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チャーリーが来た

 教室に入ると、待ちかねたように小町が寄ってきた。手にスマホを持っている。

「ほら、これ」と画面を見せる。駅前の風景。

「これ、チャーリーだと思わない? 」

 朝の通勤、通学風景で、はるか向こうにちらっと男性らしき人物が見える。 

 返事できなくて困る。しかし小町はこっちの困惑なんか気にしない。

「きっともうすぐ、事件が起こるよ。」

 最近、ドイツで車の暴走事件が数件あった。群衆に突っ込んだのは移民政策に反対している中東人と、その当の中東人。事件は数日の間で起こったが、地方も違うし関連はないのじゃないかな。移民についてなんてのはずっと問題であり続けてるし。アメリカでは銃の乱射。フランスでは爆弾テロ。いずれも移民か、移民反対派の移民か。そして日本では、最近、刃物を振り回す事件。以前は自分の不幸を八つ当たりのように事件化するのが流行っていたが、最近は内面化してひっそりと死ぬのが主流だった。それがまた刃物を振り回すようになった。いやそうでもないか。最近のは、刃物は振り回さない。後ろに忍び寄って、いきなり刺す。しかも見ず知らずの人を。一人刺したら、次にまた一人。気づかれたら逃げる。そこにチャーリーはいる。刺すつもりでも躊躇いはある。後ろに忍びより、刃物を標的の背中に当てて、その時チャーリーも、男の後ろに忍び寄って、刃物を持つ男の肘を優しく押す。優しく、しかし力強く。ずぶずぶと刃物が被害者の体に入っていく。ハッとして振り向くとフードを深くかぶって顔も身長もはっきりしない男は犯人から静かに遠ざかっていく。

 チャーリーが注目されたのは、珍しくアメリカで刃物騒ぎがあった数年前だ。ストリートで刃物を持って男が騒いでいた。被害者も数名出た。その時の写真の奥に、小太りの男が映っていた。そしてしばらくして類似の事件が起こった時、やはり遠景に小太りの男が映っていた。怪奇系タブロイド紙にその二人は同一人物で、事件を起こすよう唆したのだと書いてあった。それを怪奇、不思議系雑誌が取り上げ、ネットが拡散した。男は最初、ファットマンと呼ばれていたが、アメリカで刃物を振り回す事件はあまりなく、ほどなく銃の乱射に逆戻りした、刃物系はやはり日本だ。刃物事件が起こった時、ファットマンも上陸した。ただ、名前が「ぽっちゃり君」となった。ファットマンを訳してそうなったわけだろうが、ぽっちゃり君はやがてチャーリーと名を替えた。事件地まで自転車でやってくるなんて属性も付加されたり、時速百キロで走るなんてことにもなったが、あまり広まらなかった。今は刃物事件の裏側にはチャーリーがいて、最後の行為の前で躊躇う犯人の肘を優しく押して犯罪の完遂を手助けする。体系は小太りでフード付きのトレーナーを着て、フードを被り、顔は見えないということになっている。トレーナーの前のジッパーはきちんと上まで上げているが、ちらっと見える下着は赤と黒のチェック地らしい。

 桃が小町と知り合ったのは、新学期が始まってすぐ。騒がしい同級生は不得意でそんな輪に入れずに佇んでいると、窓際で外を見ている生徒がいた。大人しそうで穏やかそうなので近づいて

「何、見てるの? 」と尋ねると、

「今、あの道を変な老人が通ったんだ」と言った。変って何? と思わず窓の外に目をやると誰もいない。

「もう通り過ぎたよ。」という。「そう」と言って彼女の顔を見た。

「小町っていうの、よろしくね」と自己紹介してきて、それから二人で行動するようになった。小町はオカルトとかが好きで、そんな話ばかりするけど、桃が何も言わす、ただ聞いているので、同じ趣味だと思っているらしい。桃は時々、間違えたかなと思いながら、でもそれならどのグループに入りたいかと言われると困ってしまう。体育系クラブのグループではもちろんないし、アイドル系、ダンス系、アニメ系とどれも違うし、孤立して端然としている数人とも違う。休み時間中も問題集をパラパラやって勉強の邪魔をしないでオーラを拡散しつつ、実は登校しながら引き籠っているのも違う。やっぱり誰かはいてほしいけど、ずかずか入ってくるような人は困る。と言って自分から声はかけられない。小町の時はまさに偶然というか、きっかけがうまく作用したからで、とてもまたやってごらんと言われたら、無理無理と言うだろう。

 小町は今「チャーリー」にはまっていて、話題は彼一辺倒。仕方なく桃は静かに聞き役に回る。どこそこに出没しているらしい。駅前に現れた。チャーリーは実は日本人なんだって。いや〇〇人だ。どうでもいいそんなことをスマホ画面の、「チャーリー」サイトを示しながら説明する。数件の熱心や、おふざけのツイートが並んでいる。それにしても平和だ。空は青い。

 そんな小町が新学期早々、学校を続けて休んで三日目。放課後に担任から名前を呼ばれてちょっとと言われた。小町のお母さんが来てるんだけど会ってくれないかと言われた。小町がどうかしたんですか、と問うと、家出したらしい。行方を知らないかと聞かれた。小町のお母さんが君の名を知っていて、会わせてほしいと言われた。良ければ会ってほしいと言われて担任と玄関ホールに行った。小町の欠席の理由さえ知らなかった。お母さんはがっかりした様子だった。桃さんとは映画の趣味が合うと言ってて安心してたんです。桃さんとなら仲良くなってほしいなと思っててとお母さんは言った。3日前薬の飲みすぎで病院に運ばれた小町はその病院から姿を消した。病院を抜け出し、勝手に家に忍び込んで私物をカバンに詰めて姿を消したと。

 どうやら小町はリストカッターでオーバードーズも繰り返していたらしい。知り合って早々、小町とちょっとした諍いのあった時があった。しつこくチャーリーの話をする小町に、ちょっとおかしいかなとおずおずと話の矛盾点などを指摘すると、小町は次第に黙り込み、下を向いて、気が付いたらなんだか様子がおかしくなっていて、あ、まずいと直感的に気づいたとき、小町が突然立ち上がって猛烈な勢いで教室を飛び出し、しばらくしたら真っ赤に染まった分厚いトイレットペーパーで手首を抑えながら「ああ、すっきりした」とか言いながら、教室に戻ってきた。「気分が悪くなって吐きそうで。昨日嫌いな魚を食べたからかな。吐いたらすっきりした」とかしゃあしゃあと小町は言っていた。他の生徒は気づいていなかったが、腕の血まみれのトイレットペーパーからは今にも血が垂れそうだった。怖くて聞けなかった。視線に気づいた小町は「ああこれ、途中で躓いて手をついたら古傷のかさぶたが取れちゃった」とか言い訳してた。

 昨日は、放課後帰ろうとしている桃に廊下で見知らぬ生徒が声をかけてきた。不良ではないが、様子のおかしい数人の女学生で「小町、どうしたの」と言われ、「えっ」と言うと「ああ、いいわ」と言って離れていった。顔色が悪く、髪も皮膚もかさかさというか、不健康そうで、どんな知り合いかと思っていたが、どうやら小町の、別の付き合っているグループらしい。母親は当然そんなグループとの付き合いを好ましく思ってなく、小町は桃を前面に立てて親を安心させていたのではないか。桃との付き合いは映画ということだったが、もちろんスプラッターやホラーなんて言ってないだろう。

 小町がいなくなると他の誰かが声をかけてくる。人には一定の付き合いの量のようなものがあって、欠けると別の何かが埋めようとするのだろうか。まず古典の肥田という教師が声をかけてきた。最近小町を見ないが病気かと廊下で声をかけてきた。名前の通りずんぐりで小太り。ハンプティダンプティのような体型で、まさしく名は体を表すの通り。この教員は確かに桃と小町のクラスを担当しているが、日ごろそれほど生徒に関心があるように思えず、ちょっと意外な気がした。そしてすぐ、数学の斉加年という教員も同じように声をかけてきた。こちらはやせ形で背がひょろひょろと高い。全く対照的だがどちらも男で中年。そしてこちらは声はかけてこないが、以前小町のことを聞いてきた顔色の悪い女子学生の小グループ。こちらはいつも廊下の向こう側からこちらを見ている。声をかけたいのか、監視しているのかわからない。クラスの生徒たちも何かと声をかけてきた。他校の男子生徒といつも一緒にいた、しかもいつも相手が違うとか、バイトしてて金回りがいいとか、そのバイトのせいで夜遅くよく街を歩いていたとか、男に家まで送らせていたとか、中年のおやじとも歩いていたとか、もういろいろな話をちょっとしては離れていく。小町はいくつもの顔を持っているのか、ただ寂しがり屋で会う人会う人すべてに話を合わせていたのか。しかしそんな話を聞いてから、周りの風景が少し変わった気がする。例えば駅前で肥田を見かけた。通勤という様子でなく、駅前で誰かを探してるとか待ち合わせてるとか、不健康そうなグループも駅前で見かけた。ただそれだけのことなんだけれど。

 小町がいなくなって、誰彼と声をかけてくるが、よく考えるとみんな小町のことで桃本人についての話ではない。周囲は桃を小町の保護者のように見ていたのだろうかなどと思ってしまう。「ほら、小町の友達の」とか「よく小町とつるんでる」とか言われているのだろうか。小町はそれほど交友関係が広かったのか。

 何か生活が変わったとか、そんなわけではないのだが、なんだか周囲の雰囲気が変わった気がしていた。周囲が声をかけてくるほど、小町と親しかったという気はない。しかし、周囲が声をかけてくるのに、当の桃は何もしない。探さないし、聞いて回りもしない。それを周囲が不審に思っているとか、責めているように何となく思えてきて居心地が悪い気がする。でも実際何も知らないし手掛かりもない。小町が家出をしてまだ数日で、たぶん友人の家にいるのだろうけど、なんだか、ずいぶん時間の経ったような気がした。そんな夜、机に向かって何となくスマホをいじっていて、ふと窓の外を見ると道路の真ん中に立ってこちらを見ている人がいる。若い女性のようで小町かと思った。隣にはロングコートにフードでよくわからない人物。しかし、体つきから男性と思われる。年齢も分からない。良く見えない、望遠鏡などあるわけないし、机のスマホで写メを撮り拡大しようと一瞬スマホに目をやり、窓の外を見た時にはもう誰もいなかった。小町は桃の家に来たことなどない。住所を教えあったこともないけど、知るつもりなら何らかの手はあるだろう。しかし。

 あれは小町だったのか、本当にこちらを窺っていたのか、隣の男は誰なのか、分からないことだらけで気持ちが悪い。

 塾の帰りに駅前を通ると肥田がいた。駅にむかっているというより、駅前で人を探している感じ。声をかける気もなく、そのまま家に帰った。そして夜の最後のニュースで駅前が画面に出た。人が刺されたらしい。詳細はまだわかっていないというのでスマホに切り替えて検索すると、通り魔ではないらしい。顔見知りの犯行で学生らしいということだが、本校の生徒ではないし、知り合いでもなさそうだ。駅前の雑踏の写真で肥田は確認できなかった。これで桃が駅前を通った時事件でも起きていれば、一連の小町の失踪事件とか、チャーリーの話に何か因縁めいたものを感じるのだが、もう家に帰ってきているし、知り合いでもなさそうなので、気が抜けたというか、関心がちょっとなくなった気がした。それでもベッドに入るとやっぱり考えてしまう。桃の窓を見上げていた女性が小町だとして、横にいたのは肥田だろうか。フード付きのコートだったので、もしかしたら、中で厚着して痩せた体系をごまかしているのかもしれない。だったら、数学の斉加年かもしれない。と考えてなぜ本校の職員ばかりが頭に浮かぶのか。他に思い浮かぶほど世間が広くないからだろうけど。暴走族とか不良とかと付き合ってるんだろうか。ちょっと違う気がする。付き合っていてもそれとチャーリーとは違う。小町がチャーリーというのはどうだろう? じゃあ横にいたのは? 第一桃の部屋を眺めていたのが小町とは限らないし、桃の部屋を眺めていたんじゃないのかもしれない。そのほうが自然だ。桃の部屋を覗きたい人物など思いつかないし、小町だって桃の部屋を覗きたいわけでもないだろう。桃に何かを伝えたかった? なんだろう? 危険を伝えたかった? 私は話を複雑にすることで楽しんでる、そんな自分を感じて桃はおかしくなった。ふと、背後に気配があった。思わず振り返る。部屋の中で今家の中には誰もいるはずはない。絶対誰もいない。分かっているのにドアの向こうまで行ってしまう。家のなかは暗い。誰もいない。なのに一度感じた気配は消えない。小町のわけないよね。自分に言い聞かせる。小町が後ろにいるはずはない。分ってるのにリアルな感覚がある。確かに立っている。小町の顔がお母さんの顔に変わる。

 翌日登校すると、駅前の事件でみんな盛り上がっていた。怖いと言いながら楽しそう。人の不幸は蜜の味なのか。自分に関わりのない大惨事はお祭りなのか。それでも次第にテンションは下がり、昼頃にはもう日常に戻りつつあった。そんな中、教室の片隅から聞こえた話。駅前でナイフを振り回していた男の後ろに小町がいたという。どこまで信憑性がある話か分からない。ほぼデマだろう。でももし本当なら。小町は駅前で事件を起こした少年たちとつるんでいた。知り合いだった。

 家に帰る。テレビを見る。新聞を見る。三面と言われる記事を読む。占い師が信者を殺した。新聞の下面の本の広告を見ると、宗教とか運勢とかの怪しげな本の広告。地獄とかあの世とか、誰が買うのだろう。今地獄にいる人を、巧みな言葉で更なる地獄に突き落とす。宗教とは救いではないのか? そう言えば児相の先生が言ってた。不良と言われて深夜に集まったりしている若者は互いのプライベートをほとんど知らない。誰も自分の家族のことなど話さないのだけど、とてもそれぞれの環境が似ているらしい。好きな色とかも一緒なのだそうだ。似た者同士。似た環境に生きる者同士が集う。そして食い合う。声をかけて優しい言葉で誑し込み、女や弱いものを食い物にする。店に紹介して上前を撥ねる。店も女が未成年、中高生だと知って知らん顔をする。そんな店がある。食うほうも食われるほうも、聞けば同じような家庭環境。占い師の記事の横には自分の娘を性的に虐待する男たちがネットで互いの情報を共有していたという記事。中年男の楽しそうな笑顔が思い浮かばれる。この世で最も楽しそうで下卑た笑顔。世の中には、厳格な父と優しい母素直な子供が家族の正しい形だと人に強制する者がいる。あたかもそんな家族が古代からずっとあったかのように言いふらして自分たちの価値観を普遍性のある正義だとばかり押し付け、多様性を認めない狭隘な思想の持主。そんな彼らも神経症を病んでいるのだろうが、子供を虐待する者は生き物としてもう、終わっている。原生生物で子孫を産めるだけ産み、環境が厳しければ、互いを食い合うことで生き延びようとする。蝮の母は卵を慈しみ、面倒を見、なのに孵化直前には姿を消す。共食の習性がある蝮は孵化した我が子を食べるため、それを避ける本能だそうだ。生き残りをかけた本能。だが彼らはそれを超えている。我が子を自分の快楽の道具にする化け物。まさしく化け物。サトゥルヌスを超える化け物。そんな環境の中で育ち、生き延びた子供たちもきっと化け物の教育が成長と共に開花するのだろう。これは貧困の問題ではない。確かに貧困家庭ではより問題が起きやすいかもしれないが、化け物は有資産階級にもいるだろう。子供は今、どこにいても安全ではない。もし万一まともな親の元にその子が生まれたならその僥倖を寿がねばならない。しかし、周囲には化け物やその子供たちがいるかもしれない。彼らが何かするかもしれない。子供たちは必死にスマホで身を守る。スマホの盾しかないのだ。近い将来、いやもしかしたら、例えば中学生の英訳問題で「私は彼に会いたい。」に「直接、フェイス ツウ フェイスとかイン ダイレクト」などと言う条件が当然付くような時代になる、いやなっているかもしれない。人々はもうスマホの画面を通して人と介するようになる。人と直接接するのは感情労働者のみになるかもしれない。児相の先生がそんなことを言っていた。

 桃と小町が友達ならば同じような環境に育っている。いやそんなことはない。確かに二人とも父はいない。しかし父と暮らしていない者などいくらでもいる。父と暮らしていても先ほどのような虐待する父ならいないほうがましだ。だから父がいないことは何も語っていない。桃は自傷などしない。薬も飲まない。そんなのは中学で終わった。今頃始めた小町とは違う。小町のお母さんが言ってた。小町は最近になっておかしくなった。今までは何の問題もないいい子だったって。

 この前、倫理の時間で承認欲求と言う言葉を習った。最近の政治に携わろうとする者、経済で成功してスマホ画面で自分がいかにモノを持っているか誇ろうとする者、他者のSNSに言いたい放題書き込んで自分を正義だ、人と違う見識があると誇示したがっている者。すべて承認欲求の権化に見える。政治になど興味がない。誰かを攻撃して笑いものにすれば、みんなが注目してくれる。モノもそう。ほんとに欲しいわけではない。何か言って何かを変えたいわけではない。ただ、注目してほしい、認めてほしいだけ。本来家庭ですべきことが外にあふれ出ている。本来家庭は安全なものだった。そこで認められ、自分に自信を持ち社会に出ていく。今は家族はいても家庭はない。いきなり社会で自分の存在をアピールし、居場所を作らなければならない。そのためには金が要る。闇バイトも仕方ない。体で稼ぐしかない。あるいはオンラインで何か。スマホの盾が、矛になる。他人を傷つけても仕方ない。それをしないと自分が傷つく。

 下校時、駆け寄ってきた見知らぬ生徒が、

「ねえ。小町の友達でしょ。助けてやって。あの子、今日の晩、駅前にいるよ」と告げてすぐ去っていった。自分でやればいいのに。どうして私がと桃は思う。

 今晩と言われても何時か分からない。宵の口から駅前をブラブラして、ずっといると誰かに気づかれたらまずい気がして本屋に行ったり、コンビニに入ったり、そういやレンタルビデオ店に随分長くいってないなと思ったり、そのビデオ屋は中はどうなってるんだろう、前とはもう様子が変わった風だなと思ったりして、駅前を行ったり来たりしているうちに、肥田が現れた。斉加年も現れた。キャラクター総出演かよなんて思う。二人は駅の東西に分かれている。お互い、いることは知ってるんだろうな、なんて考え、見つかるとやばいので二人を意識しながら周りを窺う。知ったような顔があったり、突然塾や予備校が始まる、あるいは終わるのか、一時学生数がどっとと言っても数人だが増えたり、酔客が混じりだしたりと人の層が緩やかに移ってきて、そろそろ潮時かな、人も減り始めたしと思った頃、小町が現れた。数人の男女のグループの中にいる。外の男女は笑ったり話したりしてる中、小町だけは手を引かれるようにして、まるで夢遊病のような虚ろな雰囲気だ。生気がない、意識がない? よく見ると服は何日も着たままのようで薄汚れてるし、見える手足や顔にあざがあるようにも見える。よく見ると裸足だ。なんだか、ヤバイ。これはやばい。何気ない風を装ってゆっくり近づく。何かに躓いたか小町がグループからわずかに遅れ、手を繋いでいる少女が戻そうと少し強めに手を引いたタイミングで桃も小町の手を取り、強引に手を引いた。少女が一瞬抵抗のなかった小町からの反応を感じて、あれっとした顔をした時、桃は小町の手を引いてダッシュしていた。小町は従順についてきていた。そばの小道は駅の向こう側に行くアンダーパスになっていて急な長い階段なのであまり使用者はいない。桃と小町は一気に駆け下りた。さっきまでの生気のない、夢遊病者のような小町がよく反応したと思ったのは後のこと。少年少女のグループは一瞬のためらいの後、二人を追いかけようとしたが、何分狭くて急で暗い。誰が先頭かとい一瞬お見合いの様子もあって、スタートが遅れた。降り切った先のタクシー乗り場で停車中のタクシーに飛び込んで桃の家の住所を告げた。

 考えてした行動ではなかった。体が勝手に反応していた。そして反省はなかった。もしかしたら肥田や斉加年も小町を保護しようとしてたのか? 車の中で二人は話さなかった。タクシー運転手も寡黙な人で助かった。まずはうちで話を聞こう。

 近づくとかすかに匂ったので、小町にシャワーを浴びさせ、適当に服を用意した。カップ麺を用意した。始めはおずおずと、しかし食べ始めると猛烈に食べ始めた。よほど空腹だったらしい。

「家には誰もいないから安心して。小町が嫌なら家に連絡しないし、ここにいたらいい。落ち着いたら話をしよう」と食べている小町に言ったが、食べることに夢中らしい。

 着替えるときにちらっと見えたが全身あざだらけだった。袖に手を通すのに難渋してたので手を貸そうとしたとき、手に触れるか触れないかの時点で素早く手を引いたので驚いた。駅前では意思がないかのように相手が誰であろうと、するままにしていたのに。そう言えば、階段を降りるときは転げ落ちそうだったが、それでも反応していた。食事も勢いよく食べていた。行動に緩急がある。いや突然目覚めるような、それでいてまたすぐ眠りにつくような。

「大丈夫だよ、小町、大丈夫だよ。」そう言ってゆっくり近づく。ゆっくり手を広げて小町をハグする。

「ここには私たち二人以外誰もいないから、大丈夫だよ。」そう言って頭をなでる。小町は落ち着いてきたようだ。こちらのなすがままになっている。さてどうしようか。警察? 小町の家? まずは小町がいいというなら小町の家に連絡を入れよう。たぶん、何の解決にもならないだろう。また小町は同じことをする。家族は小町を守らない。警察は小町を家の人に任せようとする。しかし、こちらが判断することじゃない。

 二人ソファーに座って桃が小町を抱きしめる。小町は眠っているのか、目を閉じて静かにしている。ブランケットを被って二人でくっついている。

「疲れたなあ、もういいよ」小町がだるそうにつぶやいた。人に聞かせる気はなく、独り言のようだった。大変な経験をしたんだろうなと桃は思った。そしてそのまま桃も少し眠ったようだ。気が付いたら小町が桃の学習机に向かっている。よく見ると机の上のカッターを手にしている。手首を切っている。太股の内側を切っている。流れる血をみつめている。桃は立ち上がってゆっくり静かに小町に近づき、優しく後ろから抱きしめる。

「小町、落ち着いた? 」小町は自分の流れる血を見つめている。

「小町、どうしたい? 家に帰りたい? お母さんに連絡しようか? 」小町は反応しない。ただ自分の傷口を見つめている。

「もう少し、落ち着きたいの? あと少し? 」やはり小町は反応せず、ただ傷口を見つめている。

「いいよ、気の済むまでやっていいよ。」小町は手首にカッターを当て、静かに引いた。薄くにじんだ血がゆっくり玉になって手首を流れ落ちる。

「ここには二人しかいないから、周りを気にしないでいいよ。気の済むまですればいい。手伝ってあげようか? 」

 桃は手首に当てている、カッターを持っている小町の右手に自分の右手をかぶせ、

「少し深くしてみようか? 痛みや血の量が少し増えるから、きちんと感じられるかもしれないよ。

 大丈夫、何度か自分でもしてるし、他の人にもしてあげたこと、何度かあるから。みんな喜んでたよ。自分だけじゃ勇気がだせなかったって。だって友達だもんね」 

 そう言って、桃は少し力を入れ、右手をゆっくりスライドした。

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