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 二階の一番奥にそれらしき部屋を見つけた。中はガランとしていた。ベッドと机、空っぽの本棚しかない。極端に物が少ない。

 高校一年生の女の子の部屋とは思えなかった。名前が書かれたノートが机上に数冊あったので、美羽の部屋に間違いないようなのだが。

 階下に降りると三人は茶碗酒を片手に、野球中継を見てヤジを飛ばしていた。なぜ美羽が死んだのか、手掛かりになるようなものは見当たらない。

 外で待っていた美羽に合流したが、何を報告したものか言葉を探しあぐねた。


「言わなくていいよ。酔っぱらってたでしょ。両親とおじさん」


 美羽の兄弟にしては年かさだと思っていたおっさんが一人混じっていたが、父親の弟だったのか。長らく求職中で倹約のために同居しているのだという。


「みんな、飲んだくれていたけど……美羽が死んで悲しくて酒に走った……わけじゃないんだな、その口ぶりだと」


 美羽はこくんと頷いた。


「アル中と精神疾患とパチンコ依存」

「生命保険の話をしていたぞ」

「母が昔保険の外交員だったから。家族はみんな、入ってる。ね、私の部屋を見た?」

「あ、うん、なんにもなかったな。ほ、本棚もからっぽだったし」


 勝手に部屋に入ったうしろめたさで、返事はしどろもどろになった。


「フリマサイトで全部売ったのかな。ハンガーラックに服もなかったんでしょ。やっぱりね。ま、どうでもいいけど」


 無表情で受け答えする美羽に違和感が募り、思わず訊ねていた。


「本当の家族なんだよな?」


 美羽はきょとんとした顔を向けて、ふいに眉をつりあげた。


「本当の家族の意味が不明だけど、血のつながりならあるよ」

「だけどあれじゃ……」

「助けあったり支えあったり守りあったり。それが家族だと思ってるみたいだけど、そうじゃなくても家族は家族だよ。歩み寄らなくても信じられなくても利用しつくしても家族は家族。弓弦は健康な思考の持ち主なんだね。私の代わりに悲しんだり憤ったりしなくていいよ。だって私自身が冷めてるんだもん」


 美羽は淡々と言う。色も温度もない言葉の羅列。

 家族の顔を見たら心残りがなくなって成仏するだろう。などというのは、いかに安易な考えだったことか。


「じゃあ、反省させたい……とか、後悔させたいとかは?」


 なぜか、悲しませたいという言葉が出てこなかった。どうあっても悲しみそうにないと感じたからだろうか。

 美羽は困ったような顔になった。


「憎んでるとか恨んでるとか、そういう気持ちもないの。私にとっては、あれが普通のことだから。お互いさまだし。私だって未成年だから寄生してた、利用してた。親孝行する気はなかったから、保険金で潤うならよかったねって思う」


 保険。俺は大声で叫んだ、保険だよと。答えを見つけた。


「もしかしたら、事故に見せかけた保険金殺人だったんじゃないか?」


 保険証書を仏壇に飾っていたことを思い出すと、疑惑はさらに深まっていった。


「……さすがにないよ、それは」美羽は二三度屈伸すると、来た道を戻ろうと言い出した。「そろそろ抜け出したのがバレる」


「俺はあやしいと思う」

「うーん……」


 美羽の家族像も実物も、俺は全く理解できない。

 死んで役に立ってくれた、なんて心ないことを口にするだろうか。美羽があの家族の一員だったと思うとぞっとするし、同時にかわいそうだとも感じる。美羽自身が冷めていると感じるのは、育てられた環境がよくなかったからだ。それとも俺はまだ一面しか見ていないのだろうか。

 美羽はどんな事故で死んだのだろう。詳しく知りたいと思った。


「なあ、おまえが死んだ事故ってのは……」

「走るよ」


 会話を振り切るように美羽は走り出した。

 疑念で頭が爆発しそうだ。もし彼らが保険金殺人を目論んでいたと判明したら、美羽は恨みを晴らしたいと願うに違いない。なんで美羽が死んだのか調べてみたい。明確な証拠を探しだしたい。

 そしてしかるべき司直の手に渡せば、美羽は成仏できるかもしれないじゃないか。


「美羽、先に病院に戻っててくれ」


 俺は足をとめた。

 聞こえていたはずなのに、美羽は無言で走り続け、こちらを一度も振り返らなかった。


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