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 苦笑を浮かべた清水が口を開く前に、俺は答えに辿り着いた。


「ああ、方向音痴だからか!」

「よく迷子になったんだよ。だから決まった道しか歩かないことにしたんだ。今日は冒険したほうだよ」


 抗議めいた口調の清水は、俺よりも年下かと錯覚した。

 十七年も近所に住んでいたにもかかわらず、いままでまったく接点がなくて、お互いを認知していなかったという事実はいまさらながら不思議に思える。俺の手から空になったアイスの容器を回収してアイスの外袋に詰め込む清水は気が利いてると思うが、彼が口にくわえているアイスはもうすっかり水分といってさしつかえない状態になっている。

 なんというか……とろい奴だ。

 ちょっと角度を変えるだけで、新しく見えてくるものがあるということか。


「分けるといえば、黒いクッキー菓子あるじゃん。白いクリームが挟んであるやつ」


 なにかに背を押されるような感覚がして、気づくと今朝見た夢の話をしていた。クリームが分かれて、はないちもんめがBGMに流れてくるところまで。


「片側にクリームが全部ついてると、ほっとするというか。はないちもんめはきっと傷なんだと思う。あの遊びでは、あの子がほしいって指名するじゃん。俺、子供の頃からなかなか選ばれなくって最後に残る確率が高かったんだ。子供心に自分は嫌われていたのかなあって感じてたんだと思う」

「意外だな。弓弦は人気者だと思っていたよ」

「いま考えれば気にしすぎだと思うけどね。ガキの遊びなのにネガティブに思い込みすぎで笑うというか。清水はそんな歪んだ考えはしないだろ」


 たわいない思い出、つまらない愚痴。そんなものを清水に披露したわけは単純だった。

 好意の表明だ。あるいは返礼。清水自身は弱みを見せたという自覚はないだろう。俺はただすっきりしたいがための自己満足のようなもんだ。


「同感できない。だって僕ははないちもんめに誘われたことが一度もなかったんだ」

「え」

「いつも砂場の端っこにひとりで腰掛けて眺めていた。友だちがいなくてね」

「……そうなんだ」


 清水の告白に思わずたじろいだ。

 美羽は耳元で「はないちもんめは人買いのようすを歌にしたという説があるのよ」と博識ぶりを披露したが頭に入ってこない。


「ところで清水には霊感ある?」


 気まずい会話の接ぎ穂として、なんとか質問を捻りだす。


「霊感? 幽霊が見えるかとかそういうこと?」

「そうそう」

「霊感はない。というかその類はまったく信じていない。人は死んだら終わり。弓弦はオカルトが好きなのか?」

「……好きというか、幽霊は存在するんじゃないかなって最近考えていて……」


 清水は我慢できないといったようすでふきだした。


「幽霊なんていないよ。いるわけない。神もお化けも、祟りも呪いも、この世にはないんだ。豊かな想像力の産物さ。僕は地球の物理法則を無視する存在を認めることはできない。認めたら探偵失格だからね。この世に不思議なものはない」

「へえ」


 探偵、か。

 つい美羽の顔を見てしまった。そして自己嫌悪に陥る。


「弓弦がなにか不思議な経験をしたのなら、僕が謎解きをしてあげよう。いつでも相談して」


 夕焼けに染まったオレンジ色の病院の前で、清水と別れて帰路につく。


「うしろめたさはないの?」


 美羽は俺の肩口をつついた。


「悪かったよ。清水があんなにはっきり否定するとは思ってなかったからさ……」


 存在を否定されて、さぞいたたまれなかっただろう。俺はもちろん清水もけして悪意があったわけではない。美羽の耳に入ったのは不運な事故だ。

 すると美羽は首を左右に振った。


「清水先輩のことじゃない。校長室に不法侵入しようとしたこと、窃盗及び不正行為を企んだ件。うしろめたくはないの?」

「う……」


 反射的に答えそうになって、一拍置いた。何拍置こうが答えは変わらないと確信して、小さく息を吐いてから、胸を張って続ける。


「うしろめたさはない!」

「ふうん」

「神田よりいい点を取って梓を守るためだから。バレたら大問題だし、退学になるかもしんないし、母さんに軽蔑されるかもしれない。でもこれは優先順位の問題だ。俺は間違ったことをやろうとしてたけど、きっぱりと言える、うしろめたくはない!」


 美羽は肩をすくめた。


「答えはひとつだけじゃない。弓弦が勉強に専念して実力で勝てばいいのよ」

「正論はやめてくれ」

「弓弦の旗幟が鮮明でよかった。弓弦になりすまして試験を受けても私はうしろめたくはないし、身体を使わせてもらうのもまったくうしろめたくないから、弓弦も安心していいからね」

「……う、うん」


 上手く丸め込まれそうになっている空気は感じているが、どう反論すればいいかわからない。自己嫌悪に浸るほど俺は純真ではない。記憶がよみがえったおかげで、どちらかといえば爽快だ、ということの改めて気づく。

 清水のおかげだ。思い出せたのは清水の観察眼のおかげだ。そう気づくと、胸にぽんと花が咲いた心持ちになる。

 記憶が曖昧なのは美羽も同じだったはずだ。清水が力を貸してくれたら、美羽も晴れ晴れとした気分になるのではないかと考えた。


「美羽の死の真相も清水に解いてもらえばいいじゃないか。欠けていたピースがぴったりとハマるのは気持ちいいぞ。成仏できるチャンスだ」

「真実よりもセックスがいい」


 うしろめたさの欠片もなく、美羽は断言した。

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