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 心臓がばくばくと音を立てる。だが看護師の手は俺の体を通過した。そして床に落ちていたティッシュを拾い上げた。


「ゴミはごみ箱へ」


 ごみ箱にティッシュを捨てると、看護師はどすんと音を立てて椅子に座った。ふたたびスマホを弄りだした姿を見て、俺は快哉をあげる。

 俺は透明だ、無敵の透明人間だ。「うおー!」と雄叫びを上げても、卑猥な言葉を叫んでも、誰に咎められることもない。

 今なら厚かましいことも大胆なこともできる。俺はナースステーションの中に入って看護師の肩越しにスマホを覗いた。ちょっとエッチな漫画が見えた。

 電子音が響いた。看護師はまた舌打ちをして、だるそうに壁際のボタンを押した。


「またですかあ、今度はどうしましたあ?」


 チャンスだ。看護師がみんなナースコールを離れたタイミングを見計らって、美羽を病室から呼び出した。美羽は音を立てないよう、サンダルを手で持って階段を駆け降りた。

 1階の待合は薄暗かった。救急患者はいない。


「いいぞ、降りてこいよ」


 俺は斥候を引き受ける。

 深夜受付の窓口に事務員がうつむきがちに座っている。雑誌を読むのに熱中している。ラッキー。合図をすると、美羽は体をかがめて窓口の下の死角をすり抜けた。


「いやった! 外に出れた。三週間ぶりだあ」


 病院を出ると、美羽は走り出した。よほどうれしいのだろう。


「おい、サンダル脱げたぞ。赤信号を渡るなよ!」


 ここで交通事故にあったらしゃれにならない。


「そんな間抜けじゃないってば。先輩のうち近いのよ。ゆる坂上ったとこにあるの。ほら、あれ」


 美羽が自慢げに指をさす。病院から100メートルも離れていない。地元では大きめの邸宅だ。


「ずっとずっと、もどかしい思いだったよ。三週間先輩のことしか考えられなかった。ほら、二階の道路側が先輩の部屋なんだ。あの緑色のカーテンの。電気ついてるから寝てないな」

「よく知ってるな。もしかしてストーカーかよ」


 美羽は小石を拾うと窓めがけて投げたが目標を大きく外れた。


「ノーコン。この距離で当てられないのかよ」


 代わりに小石を拾おうとしたが掴めない。当たり前だ、俺は肉体を持たないただの霊体なんだ。


「ねえ、今日、月曜日だっけ」

「ああ、たしか……」


 俺が返事をするまもなく、美羽はインターホンを押した。


「え?」

「毎週月曜日、彼の両親は講演で帰ってこないのよ」

「詳しすぎて気持ち悪いな」


 インターホンが「どなたですか?」と落ち着いた声を返す。

 美羽は嬉々とした表情で「清水(しみず)先輩! わた……僕は高校の後輩です。先輩に重要なお話があって」とやや裏返った声で返事をした。

「はあ、ちょっと待ってて」


 たっぷり五分が経過したと思われたころ、玄関のドアが開き、すらりと背が高く手足が長い青年が現れた。飾り気のないグレーのTシャツに黒の短パンは気さくな雰囲気だ。しかしひとつだけ奇妙なものを身につけていた。自転車用ヘルメットを被っている。


「うーん」


 俺は腕を組んだ。イケメンか否かと問われれば、イケメン寄りだろうが、イケメンだと言い切れるほどイケメンではない。とくに下がり気味でお茶目な眉の下に、酷薄そうな三白眼がミスマッチだ。自転車用ヘルメットがさらに異様さを醸している。

 これがお前の言うイケメンかと美羽をみやると、うっとりした顔で、「清水先輩だ……清水慈音(しみずじおん)先輩、うわあ」と呟いている。


「うちの……後輩? 誰だっけ?」

「あの……会いたかったです!」


 美羽は清水に抱きついた。


「おい、なにすんだよ」


 引きはがそうとしても無駄だった。


「先輩のことが好きです! 勇気を出して告白にきました!」

「えええ」


 見知らぬ男に突然告白された清水は、周囲をきょろきょろ見回したあと、「ちょ、ちょっと困るんだけど」と焦りだした。「きみのこと知らないし、夜だからさあ」


 俺の身体で告白してどうする。


 美羽はしがみついたまま、ひっくひっくと泣き出した。清水は肩をすくめて「とりあえず、中に入って落ち着こうか」と美羽の肩をぽんぽんと叩いた。


 美羽は「はい」と小さく返して頷いた。


「おい」俺は我慢できずに美羽の耳元でどなった。「顔を見たら成仏するって言ってただろう。なに抱きついているんだよ。俺の身体で告白するなよ。話が違うぞ!」


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