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 夕飯は母さんのカレー。飲むようにかっこんで、さて一夜漬けだ、と決意して臨んだ俺の集中力は勉強机によだれの沼を作った。

 窓から差し込む朝日が温かい。というか、熱い。

 口中に甘い味が残る。夢の記憶だ。

 黒いクッキーサンドのお菓子を開く。片側に寄ったクリームを見て、はないちもんめの歌詞が自動再生する。クリームを歯でこそぎとるとようやく安心できる。そんなどうでもいい夢だった。


「うへへ」


 声のした方を振り返ると、美羽もよだれを垂らしていた。ひとのベッドを占領して「しみじゅしぇんぱい……けだものぅ」と寝言を呟いている。




 教室に足を踏み入れるや、クラスメートの視線の的になった。どうやら飛び降り自殺未遂の疑惑は晴れていないようだ。


「おはよう、弓弦! 徹夜か」


 ただ一人、神田だけはニヤニヤしながら声をかけてきた。


「おかずは役に立ったか。クマできてるじゃねえか。やり過ぎは身体に良くねえぞ」

「へ、ヘンなこと言うなよ」

「おう、すまんすまん。俺との勝負に負けるのが悔しくて飛び降りちゃうほど繊細だもんなあ」

「負ける心配なんかしてないっつうの。スマホを拾おうとして足を滑らせただけだよ」


 周囲の連中がクスクス笑い出した。なんだ、そんなことだったか、と安堵しているようすだ。周囲の好奇心はおっちょこちょいのクラスメートから剥がれていった。

 神田の気遣いだろう。優しいのか策士なのか、よくわからないやつだ。


 1限目のテストは数学。神田はいつも赤点ギリギリ、綱渡りの科目だ。こちらも得意とは言えないが、というか得意な科目はひとつもないが、全科目平均点前後はキープしている。負ける気はしない。

 ここは余裕を見せて揺さぶりをかけるべきだろう。


「お前はいい奴だ。チャンスを潰しちまうのは心が痛いよ」

「余裕ぶっこいてないでちゃんと足下見ろよ。落ちちゃうからな」


 どっと笑声がわく。落下事件はすでにネタ扱いになっていた。


「高村君、おはよう」


 森崎が教室に滑り込んだ。さりげなく目を交わして微笑みあう。ふたりだけに通じ合う空気を感じる。


「よーし席に着け」


 まもなく当番の教師がやってきて、数学の試験が始まった。


「…………」


 俺はさっそく頭を抱えた。


「問3、答え間違ってるよ」


 耳元で囁く悪魔の声。自宅に置き去りにしてきたのに、いつのまにか教室に忍び込んで試験の邪魔をする気か。


「半分も埋まってないじゃない。しかも正解少なっ!」

「……くそ!」

「いいの? このままだと勝てないよ。神村くんのほうが正解多いもん」

「う」うめき声に混ぜて、懇願した。「……答え、教えてくれ」

「はあああ?」


 思いきり嘲笑する声音で美羽が聞き返してくる。


「交代しようよ。そのほうが早いもん」

「俺は……実力で……」

「はい、そこ。ぶつぶつうるさい!」


 教師の注意が入った。頭を引っ込める。

 残る時間は10分。このままでは間違いなく赤点だ。


「梓ちゃん一人守れない兄貴なんて、情けないなあ」


『わかった。交代する』


 試験問題の余白に書き殴った。


『どうすればいい?』

「身体はそのままで意識だけ横にずれるように考えてみて。はい、イメージして」


 言われたとおりにやってみた。美羽とは反対側に意識だけをずらす。急に身体が軽くなると同時に、俺の肉体はがくんと力を失って、顔面が机に激突した。

 ゴンと大きな音が響いた。


「はい、そこ、試験中に寝ない!」


 教師にふたたび注意された。

 意識不明の身体を見下ろして、俺はオロオロするしかなかった。


「早く入れよ、死んじまったらどうするんだ」

「じゃあ、借りるね。頑張るわ。ねえ、なんかひとこと、ないの?」

「よろしくお願いします!」


 俺は頭を下げた。

 美羽を吸い込んだ俺の身体は、何事もなかったように動き出すと、残り時間5分、その手が休まることはなかった。

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