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 ナースコールで呼ばれた看護師は元気な患者に驚いたものの、今すぐ帰りたいという要求は断固拒絶した。

 念のために今夜一晩は入院して、明日の検査で問題がなければ担当医から退院許可が出るだろうという。


「あの、わ、私、帰ります。高村君の笑顔が見れてよかったです」


 森崎が腰をあげた。眼鏡の奥で潤む瞳は安堵の証しか。


「わざわざありがとうございました。このバカが全快したらあらためてお礼に伺わせます」


 母さんが頭を下げた。


「森崎、ありがとう。また学校で会おうな」


 たとえ聞こえなくても俺は声をかけずにはいられなかった。

 問題は、勝手に動き出した俺の身体だ。いったいどうなっているんだ。

 看護師に無理を言ってカテーテルと点滴を外させた俺の身体は、傍から見ても我が儘な患者だった。

 母さんと梓は一度家に帰ることになった。担当の看護師に母さんは「息子をどうぞよろしくお願いします」とふかぶかと頭を下げさせてしまったのは申し訳ないと思う。明日の朝、母さんが退院の手続きをしに来てくれるという。

 そこでようやく俺は、俺の身体と二人きりになった。


「心配しなくていいよ。ちょっと借りてるだけだから」


 俺の身体は、俺の目を見据えて爽やかな笑顔になった。


「俺のこと、見えているようだな。貸してやるなんて言った覚えはない。泥棒! さっさと明け渡せ!」

「だからぁ、盗んでないよ、しばらく間借りさせてもらうだけだってば」


 俺の身体は、まったく悪びれたようすを見せない。


「おまえには俺が見えてるし、声も聞こえてるんだな」

「うん、私も幽霊だから」


 思わず目を瞬かせた。


「俺は幽霊じゃない」

「そうだね。生霊。でも体に戻れなかったら、いずれ死ぬ」


 幽霊は俺の顔で哀しげに微笑む。


「死ぬ……?」

「というか消滅する。魂のエネルギーは肉体から得ているから、離れると次第に枯れていくんだよ。遅くとも四十九日で、きれいさっぱりこの世から消えてなくなる」

「じゃ、じゃあ返せ。いますぐに!」


 体当たりしたが強力なゴムのようなものに跳ね返された。


「定員オーバーです。奪おうとしても無駄だよ。私が離れない限り、きみは戻れない。そんな怖い顔しないでよ。用事が終わったらちゃんと返すから」


 奪ったのはどっちだ。


「俺の身体から今すぐに出ろ! そして自分の身体に帰れ!」


 俺は理不尽なことが許せない。知らない人間を信用するほど、お人好しでもない。


「無理、もう火葬されたから」

「……じゃあ、他の身体に──」

「無理なの。私、三週間もこの病院にいるけど、憑依できる体に出会ったのは初めてなの。誰でもいいわけじゃない。波長が合わないと入れないのよ。三週間よ、三週間。長かった。今度こそと試しては落胆することの繰り返しだったのよ。ようやく巡り合えた身体なんだもん。これは神様の思し召しだと思わない?」

「都合のいい解釈すんじゃねーよ。おまえ、地縛霊なのか。この病院で死んだのか……?」


 俺の身体はこくりとうなづいた。


「そりゃ気の毒だったな。だけど人のモノを盗むのは犯罪だ」

「肉体がないと病院を抜け出せないんだもん」

「おまえ、名前は?」

「私? 生前は美羽(みう)って呼ばれてた。石川美羽(いしかわみう)

「女か」

「そうよ」


 乗り移っているのが女と知ったとたん、妙に興奮した。女に身体を弄ばれている……いや、俺は変態ではない。


「……おい、なにをしている」


 美羽は身に着けていた患者衣を脱ぎ始めた。簡素な綿の寝間着だ。


「あ、そうか、着替えがないんだ。じゃあ、このままでいいかな」


 当時着ていたであろう制服は病室のロッカーにないようだった。

 美羽は丸めた毛布をベッドの上掛けに押し込んで人が寝ているように工作すると、ベッドまわりのカーテンを引いた。無駄な動きがなく手際が良い。


「ふうん、窓は開かないタイプか。自殺企図者の患者なら妥当ね」


 窓を見て、苦笑する。たとえ開いたとしても五階から抜け出すのは無理がある。


「用事が済んだら返すって言ったな。用事ってのはなんだ」

「会いたい人がいる」


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