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 机の上には蝉の抜け殻が鎮座している。梓に押しつけられたのだ。


「蝉の抜け殻って芸術作品だと思わないか、美羽」

「興味ない」


 風呂に入り、夕飯のカレーを食べ、明日の試験最終日のためにしっかりと睡眠を取らなければいけないのだが、つい美羽に話を振っていた。

 美羽は半透明の霊体を床に横にしてふてくされている。

 水を浴びると霊体が遊離してしまうという無意識の癖に悩んでいる。夜になっても鳴きやまない蝉の声に「うるさい!」と叫び返すほどにイラついている。

 もっとも蝉には聞こえないのだけれど。

 俺には美羽のイライラがわかる気がする。

 美羽の記憶が中途半端なせいだ。思いつかないのだ。大雨がトラウマになってしまったことを。


「小学生の時は抜け殻を集めたなあ。空のタッパーに詰めて母さんにプレゼントしたよ。すげえ怒られたけど」

「蝉の抜け殻は別名、空蝉(うつせみ)というのよ。源氏物語知ってる?」


 美羽はふてくされ気味に話し出した。


「聞いたことがあるような……」

「人妻だった空蝉は一度は源氏に身を許したものの最後は衣一枚を残して源氏を拒絶したのよ。光源氏17歳の夏、空蝉は強烈な印象を残して忘れられない女になったのよ。ああ、清水先輩も17歳。わたしたちも青春の爪痕を残さないと」


 美羽の呟きは光源氏への憎悪をかきたてた。同じ17歳でもこっちは女の子の手ひとつ握ったことがないんだ。清水は人生二周目くらいの落ち着きがあって同い年とは思えない。爪痕を残せる気さえしない。


「清水ってモテるのか? あまりそうは見えないんだが」


 美羽はがばと起き上がって俺を睨んだ。


「私、気づいたのよ。清水先輩は明らかにわたしたちに惹かれてるって」

「私……たち?」

「清水先輩にとって、高村弓弦は謎なのよ。肉体関係を迫るかと思えば全身全霊で拒絶する、なにを考えているかわからない、なにを言い出すかわからない、試験問題を盗み出そうなんてクズ、いままで先輩の周囲にはいなかった。珍獣みたいな存在なのよ」

「ふたつの人格が交代で浮上する、あれなんだっけ、そういう症状だと思われたら興味もなくなるんじゃないの」

「清水先輩のハートをぎゅんぎゅん回転させ続けるのよ。そのままの勢いで行くとこまで行ってしまいましょう。私は成仏できればいいんだもん」

「美羽はそれでいいだろうけど……」


 清水が高村弓弦に関心をもっているなんて、とんでもない勘違いだと思う。スマホが着信をつげ、何気なく確認したら、思わず頬が緩んだ。

 ひとつは神村からで徹夜必至のスマホゲームのおすすめ。もうひとつは森崎からで『明日が試験最終日、頑張ろうね』という激励だった。森崎の方にだけ返信しておく。

 そうだ、試験が終わったら森崎とデートするんだった。清水に純ケツを捧げているヒマなどない。


「ちょっと、話聞いてるの?」

「おまえさ、冷たいって言われたことない?」


 美羽はきょとんと小首を傾げている。


「清水とエッチに持ち込めたと仮定する。美羽が成仏できるのはめでたいよ。だけど清水の気持ちはどうなる。あいつが美羽付きの『高村弓弦』を好きになったら、確実に傷つけることになるんだぞ。せめてキスぐらいで譲歩しろよ。俺も唇までなら許す。イヤだけど最大限譲ってやる」


 それまでには森崎とファーストキスをすませてやる、と新たに決意を固めた。


「清水先輩の気持ちかあ。正直考えたことなかったわ」

「マジか。おまえほんとに清水が好きなのか」


「……誰かを好きになるなんて初めてだもん」美羽は天井を眺めて思い出を手繰り出した。「生前は遠くから眺めるだけだったの。妄想の中でデートしたりいちゃいちゃしたりした。リアルでつきあうなんて考えられなくて。だからかな、一番興奮したのは狭い部屋に先輩を監禁してしまう妄想。誰のものでもない、私だけの先輩にするの」


 冗談かと思って鼻先で返事をした。なにげなく視線を移したら、天井を見上げる少女の顔は思いの外真剣で凜々しく、いささかアグレッシブに映った。

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