6.罠師エミリー、ダンジョンを要塞へ
ダンジョンマスターのアースと、土魔法の使い手エミリーは、ダンジョンが一望できる最上階のダンジョンマスタールームにいた。そこは、アースの意識が最も集中し、ダンジョン全体を掌握できる特別な空間だった。アースは、エミリーを危険な目に遭わせたくないという思いから、戦闘には参加させず、常に自分の傍に置いておきたいと考えていた。
眼下には、エミリーが土魔法で作り上げた、複雑に入り組んだ通路が広がっている。アースの指示のもと、エミリーはダンジョンマスタールームにいながらにして、土魔法でダンジョン内に罠を構築していく。土魔法で土を操り、岩を生成し、落とし穴の底に鋭利な石の針を無数に並べていく。その手際の良さは、まるで長年土と戯れてきた職人のようだった。二人の共同作業は、予想以上にスムーズに進んだ。
(エミリー、なかなかやるじゃないか……)
アースは、ダンジョンマスタールームから、エミリーの作業を見守りながら感心していた。言われた通りに土を操るだけでなく、自らアイデアを出し、より巧妙で効果的な罠を次々と生み出していく。例えば、通路の天井に土魔法で擬態させた岩を仕掛け、侵入者が特定の場所を踏むと落下してくるという罠。あるいは、一見普通の地面に見えて、実は足を踏み入れた瞬間に足元から泥が迫り出し、身動きが取れなくなる泥沼地獄など、発想力が豊かだった。
しかし、作業中、アースはエミリーがどこかかしこまっていることに気づいた。常に敬語を使い、必要以上に遠慮しているように見える。
「エミリー、そんなに気を遣わなくてもいい。もっと楽にしてくれ」
アースが声をかけると、エミリーはびくりと肩を震わせた。土魔法で岩を生成する手を止め、ダンジョンマスタールームに響き渡るアースの声に、少し緊張した面持ちで応えた。
「え……? で、ですが……アースさんはダンジョンマスターですし、私は……ただの居候、みたいなものですから」
「ダンジョンマスターだからって、そんなに畏まられると逆に落ち着かない。それに、これから一緒にダンジョンを運営していく仲間なんだ。それに、お前には借りがある。孤独から開放させてくれた恩は、そう簡単に忘れられるものじゃない。それに、俺はお前に危険なことはさせたくない。だから、いつも傍にいてほしい」
アースは、少し照れ臭そうに付け加えた。
「もっとフランクに話してくれて構わない」
アースの言葉に、エミリーは少し戸惑った表情を浮かべたが、意を決したように口を開いた。
「……わかった。じゃあ、遠慮なく言わせてもらうね。アース、でいいかな?」
「ああ、構わない」
「うん。あのさ、アースって、一体何者なの? 急にダンジョンマスターになったって言われても、正直、全然想像つかないんだけど。それに……」
エミリーは、眼下のダンジョンを見下ろしながら、少し気まずそうに言葉を続けた。
「スライムしかいないダンジョンって……ちょっと寂しくない? せっかくダンジョンマスタールームもあるのに、肝心のスライムはたったの四匹……。もっとこう、ドラゴンとか、強い魔物がいてもいいと思うんだけどな」
エミリーの言葉に、アースは自虐的な笑みを浮かべた。
「ああ、本当にそう思うよ。俺も、まさかダンジョンマスターになって、最初にやることがスライムの強化だとは思わなかった。しかも、まだたったの四匹だし……。まさに、スライムしかいないダンジョン、って感じだよね。でも、スライムだって、可能性を秘めているんだ。信じてくれ」
アースは肩をすくめ、冗談めかして言った。
「俺もよく分からないんだ。気がついたら、このダンジョンと一体化していた。それまでの記憶も曖昧だし……スライム以外の魔物を召喚することもできるけど、今はスライムを強化することに力を入れているんだ。最強のスライム軍団を作って、世界を征服する……なんてな」
アースは冗談めかして言ったが、エミリーは目を丸くして真剣な表情になった。
「ええっ!? 記憶喪失なの? それは大変だね……って、スライムで世界征服!? それ、本気で言ってるの? アースって、もしかして、結構ヤバい人……?」
「まあ、冗談だよ。でも、スライムだって、育て方によってはものすごく強くなる可能性を秘めていると思うんだ。それに、スライムは可愛いし」
「可愛い……? スライムって、ヌメヌメしてて気持ち悪いじゃん……」
「それは、まだスライムの本当の魅力を知らないだけだ。それに、うちのスライムは特別製だぞ? 毒を持っているし、知能も高い。そのうち、言葉を話せるようになるかもしれない」
「言葉を話すスライム……。想像できない……。でも、アースがそう言うなら、そうなのかもね」
「そう信じている。それよりも、罠作りはどうだ? 順調に進んでいるか?」
アースは話を切り替えた。エミリーはハッとしたように顔を上げ、ダンジョンマスタールームに備え付けられた土魔法用の魔法陣に手をかざし、作業に戻った。
「うん、バッチリだよ! 今回作ったのは、まず、さっき言った落とし穴。これは、敵が落ちたら確実に串刺しになるように、針の間隔とか、深さとか、かなりこだわって作ったんだ。針は、土魔法で生成した岩を加工して作ったんだけど、結構鋭くできたと思う。あとは、踏むと足元から泥が迫り出して、身動きが取れなくなる罠。これは、敵の動きを封じるのに役立つはず。魔法使いとか、動きが鈍い敵には効果てきめんだと思うよ」
エミリーは目を輝かせながら、罠の構造を説明した。アースは、彼女の才能に改めて感心した。エミリーは、ただ魔法が使えるだけでなく、罠の構造や効果を理論的に理解し、それを的確に実行する能力を持っている。
(落とし穴に泥沼か……。エミリーのアイデアは、本当に素晴らしいな。こいつがいれば、俺のダンジョンはもっと強くなる)
数時間後、ダンジョン内に新たな罠が完成した。巧妙に隠された落とし穴、足元を奪う泥沼、そして、通路の天井から土魔法で生成した岩塊を落下させる罠。エミリーの才能によって、ダンジョンは一気に要塞へと姿を変えた。通路の壁には、土魔法で周囲の岩肌と完全に同化させた擬態の岩を配置し、一見すると自然な洞窟のように見える。だが、一歩足を踏み入れれば、そこは死の罠が待ち受ける地獄となる。
「どうだ、アース? 私の作った罠、気に入った?」
エミリーが誇らしげに尋ねる。額には汗が滲み、頬はほんのり赤らんでいる。
「ああ、最高だ。お前の才能には、本当に驚かされる。ありがとう、エミリー。お前は、最高の罠師だ」
アースは心からの感謝を込めて言った。
その時、ダンジョンの入口に新たな反応を感じた。
(……誰か来た!)
アースとエミリーは顔を見合わせ、警戒を強めた。アースはダンジョンマスタールームから、スライムたちに指示を送り、戦闘態勢に入る。エミリーは、アースの隣で、土魔法の発動に備え、魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。