリティアの言葉に騎士たちが素直に従う。

 それからファリティアは馬車に戻り、ヘーゲン聖王国を騙る者たちは城から出て行った。


「お前たち、先ほどのはヘーゲン聖王国を騙る偽者たちだ。 もし、同じ奴が来たら相手にせず追い返せ。 抵抗するなら捕縛して牢屋に入れろ」

「「「「「はっ!!」」」」」


 衛兵たちは返事をするとそれぞれの仕事に戻っていった。


「はぁ・・・まったく、聖女が来たかと思えばファリティアの奴、こんな茶番まで仕掛けてくるとはな。 そこまでしてこの国(テール王国)の聖女でいたいのか・・・本当にいい迷惑だ」


 この騒動が後にとんでもないことになるとはこの時の俺は予想もしなかった。






◇◆◇ ファリティア視点 ◇◆◇


 テール王国を追放されてから1ヵ月が経過した。

 わたしは乗合馬車でヘーゲン聖王国の端に辿り着いた。


「へぇ・・・ここがヘーゲン聖王国かぁ・・・良いところだねぇ」


 のどかな景色に心を癒されるとわたしはその場で伸びをする。


「まずはこの国(ヘーゲン聖王国)で職を探さないと・・・何か良い仕事があればいいんだけど・・・」


 わたしはヘーゲン聖王国の王都を目指して道なりに歩く。

 すると目の前に男性が地面に蹲っていた。


「ぅぅぅ・・・(いた)ぃ・・・」

「大丈夫ですか?」


 声をかけられた男性はわたしを見てびっくりした。


「! せ、聖女様! なぜこのようなところに?!」


 男性の言葉にわたしは疑問を感じました。


(あれ? わたし、聖女っていったっけ?)


 そんなことを考えていると男性がわたしに縋ります。


「聖女様! お助けください!!」


 わたしが男性を見ると足から血が流れていた。


「! 大変です! 今すぐ治しますね!!」


 わたしは男性に近づくと怪我している足に手を触れる。


「神よ、聖なる力でこの者の傷を癒したまえ」


 すると手で触れた部分が光り、徐々に弱まり光が消失すると男性の傷が癒されていた。


「痛みはありますか?」

「ないです! ありがとうございます! 聖女様!!」


 男性は起き上がるとお礼にとたくさんの林檎(りんご)が入った袋をくれる。

 それを受け取るとわたしは林檎を齧りながら再び王都を目指して歩き出した。




 1ヵ月後、わたしはヘーゲン聖王国の王都に到着した。

 その間、聖女の力で多くの人を助けてきた。

 皆、聖女様ありがとうとお礼をいってくる。


(聖女としてのわたしの噂がここ(ヘーゲン聖王国)まで伝わっているのかな? だとすると、わたしって実はすごい?)


 王都の入り口に来ると門兵がわたしを見るなり顔を輝かせて話しかけてきた。


「聖女様! 戻ってきてくれたのですね!!」

「え?」


 わたしは門兵の言葉に驚いた。


(戻ってきた? どういうこと?)


 今までテール王国から出たことがないわたしは戸惑いを感じた。


「そういえば、ほかの方たちはどうしました? たしか、馬車で向かいましたよね?」

「えっと・・・」


 門兵との会話が噛み合わない。

 どうしようと悩んでいるとうしろから声がかけられた。


「聖女様が困っているじゃないか。 早く通してあげなよ」

「あはははははっ、そうですよね。 聖女様、どうぞお通りください」


 わたしは身分証の提示をせず、通行料も支払わずに王都に入れた。


(これは・・・おかしい・・・)


 道端で聖女の力を使って人助けした際に『聖女様、ありがとう』といわれるのは理解できる。

 しかし、王都の門兵に『戻ってきた』といわれるのはあきらかにおかしいのである。


(とりあえず、王都を散策するか・・・)


 わたしが街中を歩いていると地元の住民がわたしに気づいたのか指さす。


「あ! 聖女様だ!!」


 それを皮切りに周りの人たちがわたしに話しかけてきた。


「聖女様! お帰りなさい!!」

「聖女様が戻られたぞ!!」

「みんな! 聖女様のご帰還だよ!!」


 多くの人が集まってきて皆わたしが帰ってきたと喜んでいる。


(ど、どういうこと?!)


 わたしがパニックになっているとそこに1台の立派な馬車が現れた。


「おい! 通行の邪魔だ! どいてくれ!!」


 御者(ぎょしゃ)が叫ぶと周りの人たちが文句をいう。


「今、聖女様の帰りに喜んでいるんだ! 邪魔しないでくれ!!」

「そうだそうだ!!」


 周りの人たちの言葉に御者(ぎょしゃ)言葉を投げかける(爆弾を投下する)


「ん? 聖女様ならこの馬車の中にいるぞ?」

「え?」


 その言葉に辺りが静まり返る。

 不審に思ったのか馬車にいる人物が声をかけてきた。


『どうしました?』

「聖女様、外に聖女様らしき人物がいると皆がいっているのですが・・・」

『ちょっと待ってください』


 すると馬車の扉が開き、そこから1人の女性が降りた。


「「「「「!!」」」」」


 その顔を見て皆がびっくりした。

 わたしも馬車から降りた人を見る。

 そこにはわたしと瓜二つの顔をした女性がいた。

 相手もわたしに気づいたのか同じように驚いていた。


「「・・・」」


 それを皮切りに周りが騒ぎ出す。


「おい、聖女様が2人いるぞ?」

「馬車から出てきたということはあっちが本物か?」

「じゃあ、俺たちが戻ってきたと勘違いした女は偽物っていうことか?」


 周りの人々は疑惑の目でわたしを見た。


「皆さん、静かにしてください!」


 声をかけたのはわたしとそっくりの女性でした。


「わたくしはセメリムといいます。 本当はここから遠方の国であるテール王国という国で聖女としてお勤めをする予定でした。 故あって母国であるここ(ヘーゲン聖王国)に戻ってきました」


 わたしはセメリムがいったある単語に反応する。


(この人がデナスィー殿下が引き抜いたといっていた聖女か・・・)


 セメリムが名乗ったのだからわたしも名乗ることにした。


「これはご丁寧にどうも。 わたしはファリティアです。 元はテール王国で聖女をやっていたのですが、解任された上に国外追放されたので今はあてのない旅をしてここ(ヘーゲン聖王国)に来ました」


 セメリムは目を見開いてわたしを見た。

 周りもわたしが()・聖女であることに驚いているようだ。


「・・・なるほどね・・・道理でわたくしを毛嫌いした訳ですね」


 セメリムのその言葉でわたしは察した。


「もしかするとわたしと同じ容姿だったから追い出されたとか?」


 わたしの言葉にセメリムが頷く。


「ええ、ヘーゲン聖王国の聖女を騙る偽聖女といわれましたわ」


 思い出したのかセメリムから怒りのオーラを感じる。


「えっと・・・何かすみません」

「いえ、ファリティアさんが謝ることではありません。 悪いのはテール王国なのですから」


 それを聞いていた周りの人たちも怒りを露わにする。


「俺たちから聖女様を奪っただけでなく足蹴にするなんて許せねぇ!!」

「テール王国に神罰を下すべきだわ!!」

「そうだそうだ!!」


 どうやら周りの人たちはテール王国に対して悪印象を持ったようだ。


「皆さん、お静かに」


 このままでは暴動になりかねないというところで、セメリムの一声にその場が静まり返る。


「皆さんの気持ちはよくわかりました。 この件については国から正式に抗議文をテール王国に送ってもらいます」


 周りの人たちはセメリムの意見を尊重するように頷いた。

 それからセメリムはわたしを見る。


「ファリティアさん、申し訳ないのですが、わたくしと一緒に王城へ来てもらえませんか?」

「は、はい!」


 この状況で断りを入れたら何されるかわからないので、わたしは素直に頷いた。


「では、参りましょう」


 セメリムが馬車に乗ったのでわたしもそれに続いて同乗する。

 それから王城に着くまでの間、わたしたちはテール王国に対する鬱憤が溜まっていたのか愚痴を言い続けた。

 王城に到着すると馬車止めにはイケメン男性が出迎えていた。

 先にセメリムだけが馬車から降りる。


「セメリム、よくぞ戻ってきてくれた! 先の(ふみ)を見て心配したぞ!」

「ニーデル殿下、ご迷惑をおかけしました。 実は馬車の中に陛下に引き合わせたい人がいるのですが」


 セメリムは意味深な目で馬車を見た。

 ニーデル殿下は不審な目で馬車を見ながら質問する。


「それは構わないが、父上に合わせたい人物というのは?」

「ニーデル殿下、これから紹介する人物を見て驚かないでください」

「わ、わかった」


 セメリムが合図してきたのでわたしは馬車から降りる。


「なっ?!」


 わたしの顔を見たニーデル殿下は驚きのあまり声が漏れる。

 ニーデル殿下だけではなく周りにいた供回りも皆驚いた顔をしていた。


「初めまして、テール王国の()・聖女でファリティアと申します」

「え、あ、ああ、初めまして、ヘーゲン聖王国第二王子ニーデルだ」


 そこで疑問を感じたのか、記憶を辿るように言葉を紡ぐ。


「ん? テール王国? たしか、国の聖女が亡くなったから優秀な聖女を寄こせといってきた国ではなかったか?」


 ニーデル殿下はわたしを見て怪訝な顔をする。

 わたしたちはそれぞれの事情を説明した。

 最後まで聞き終わると静聴していたニーデル殿下が口を開く。


「理由は分かった。 すぐにでも父上であるトーザム陛下に会えるよう手配する。 セメリム、それにファリティア、部屋を用意するから準備ができるまでそこで休んでくれ」


 ニーデル殿下は部下に指示するとすぐに城内へと戻った。

 わたしたちは用意された部屋に案内されると一休みする。

 しばらくして、ニーデル殿下から国王陛下との面談が用意できたので案内される。

 謁見の間に通されると玉座に座っていたトーザム陛下がわたしたちを見てびっくりした。

 本来ならその場を動かずに話しかけてくるのだが、トーザム陛下はわたしたちのところまで歩いてきて見比べた。


「これは・・・双子みたいにそっくりだな。 ニーデルから事前に聞いていなければ今以上に驚いていたぞ」


 それから玉座に戻ると座り直し、謁見が始まった。

 わたしたちはニーデル殿下に伝えた内容と同じことをトーザム陛下に伝えた。

 話を聞き終えたトーザム陛下は一つ頷いた。


「テール王国での出来事は理解した。 すぐにでも抗議文を作成してテール王国に送るとしよう」

「陛下、それなのですが、わたくしに抗議文を書かせていただけないでしょうか?」

「セメリムが? よかろう」

「それと聖印を使用する許可をいただけないでしょうか?」



 聖印とは、一言でいえば印鑑である。

 ただし、普通の印鑑と違い、文書に偽りがあるとその者に神罰が下り、書類は灰になる。



 わたしがいたテール王国でも大事な書類には聖印を使うことがある。

 今回のことが余程腹を据えかねたのだろう、普通は聖印の使用許可までは行きつかない。


「セメリム、正気か?」

「はい」

「わかった。 許可しよう」

「ありがとうございます」


 トーザム陛下との謁見が終了するとセメリムは早速抗議文を作成する。

 できた文章に聖印を押下し、用意した筒に入れるとテール王国へ送るのであった。






◆◇◆ デナスィー視点 ◆◇◆


 偽聖女を追い払ってから1ヵ月後───


「デナスィー殿下、国王陛下がお呼びです」

「父上が? わかった。 今すぐ行く」


 国王陛下(父上)からの急な呼び出しに俺は急いで支度をする。

 準備が整い、使者に案内されてやってきたのは父上がよく使う執務室だった。


 コンコンコン・・・


「陛下、デナスィー殿下をお連れしました」

『入れ』


 許可が下りたので使者に扉を開けさせて中に入る。

 部屋には作業机で頭を抱えている父上がいた。


「父上、お呼びによりデナスィー、参りました」

「そこに座れ」


 父上は地面を指さす。


(仕事が忙しくて周りが見えていないのだろう)


 そう解釈した俺は勧められるように椅子に座ろうとする。


「どこに座ろうとしている? わしは床に座れといったんだ」

「え゛?」


 父上の冷徹な声に思わずそちらを見た。

 その顔は怒りに満ち溢れている。


(な、なんだ? なぜ父上は怒っているのだ?)


 俺は仕方なく床に座る。

 父上は机の上に書類を投げると俺の目の前に落ちた。


「読んでみろ」


 俺は勧められるように書類に目を通した。


「なっ?!」


 そこにはこの国(テール王国)王太子(デナスィー)がヘーゲン聖王国の聖女セメリムに対して暴言を吐いたことによる苦情と今後ヘーゲン聖王国から一切の援助をしない旨が書かれていた。


「俺がヘーゲン聖王国の聖女セメリムに対して暴言を吐いた?! なんで俺がそんなことをしないといけないんだ!!」


 それにこの書類には一つ疑問点がある。


「だいたい俺は聖女セメリムに会ってないぞ! 父上! これはヘーゲン聖王国を騙る者たちの仕業です! こんな書類は破棄してしまいましょう!!」

「・・・お前はその書類の印を見ても同じことがいえるのか?」


 父上が指摘された印を見る。

 そこにはヘーゲン聖王国の聖印が押されていた。


「これは聖印?! 嘘偽りがないという証! え? ってことは、この書類は紛れもなく本物?」


 俺は顔を蒼褪めさせた。

 聖印を押された書類に虚偽があれば、その者に神罰が下り、書類は燃え尽きるからだ。

 さらに聖印を偽造しただけでも神罰が下る。


「聖印を押された書類があるということは本物で、俺は本当にヘーゲン聖王国の聖女セメリムに対して暴言を吐いたのか?」


 俺は過去の事を克明に思い出す。

 そして、思い出したのが1ヵ月前の出来事だ。

 あの時、ファリティアがヘーゲン聖王国を騙る偽者たちを引き連れてやってきた。

 ファリティア以外を除外すれば聖女らしい人物には会っていない。


「俺が会ったのはファリティアだ! 聖女セメリムには会っていないぞ!!」

「お前の会ったファリティアというのがセメリムだとしたらどうする?」

「父上、そんな訳ないでしょう」


 父上は机の上にある一枚の紙を投げると俺は空中で捕まえる。

 そこに写されていたのは2人のファリティアだった。


「はぁっ?! なにこれっ?! ファリティアが2人っ?!」


 あまりの事に思わず大声が出てしまった。


「わしも見て驚いたよ。 ファリティアとセメリムがそっくりなのだからな」


 ファリティアと思しき人物が弁明しようとしたことを思い出す。


「あ、あああああぁ・・・ま、まさか・・・あれがセメリム?」


 俺の顔色は青から白へと変わっていた。


(もし、俺が会っていたのがファリティアではなくセメリムだとしたら・・・辻褄が合う)


 俺は今更ながらに話を聞かなかったことを後悔していた。


「理解したようだな。 それと各国から抗議文が届いている」


 父上は机の上にある一束にした書類を投げると俺の目の前に落ちた。

 俺は書類の差出国を確認する。

 隣国の帝国や皇国を始めとした世界の国々から着ている。

 内容はこの国(テール王国)に向けての抗議文だ。

 どの国もこの国(テール王国)との関係を断つ旨が書かれていた。


「それとわしはお前に王位を譲り隠居する。 あとはお前に任せたぞ」


 父上が持っていたのは王位を俺に譲ると書かれた書類だった。

 それには聖印が押されている。

 よく見ると返上対策として『王位は実子に譲るものとする』と一文書かれていた。

 未婚である俺には子はおらず、よって王位を譲ることはできない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 父上! それは無責任すぎるだろ?!」

「すでに王はお前だ。 これは覆らぬ事実である」


 それだけいうと父上は席を立ち、部屋から出て行った。

 俺は何もできず、ただただ地面に座っている。




 ヘーゲン聖王国の聖女を蔑ろにしたことが国内外に広まっているのか、俺が王に即位したあと、ヘーゲン聖王国だけでなくほかの国からも国交断絶された。

 父上、母上だけでなく俺の弟妹や貴族たちは早々に王国から隣国へと逃げた。

 平民たちも次々と隣国へ押し寄せる。

 他国への流出は止められず、テール王国は衰退をたどっていく。

 俺は必死になって国の政策に取り組むも誰の手も借りられず、1人ではどうしようもなかった。

 さらに領土を拡大しようと隣国が軍を率いて攻め込んできた。

 軍どころか人すらいない今の国では何もできず、俺は降伏するしかなかった。


 こうして国は機能しなくなり、隣国から侵略を受けたテール王国は俺の代で幕を閉じるのであった。






◇◆◇ ファリティア視点 ◇◆◇


 わたしがテール王国から国外追放を言い渡されて5年が経過した。

 わたしはヘーゲン聖王国の聖女となり、セメリムと共に活動する。

 それから適齢を迎えたわたしたちはそれぞれ結婚することに。

 お相手はセメリムがニーデル第二王子と、わたしがサーバン第三王子になった。

 2人はお互いにセメリムのことが好きだったのだが、ニーデルのためにサーバンが身を引こうとしたときにわたしが現れたとか。

 サーバンと付き合ってみたら以外にも馬が合い、そのまま婚約・結婚へと至った。


 それからわたしたちは子を授かり、幸せに暮らすのであった。


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