ex.焼肉のタレ革命
ダンジョン生活も長くなり、スライムたちが用意してくれる食事には、とうとうアースとエミリーも飽きが来ていた。干し肉、そこらへんの木の実、時折採れるキノコといった簡素なメニュー…。スライムたちは主を支えるため、全力を尽くしていたが、素材が限られている以上、どうしても味に限界があった。
「……たまには美味しいものが食べたいなぁ」
エミリーが、モゴモゴと木の実を噛みながら呟いた。アースも、同じように苦い顔をして答える。
「本当にそうだな……。これじゃキャンプ生活と変わらない。せっかくのダンジョン運営なんだし、もっと豪華な食卓にならないもんかね」
そんなある日、状況が一変する。マペット情報網構築の成果が表れ、人里の食料をダンジョンに持ち帰ることができるようになったのだ。マペットたちが諜報活動のついでに調達してきた食材は、干し肉や木の実とは比べ物にならないほど種類が豊富だった。新鮮な野菜や肉、魚、パン、さらには調味料までが運び込まれた。
「……すごい! マペットたちがこんなにたくさん集めてくるなんて!」
エミリーの目が輝いている。その横でアースも、食材の山を見て感動を隠しきれない様子だった。
「これでようやくまともな食生活が送れるぞ! 今夜は盛大に宴会を開こう!」
スライムたちも必死に準備を手伝い、ダンジョンはかつてないほどの活気に沸き立った。そして、久しぶりに豪華なメニューが並び、宴会が開始される。料理はどれも美味しかったが、アースはどこかしっくりこない表情を浮かべていた。
「美味しいことは美味しいんだが……なんかこう、パンチが足りない気がする」
そう、現代日本人の舌を持つアースにとって、それは“物足りない味”だった。そんな中、新しく持ち込まれた食材の中に、「醤油」「酒」「砂糖」「ニンニク」「生姜」などの調味料を発見したアースは、あるアイデアを思いつく。
「……これだ! この材料が揃ってるならアレが作れるぞ!」
アースはエミリーに「ちょっと席を外す」と告げ、調理場へ向かった。そこではスライムたちが日持ちする保存食を作っていたが、アースはその片隅で何かを作り始める。彼が作ろうとしていたものは……**「焼肉のタレ」**だった。
醤油や砂糖、みりん、ニンニク、生姜を絶妙な配合で混ぜ合わせ、じっくり火にかけて味を調える。しかし、一筋縄ではいかなかった。甘すぎる、薄すぎる、風味が足りないといった失敗を何度も重ね、焦げ付きまで体験する有り様。
それでも現代人の知識を最大限活用し、アースは試行錯誤を繰り返した。ダンジョン中に醤油の香ばしい香りが漂い始めたその時、ついにその液体は完成したのだ。
「よし! ついに焼肉のタレが完成したぞ!」
意気揚々と宴会場に戻ったアースは、エミリーやスライムたちに焼肉のタレを試させた。
「これをかけて食べてみて! 味が全然変わるから!」
最初は怪訝そうな顔をしていたエミリーだったが、一口食べた瞬間、表情が一変した。
「なにこれ! めちゃくちゃ美味しいじゃない!」
スライムたちも、タレを絡めた料理に夢中になり、次々と食材が小皿から消えていった。
「信じられない……ただでさえ美味しかった料理が、こんなに美味しくなるなんて!」
エミリーはそれ以上スプーンを止めることができず、あっという間にさらなる料理を平らげていった。
最後には宴会場がまるで戦場のような光景となり、山ほどの料理が空っぽに。エミリーは笑顔で尋ねる。
「ねえ、アース。このタレどうやって作ったの? スライムたちにも教えてあげられる?」
アースは快く、焼肉のタレの作り方を教えたが、そこで1つの問題に気づいてしまう。
「……この材料、ダンジョンにはあまりないんだったな」
エミリーの表情も曇る。持ち込んだ分もいずれ尽きる。それに気が付いた瞬間、楽しい宴会には少し切なさが漂った。
しかし、それ以降、奇妙な現象が起き始める。なぜか、焼肉のタレの作り方を教えていないはずのマペットたちが、しれっと自分たちで材料を集め出したのだ。
そう、諜報活動の傍ら、彼らは副業を始め、人里で金銭を稼ぎ、タレの材料を揃え始めた。しかもこんな理由からだった。
「あのタレ……いい匂いだったな。俺たちだって、それで何かを食べたいよな……」
表には絶対出さず、淡々と動くマペットだが、美味しいものへの欲望は例外ではなかった。
エミリーはその状況に気づくと、にこやかに微笑みながらアースに囁いた。
「アース、マペットたち、自分のためにタレを作ろうとしてるみたいね」
その言葉を聞き、アースは面食らいつつも肩をすくめた。
「まあ……みんな同じ舌を持ってるってことだな。俺たちも、きっともっと美味しい生活が送れるようになるぞ」
こうして、焼肉のタレはダンジョン中で珍重され、マペットたちが裏で副業として稼ぎ、スローライフを支え続けたのであった。