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 美羽はというと満面の笑みで俺の側に寄ってきた。


「先輩は一晩中私の事故のことを調べてくれたのよ。弓弦が『保険金殺人』だなんてパワーワードを投げたせいでね。嘘につきあわされた先輩には申し訳ないけど、先輩に初めて存在を認知されたのが嬉しくて舞い上がりそう」


 上気した頬をさらし、美羽はぴょんぴょんと跳ねた。


「先輩を独占できた。そんな気がする。弓弦のおかげ」


 美羽の気持ちを勝手に代弁したことは非難されずにすむようだ。

 俺は同時に清水を見直した。清水は死んだ後輩になんらかの哀悼の感情を抱いたのだろう。美羽の無念を追体験したはずだ。味方になってくれたら心強い。


「試験、終わったのか」

「ああ、現場が見たくて、終わり次第飛んできたよ。このあと、石川家を訪ねたいと思ってるが、ちょうどいいところで会った。一緒に行かないか」


 俺たちの会話を耳にした母さんが怪訝な顔を清水に向けた。


「……現場?」

「先月の11日に後輩の女子が階段から転げ落ちる事故を起こしたんですよ。僕と同じ特待生で非常に優秀な生徒でした」

「まあ」


 母さんは痛ましそうに顔をしかめた。

 そんなやり取りを横目に、美羽が俺に囁く。


「ねえ、いま身体を借りていいかな。清水先輩に思いっきりハグしたいの」


 目の前に俺の家族がいるんだぞ。無視することで拒否を伝えた。


「いまハグしたら成仏できそうな気がするのに。いま先輩に触れられたら、キスできたら絶対成仏できると思うの」


 俺の家族を前にして俺の身体を使って清水とキスしたいだと。残された人間の気まずいさを考えろよ。

 清水はおまえの死の真相を暴こうとしてくれているんだぞ。


「成仏はちょっと待て」美羽にだけ聞こえるように呟いた。「おまえのなくした記憶を取り戻せるチャンスじゃないか」


「記憶よりキスがいい!」


 真相よりセックス──よりははるかにマシだが、母さんと梓の眼前で清水に迫られたら俺が死にたくなる。

 それにもっと心惹かれるものがある。

 清水の推論だ。彼の考えが知りたい。

 俺が導き出したものと同じなのか、答え合わせがしたいのだ。


 一方、清水と母さんの会話は続いていた。会話のあいだ、母さんと梓に手持ちの傘を差し掛けているあたりが清水の細やかさだ。


「本降りになったら歩道橋に降った雨は階段に流れます。大量の雨水に足を取られた事故だったんでしょうね。事件性がなくてたいしたニュースにはならなかったようですが、この事件、聞いたことありませんか?」

「いいえ! 私たちには関係ないですから!」


 母さんは語気強く否定した。そして埃を払うみたいに手をひらひらさせる。嫌なものを見聞きしたときに見せる癖だ。


「……それもそうですね」


 虚を突かれた清水は一瞬だけ真顔になった。なにげなく問いかけただけだったのだろうが、清水はわずかに首を傾げて、すぐに微笑を貼りつけた。

 母さんは強く言いすぎたと思ったのか、弁解じみたことを口にした。


「人が死んだ話は嫌いなんです。せっかくの休日が楽しくなくなってしまうでしょう」

「不快な気持ちにさせてしまい申し訳ありませんでした」


 清水が頭を下げる。

 母さんは返事もせずに背を向けた。


 変だ。違和感が胸を叩く。たとえ清水が失礼な言動をしたとしても頭を下げた相手を無視するのはいつもの母さんらしくない。

 その背に清水がさらに問う。


「最後に確認ですが、6月11日の夕方5時頃、どちらにいらっしゃいましたか?」


 母さんの足が止まった。

 腕をつかまれている梓が首を振る。いやいやをする幼児のように。

 振り返った母さんは俺を睨みつけた。


「弓弦、帰るわよ!」


 大きく息を吸った。

 清水を見る。表情は変わらない。微笑を崩さない。

 そして美羽を見る。表情は凍りついていた。


「弓弦!」


 清水に訊ねたいことが胸中で爆発しそうに膨らんだが、俺は大きくかぶりをふり、清水と美羽をその場に残して、母さんたちと一緒に帰宅することを選んだ。


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