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「なんでテスト中に猿の叫び声みたいな奇声が聞こえてくるの」


 本日のメニュー、数学、世界史、物理が終わった。


「偏差値が低い高校にはたまに動物がまぎれてるからだよ」


 試験期間中はほとんどの生徒が放課後、帰宅を急ぐ。明日の試験に備えるためだ。


「勝負はまだ始まったばかりだ」


 神田は駆け足で帰っていった。

 英語が苦手らしい森崎は「明日は範囲広いから気が抜けないね。あ、でも高村君は退院したばかりだから無理しないでね。お先に」と言い残して先に帰った。少々寂しい。


 試験を受けていないはずの俺まで早く帰宅しなければという気になる。


 正門を出たところに、違う制服の高校生が立っているのが目に入った。

 清水である。

 俺の顔を見ると嬉しそうに微笑んで片手をあげた。

 美羽とのLINEのやり取りを思いだして不安で胸が乱れ打つ。

 なにしにやってきたんだ、こいつは。


「先輩……!」

「なぜ僕を先輩って呼んでいるのかな。同い年で、学年も一緒だろ」

「はい、あの……。よくここがわかりましたね」


 美羽の目がきらきらと輝いている。


「看護師さんが親切だったよ。あ、言っておくけど看護師さんが教えてくれたのは制服の特徴だけだから」


 看護師が個人情報を暴露したわけではないと強調する。そして作り物めいた微笑を美羽に向けたまま近寄ってくる。


「きみが気になってね。元気そうでよかった。飛び降りたの、どこ?」

「ここからだと見えないですね。裏の通用門のほうが近いんですよ」

「野次馬かよ。他校生にうろうろされるのは迷惑なんだが」


 俺の声が聞こえたわけでもないだろうが、清水は施設内には入らずにぐるりと裏にまわった。


「先輩~。もしかして心配して会いに来てくれたんですか。嬉しい~」


 美羽が片腕にぶらさがる。

 人気(ひとけ)がなくて幸いだった。清水の野次馬根性に悪態をつきたい衝動をおさえ、しぶしぶあとを追った。


「ああ、あそこか。下から見るとたいして高くない感じだけど、屋上から見下ろすとまた別なんだろうな。想像すると怖いな。あの真下の、三階の教室はちょっと変わってるね。この暑さの中、窓を開けてる。教室じゃないのかな」


 清水は手庇(てびさし)をして地上から屋上を仰ぎ見る。


「おや、あれはなんだろう」


 その窓から作業服を着た男が半身を乗り出してエアコンの室外機を取りつけていた。故障でもして交換しているのだろう。


「校長室」


 ぶっきらぼうな俺の台詞を、美羽は「校長室なんですよ~」と清水に伝言する。


「へえ、僕の高校では校長室は教員室の奥なんだ。どっちも一階でね。ああ、その下の二階も窓の作りが教室と違うね。あそこが教員室かな。ふうん、なるほど」


 清水はなにか得心がいったように頷いている。

 もったいぶった言い方がどうにも癪に障る。


「なにかわかったんですか、清水先輩」


 なにもわかるはずがないだろう。清水が現れた途端、美羽のIQはがくんと下がる。俺の身体を貸しているから余計に美羽の言動はそばで見ていて恥ずかしい。


「落ちたときの記憶がないって本当なの?」

「はい、きれいさっぱり。スマホかなんかを落として、取ろうとしてバランスを崩したんだと思います」

「うーん、それはどうかな。ほかに覚えてることある?」


 清水は興味津々で美羽に問う。

 

「えーと……」


 美羽は首をひねりながら俺のほうに目配せする。 

 清水はなにが聞きたいのだろう。


「試験直前に敵前逃亡するつもりはなかったよ。どうせ追試になるだけだし」


 俺の答えを美羽は丁寧に言い換えて伝えた。


「敵前逃亡?」


 清水はくすりと笑う。


「テストから逃げる意味じゃないですよ。友人と期末の成績を賭けていたんです。絶対に負けられない戦いってやつです」

「勝算はあったの?」

「頭打ったせいか、忘れちゃってて」

「それはよかった。うん、そのほうがいいかもね」

「記憶が戻らない方がいいと清水先輩がおっしゃるなら、それが最善だと信じます」


 美羽は両手を握りしめ、目を潤ませて清水を見つめている。


「どういうことだ、清水は。自分だけはなんでもわかってるとでも言う気かよ。おい、美羽、いくら惚れてても簡単に納得するのはどうかと思うぞ」


 美羽は眉を逆立てて俺を睨んだ。潤んだ瞳で睨み上げるものだから泣くのをこらえている表情に見えて、どきっとする。いや、俺の顔なんだが。


「清水先輩は探偵倶楽部同好会の会長ですもんね。先輩の推理は信用できます」

「いまは休部中だけどね。だからまあ、禁断症状が出ていろいろ推察したくなっちゃうんだろうな。勝手に脳細胞が活動しちゃうというか、現場を見たくなったんだよ」


 清水は苦笑めいた笑みを浮かべたが、すぐに真顔になって美羽を見た。


「もちろん、一番の目的はきみだよ。きみに会いに来たんだ」

「はわわわわわわ」

「おええええええ」


 背中に悪寒が走った。

 なんだ、このとってつけたような台詞は。嘘だ。嘘に決まってる。なのになんで美羽は両手で頬を挟んで真っ赤になってるんだ。


「美……!」


 正気に戻そうと呼びかけたとき、いきなり水しぶきが飛んできた。水鉄砲のように美羽や清水に直撃する。


「きゃああ」


 美羽が女の子の悲鳴をあげる。まずい、と思ったときには美羽の身体は傾いでいた。

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