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「ぐへへへへ。甘酸っぱい夏になりそうだ」

「キモ」

「あのようすだと、告白しかないよな。そう思わないか。家族関係の悩みがあるのは本当だろうけど、共感を誘うためかもしれない。ふたりだけの秘密の共有、これは甘いお誘いだな」

「はいはい」

「美羽、さっきの態度をなんだよ。森崎が俺のこと嫌いになったらどうしてくれるんだ」


 美羽はずっとスマホを弄りながら鼻先でフンとかました。


「イライラしたんだもん。私ああいう子、苦手」

「だからって他人の身体を借りてるんだから」

「だから、引き延ばしたんじゃないの。深刻な告白めいたことを言い出される前に。それは私が成仏したあとで弓弦が体験すべきことでしょ。私はあの子とキスとかしたくないんだもん」


 そういうことかと納得して安堵した。そしておおいに感謝した。


「やっぱり、そうだよな。告白される気がするよな」


 というか、告白される以外に何があるというのだ。こうなったら、さっさと美羽を天国に送り出して自分の身体を取り戻さないと。


「あーあ、暑かったね。汗かいちゃった」


 玄関に入るなり、美羽は服を脱ぎ始めた。


「シャワーを浴びるなら風呂場は一階、廊下の右奥だよ。おい、散らかしていくなよ」

「ちょっと、なんでついてくるのよ。覗くつもり?」

「あ、ごめん」


 白い目に追い立てられて俺は風呂場を出た。出てから、なんで自分の身体を覗いてはいけないんだと首をひねった。理不尽だ。むしろ俺の身体を余すところなく美羽に観察されるのかと思うと恥ずかしくて喚きそうになる。


「おおお──」

「きゃああ!」


 俺の雄叫びは美羽の悲鳴にかき消された。


「美羽、どうした?!」


 返事がない。シャワーの音だけが聞こえてくる。ゴキブリでも出たのだろうか。


「入るぞ。なるべく見ないようにするから」


 うつむきながら風呂場のガラス戸を通過する。視線の先には、美羽が倒れていた。


「美羽!」


 正確には、床に倒れた俺と、そばに横たわる半透明の少女が見えた。

 少女は遺影で見た顔だ。美羽の霊体に違いない。俺の身体から分離している。

 なにがあったんだ。美羽は完全に意識を失っている。

 まさか俺の全裸を見たショックで、なんてことはないだろうな。常識的に考えれば足を滑らせたというところか。まさか死んだんじゃないだろうな。


「まてよ」


 美羽が抜け出ているということは。

 身体を取り戻すチャンスじゃないか。

 自分の身体に触れた。乾いたスポンジが水を吸収するように、するすると流れ込んだ。


「……う……?」


 全身を優しく包むような熱を感じた。

 床ではねる湯の粒が水流となって排水溝に吸い込まれていくようすが網膜に映る。手を握ったり開いたりしてみた。不具合はなさそうだ。ゆっくりと身体を起こし、風呂場の鏡を覗いた。顔を撫でて確認する。


「やった!」


 身体を取り返した。だが今は感動しているときじゃない。


「美羽、大丈夫か」


 声をかけると小さく身じろぎした。


「怪我したのか。頭打ったのか」

「あれ……どうして、私……?」


 美羽は明らかに困惑している。


「足を滑らせたんだろ」

「そんなんじゃないわよ。シャワーを浴びたら意識が飛んで……。ちょっと返しなさいよ」


 美羽は俺の肩をつかもうとしたが、磁石のような反発力が働いてままならない。


「誰が返すもんか。ていうか、俺のもんだぞ」


 さっさとシャワーを浴びて、さっぱりしたところで風呂場を出た。背中をぽかぽか叩かれても虫が止まった程度にしか感じない。


「それだけ元気があるならすぐに消滅することもなさそうだなあ」


 あるべきものがあるべきところに収まっていると気持ちがいいものだ。

 洗濯機の上で唸るスマホを掴み、腰にタオルを巻いた状態で自分の部屋に駆け上がる。

 髪からしたたる雫が鬱陶しい。だが今はスマホ優先だ。森崎に違いない。身体を取り戻した今なら濃厚なデートだってできる。


「ん?」

清水慈音しみずじおん』ってなんだ?


 LINEのトーク画面に覚えのない名前が加わっている。

 それが美羽の片思いの相手『清水先輩』だと気付いてぎょっとした。


「いつのまに!」

「読み方がわからないだろうからかっこにしといたからね」

「そりゃ、ご親切に」


 その清水慈音からラインが来ていた。


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