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美羽の家族が保険金殺人を計画していた、と考えてみる。
たまたま美羽を尾行していたときに運良く大雨になり、たまたま人気がなくなったタイミングで美羽が階段を降りようとしていたのをさいわい、後ろから突き飛ばした……。
偶然の要素が多すぎる。計画もなにもない。
きっと、真相なんてものはない。
欲しい本を買えてうきうきしていたら雨が降ってきたので急いで帰ろうとして足を踏み外した。ジ・エンド。
とくにおかしなところはない。
そのときの記憶を美羽が忘れているのはいいことなのかもしれない、と思い直した。あのときこうしていれば、という後悔に苦しむことがないのだから。
それでも俺は、どうしても美羽の家族が好きになれない。
「お疲れ様、首尾はどうだった?」
「ふふん。わたしがヘマするわけないでしょう」
俺の部屋で、美羽はベッドに仰向けに寝転がって鼻の穴を広げている。
「弓弦の試験は明日で終わるけど、先輩のほうの試験は一日ズレてるから……ああ、明後日、ようやく結ばれるんだわ。そうだ、予約しとこう」
美羽はスマホで清水にデートの約束を取りつけるつもりのようだ。
「よせよ。試験に集中できなくなるだろ。連絡するのは明後日の夜にしろよ」
「ううーん、待てないよお」
スマホの画面を盗み見ると『試験が終わったら合体しませんか』と打ち出されていた。
「やめろよ。そういう直截的なの、嫌いだからな、オトコは」
「そうなの? じゃあ、どう誘ったらいいのよ」
美羽は頬を膨らませる。
「うん、まずはな、汗臭いからシャワー浴びてこい」
「乙女に汗臭いとか言わないでよ。あんたの身体なんだからね」
「いいから、夕飯の前にさっと浴びてこいよ。あー、汗臭い汗臭い」
俺は美羽に執拗にシャワーを勧めた。
美羽はしぶしぶといったていで風呂場に向かった。
意地悪なことを言って追い立てたのは、清水にフザケたメッセージを送るのを阻止したかったからという理由もあるが、なによりも検証したいことがあるからである。
俺はひとつの仮説を立てていた。
美羽がシャワーを浴びる頃を見計らって風呂場に急ぐ。曇りガラスの奥から悲鳴が聞こえてこないか、倒れる音が聞こえてこないかと耳をすます。
「おかしいな……」
なにもきこえてこない。水音さえもだ。
まるで覗きをしているみたいだ。どきどきする。自分の身体なのに覗きもなにこない。なんで恥ずかしく感じるのか不思議だ。
自分の身体だという意識が薄れてきたのではないか、と考えてぞっとする。
急にガラス戸が開き、中から素っ裸の美羽が出てきた。いや、俺の身体だが。
「わかった……!」
「な、なにが」
「理由はよくわからないけど、水をかぶると意識が飛ぶのよ。だからもうお風呂には入らない!」
美羽は全裸で階段をのしのし上がっていく。
「気づいちまったか……」小さく舌打ちして俺はあとをついて歩く。「でもそれは無理だ、いまは夏なんだぜ」
「バカ兄貴! いいもん拾ってきたぜ」
玄関の扉が勢いよく開いて、蝉の抜け殻を片手に、もう片方の手は背中に隠した梓がもう接近してきた。
だが弓弦が裸だと気づくとぎょっとした表情になった。
「お母さん!! 兄ちゃんが変態になった!!」
と言うなり、隠していた手を前方に差し出して引き金を引いた。水鉄砲だ。
「あーーーー!!!!」
気を失った美羽は階段を滑り落ちる。頭を打つ前にすばやく身体に入り込んで体勢を立て直す。
なにごとかとやってきた母さんはフルチンの息子を見て眉をひそめ、娘の手中にある蝉の抜け殻を見て悲鳴をあげた。母さんは虫が大嫌いなのだ。
書道教室の女子生徒が数人、なにごとかと心配そうに顔をのぞかせる。しまった。今日は中高生の日だった。甲高い声に追いつかれまいと、股間を手で隠して猛スピードで階段を駆け上った。




