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「神田は俺と同類だけどな。あいつは素直でスケベなバカだ」

「はあ。だいたい、梓ちゃんをデートに誘う権利って何よ。兄に阻止する権利なんかないわよ」

「いや、そんなことはない。妹は中学生なんだぞ。バカをバカだと判別できないんだから駆逐するのが兄貴の義務だろ」


 自分自身がバカなことは棚に上げるが、身内として心配するのは当たり前だと思っている。ここに反省すべき点はない。


「梓ちゃんにも選択の権利があるのよ」

「ない」

「神田にチャンスくらいあげなよ」

「ない」

「梓ちゃんの意思を確認しなさいよ」

「しない」

「シスコンかよ」


 呆れた口ぶりだが美羽はページを捲ってくれた。シスコンとからかわれても気にはならない。妹を守るのは兄として当然のことだ。AI画像の女の子は肯定するように微笑んでくれている。


「なあ、美羽。そろそろ次のページを……って、なにやってんだ」


 美羽は俺のスマホを弄っていた。


「家が貧乏だったからスマホ持ってなかったんだよね。珍しくてさ」

「ああ、そうか。いや、そんなことより、明日の試験、絶対に勝たないといけないんだ。教科書とノートで勉強しないと……あ、ノートなんも書いてない。まあ、いいや。そろそろ交代しようぜ」


 美羽を指さし、次に自身を指さした。


「交代したって、どうせグラビアに鼻の下を伸ばすだけでしょ、テスト勉強しないでしょ」

「そんなわけ……」


 語尾は素直に消えていった。


「私ちょっと外出してくるね」


 ポップアップトースターの食パンみたいに美羽は立ちあがった。


「どこへ行くんだ。勉強しないのか。じゃあ俺も行く」

「はあ、息抜きさせてよ。ずっと一緒なんてキモいよ」


 他人の身体を自由に使っておいて息抜きだとかキモいだとか、言いたい放題か。当然のようにスマホをポケットに入れて美羽は部屋を出ようとする。


「おい、スマホ置いてけよ」

「どうせ触れないじゃん」


 美羽が肩をすくめると、階段をあがってきた母さんが背後からしかめた顔を覗かせた。


「……弓弦」

「うわ、びっくりした」

「……やっぱりもう一度検査してもらったほうが……」


 一人でしゃべっている息子をしばらく観察していたらしい母さんは深刻な顔を向けた。


「明日から試験だから自分に気合い入れてただけだよ」

「そう、ならいいけど……。今ね、病院に来てくれた森崎さんって子が下に。話があるそうよ」

「森崎が?!」俺はガッツポーズをした。

「ちょっと外に出てくるよ、ママ」


 美羽は真っ先に階段を降りていく。俺は後ろから声をかけた。


「ママじゃなくて『母さん』な。それから、『俺』な。僕じゃなく」

「了解」

「森崎に会うなら身体を返してくれよ」

「やだ」


 落ち着かないようすで玄関に立っていた森崎は、美羽を見てぎこちなく笑った。


「おう、なんか用か」


 もっと柔らかい言葉をかけられないのか。


「神田君がクラスメートにLINEしてて、クラスで話題になってたの……」

「へえ、それでわざわざ来てくれたんだ。ありがとう。えっと、俺の部屋はエロ本があふれているから、外に出ないか」

「あ……はい」


 はにかんだ森崎を外へ促す美羽。言い訳は最悪だが、外に行くのはちょうどいい。もうすぐ母の書道教室が始まるからだ。今日は小学生のコースだったはず。

 バタバタと足音がしたので、生徒か思ったら梓が全速力で美羽にぶつかっていた。


「う……」


 梓の石頭が腹にめり込んでいる。それを見た俺は反射的に「いてえ!」と呻いた。当の美羽は声も出せずに、その場にうずくまった。


「高村君、大丈夫?」

「大丈夫だよ。兄貴はこれくらいでは死なない」


 梓がえへんと胸を張る。


「死ななくても……退院したばかりなのに」

「あ、そっか。ごめん、いつもより気合い入っちゃった」


 美羽は脂汗を垂らしながら「だ、だいじょ、ぶ」と擦れた声を出した。

 これが俺だったら慣れたもんで、上手く身体を捻って躱せただろうが、不意打ちをくらった美羽はまともにダメージを受けてしまったようだ。


 梓はくんくんと匂いを嗅いで「今夜はカレーかな。あんまり遅くならないようにね」と母さんを真似た口調で生意気なことを言う。


「照れ隠しもたいがいにな、梓。兄ちゃんが帰ってきて嬉しいって、素直に喜んでもいいんだぞ」


 脂汗をこらえながら美羽は梓をたしなめる。

 梓は一瞬だけ目を瞠ったが「ふん」と鼻を膨らませて踵を返した。

 俺には梓の気持ちがわかる。きっとこう考えている。

 頭打ったせいでおかしくなったのかな、と。

 梓の暴力は最近威力を増している。被害者はおもに俺だからいいが。

 彼氏ができる心配など百年早いかもしれない。

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