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「スプリンクラーが作動したんだね。高村君、大丈夫?」


 倒れる直前に清水が抱きとめた。

 生徒が下校したあとに砂埃を抑えるためにスプリンクラーを動かすのはいつものことだった。いまは試験期間中で部活動がないため早く作動させたのだろう。

 公道にまで水が飛んできた理由はスプリンクラーの上に遮蔽物が覆い被さって、水の勢いと方向が変わったせいだ。遮蔽物は樹木の小枝のようだ。

 おそらく俺のせいだろう。


「おい、高村君……どうした?」


 清水が困惑の声をあげる。

 会話相手が目の前で突然気絶したのだから驚いたことだろう。

 清水が受け止めたのは肉体だけだ。美羽の霊体はするりと腕をすり抜けて地面に落ちる。清水は魂のない、仮死状態の俺の身体を抱きしめているのだ。

 チャンスだ。

 空いた肉体にするりと潜り込む。


「う……ん」


 地面に横たわった美羽がゆるゆると目覚める。


「ええい、放しやがれ」


 俺は清水を押し退けた。

 清水は不思議そうな顔で俺をみつめる。

 濡れた顔を手のひらで拭って、清水を顎でしゃくった。


「さっきから聞いていれば、探偵気取りのくせに手応えのないことばかり言いやがって。ほんとはなにもわかっちゃいないんだろう。かっこつけてても俺にはわかるぜ」

「高村君、きみは」

「高村君なんて言うな。言っていいのは森崎だけだ。学年は同じなんだからな。高村って呼べ」

「わかったよ、弓弦。僕のことは慈音って呼んでいいからね」


 なんで距離をつめようとしてくるんだ。

 怪訝そうだった表情は、すっかり失せて、いまは好奇心に心奪われているといった顔だ。やはり、清水はどこかおかしい。いけすかない。

 

「ちょっとどうやって入れ替わったの~?!」


 真横では美羽がパニックになっている。

 どうやってズレたのかは美羽にしかわからないだろうに。


「俺は記憶を取り戻したい。ここからぽかんと眺めただけで事故の真相がわかったというなら是非教えてくれ。わからないなら、嘘ついてごめんなさいと謝れ」

「なんてこと言うのよ~!」


 美羽は頭をぽかぽかと殴ってくるが無視する。痛くも痒くもない。


 霊体は生きている肉体に物理的な影響を及ぼせない──というのがいままでの経験から導いた俺の結論だが、美羽は俺に触れることができる。

 美羽が殴っているのは俺の霊体部分だけだとしたら納得ができる。だが他の、たとえば清水の霊体に触れることができないのはなぜなのだろう。

 俺の肉体と霊体はまだぴたりと重なり合っていないのではないかという不安が頭をもたげた。普通の人間──肉体と霊体が不可分な人間を普通というなら、いまの俺や美羽は普通ではないのだ。

 肉体を取り戻しはしたものの、俺はまだ半分死んでいるようなものなのではないか。などといった仮説がつらつらと脳裏をよぎったものの、まずは清水を蹴散らす方が先だ。

 清水をこらしめて遠ざければ俺の貞操は保守できる。ついでに清水の化けの皮をはがして美羽には失望してもらえば一石二鳥。清水への恋心、つまり未練が消失すれば美羽は成仏できるかもしれない。失意の果ての成仏は本意ではないだろうが。

 だから、さあ、清水よ、「わかったふりをしてすみませんでした」と頭を下げるがいい。そして見栄えのいいその長躯を屈してこうべを垂れるがいい。

 そうしたら偏差値20以上優れた頭をぽんぽんして「わかればいいんだよ」と大物気取りで許してやる。その瞬間を夢想しても、しかし、思ったほど気分がいいものではなかった。むしろ若干の吐き気さえ覚える。


「真相を知りたいというならもったいつける真似はしないけど……大丈夫かい?」

「……なんか、くらくらする。気持ち悪い……」

「これはいけない。熱中症になりかけている。だからさっき倒れたんだよ」


 せっかく身体を取り戻したというのに身体に力が入らなかった。


「悪いが……日影に……あと水……」


 視界の真ん中を清水のどアップが占める。心配そうな顔を近づけてくる。

 いや、こいつはもともと下げ眉だった。ほだされてたまるか。

 余白には美羽の焦り顔。その背後には午後の強烈な陽射し。視界が真っ白だ。真っ白がグルグル回る。真っ白がグルグル回っても真っ白なだけなのに、回っていると感じるのは面白い。

 ふわりと身体が浮く感じがした。昇天するのか?

 死に損ないが、今度こそ本当に死んでしまうのか。

 いやだ。こんなところで死んでたまるか。

 清水の腕の中で死ぬのは、絶対に嫌だ!

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