破滅少女
今日は痛ましい少女のお話。
私が小学校六年の時、母親は出て行った。
私には突然の事で……ポッカリ開いた穴を埋める為に、夜は布団を被って毎日泣きながらひたすら母親を恨んだ。
でも、今なら分かる。
父は小心で愚か者。
世間では誰にも相手にされない憂さを、酔った勢いで全部母親にぶつけて虐待していたのだ。
そんなクズな男と、その男の遺伝子を持つ子供を棄てるのに、彼女の心は大して痛む事も無かったのだろう。
残酷なほどにいきなりだった母の出奔が、それを如実に表している。
とにかく母の出奔以来、我が家の家計は急速に悪化した。
中学では給食が無かったのが不幸なのか幸いなのか……小学校の時の様に毎月の給食費に悩まされる事が無い代わりにお昼休みは身を隠し、グランドの水場で空腹を満たした。
家にあるのは缶ビールか紙パックの焼酎。
アテの缶詰は私が手を付けてから二度と家に置かれず、“泥棒ねずみ”の私は缶詰の縁で顔を殴られ前歯が欠けた。
余りにもそれが恥ずかしかったので、私は100均で『森崎』の印鑑と履歴書を万引きした。
それが人生初の万引きと年齢詐称バイトの始まり。
でも、そのお陰で“最後の砦”の水道は止められずに死守できた。
中学時代は三者面談に親は一度も現れなかったが、さすがに学校や行政の手が及んで、私は取りあえず高校へ行ける事になった。
嬉しくて……後先を考えずに猛勉強したのがシクった。
入学したのは公立では県内トップの進学校で、当然バイトは禁止の校風。
それなのに父はまた家にお金を入れなくなり、JKがやる様なバイトでは身バレしてしまうので……“マネキン”から“コンパニオン”へアップデートしたが、本来、18歳以下はNGの仕事だから……年齢詐称の身の上で所属できる事務所は“いかがわしさ”を醸し出していた。
それでも所属している娘達は結構稼いでいるので皆キラキラした身なりで……彼女達と伍して仕事を取る為に自身を着飾る服やコスメやアクセサリーは全て万引きで賄った。
そうやってなんとか凌いでいたのに……忘れもしない8月13日!!
「割のいい仕事がある」との口車に載せられて避暑地の別荘にひとり取り残された。
1時間ばかりしてドヤドヤと入って来たオッサンどもはどう見ても撮影スタッフで……
その後の事は言いたくない。
着ていた私服はズタボロにされ、肩に掛けられた毛布で……露わになったアザだらけの胸を隠し、パトカーに乗り込んだ。
でも、警察の取り調べで「事務所に嵌められた」と訴えても、『ハメられるのが仕事のオンナ』としか見られなかった。
確かに事務所の娘達に合わせた派手な格好はしていたけど……私は遊びなんか知らないし 男なんてもっての外!!
多分、屈辱を耐え忍べば、私がそうでない事は医学的に証明可能なのだろうけど……そんな事できる筈もなく、身元引受人である父も一向に来ないので、私は長く留め置かれた。
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父が来なかったのは、繁華街の道端でおっ死んだからだ。
もう今更!
悲しむ事も無く、私は「これで“児相”に行ける」とホッとしていた。
でも“お国”なんてモノはいつも世知辛い。
母親を探し当てて私を押し付ける方が遥かに“割り安”と判断したのだろう。
“今の伴侶”に付き添われた母親が私を引き取りにやって来た。
4年ぶりに会った母親は始終顔をこわばらせていた。
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「高校を卒業するまでは置いてあげる! でも万一!!私の家族に手を出したら!!その場で叩き出すから!!」
ほんの一瞬、二人になったその時に、母親はこの言葉を私の耳に捻じ込んだ。
ああ、“保護猫”の方が遥かにマシな扱いをされるのだろう……
しかし、帰りのクルマの中で……広い車内なのに、わざわざ私を助手席に乗せた母親の“連れ合い”は俯く私に優し気に話しかけて来た。
「私にはキミと同い年の娘が居てね。名前は紗弓と言うんだ。誕生日は11月だからキミの方が少し“お姉さん”だね。どうか娘と仲良くしてやって欲しい。その代わりに娘と分け隔てする様な事は決してしないから!キミの事は佳奈ちゃんと呼んで大丈夫かな?」
「ええ」と答えながら私はこの“紳士”を値踏みする。
この物言いと身なり、クルマ……何より“金喰い虫”な歳頃の子供に対し「娘と分け隔てしない」と言い切るのは、社会的ステイタスの高い人なのだろう。
でも、そんな男が……いや、そんな男こそ!内なる欲望の為に、娘と同じ年頃のオンナを平気で抱くのだ……
オトコとは所詮そんな生き物!
やはり“保護猫”の方がマシだな。
ヤられる事だけは無いのだから……
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万引きの下準備で色んなお店をウィンドウショッピングしている内に多少目が肥えてしまった。
その目で見た少女のTシャツは素敵な猫柄で……恐らくイタリアのブランド品だ。
これに体操着のハーパンを合わせているのがシュールだったりするのだが、サラサラなのにふんわり感のあるポニテを弾ませて彼女はドアを開けてくれた。
「この子が紗弓さんか……」
「いらっしゃい! もうずっと!お部屋を準備して待ってたの! あ、でも、疲れてらっしゃらない?!」
私は連れ合いさん……隆志さんとおっしゃるそうだが……と母親の両方の“表情”を秤にかけ、紗弓さんのお気持ちに副う事にした。
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案内された部屋は青空に雲の壁紙で海の碧色の絨毯が敷いてあった。
部屋の壁の総てが書架で……恐らくはこの少女が歩んで来た膨大な読書の歴史が飾られていた。
「まずはお詫び申し上げます!」
少女は私の前で深々と頭を下げた。
「この5年間、父と私はあなたからお母様を奪ってしまいました……6年前に母を亡くして……その深い悲しみから救い出してくれたのが“幸お母さん”だったんです。以来、“幸お母さん”は私達の心の支えとなり、結婚までなさってくれて……私のお母さんになっていただけた。そう!私は罪深いのです。あなたがいらっしゃるなんて……夢にも思わなかったんですもの!しかもあなたはお父様まで亡くされて……あなたに“幸お母さん”を返さなければいけないのは良く分かってはいます! でも“幸お母さん”は!!……私達にとっても傍に居て欲しい……たった一人のお母さんなんです! だからどうか!私達も“幸お母さん”と一緒に居させてください!!」
この子は……一体何を言っているだろう??
字面では勿論分かっている。でも私の心が追いつかない!
昔は私が憎み恨んでいたオンナ!
今は、未成年の私の社会上の手続きを円滑にする為に必要な“親”という呼称を持つ……私を忌み嫌っているオンナでしか無い。
この二人の間に愛情と言う関係性は存在しない。
でも、目の前のお嬢様にこんな事を言っても意味は無い。
私は今、カラダも心もボロボロだ。お財布の中身も……
しばらく身を潜められればいい……そう、中学時代、お昼休みに屋上に出る階段の途中で佇んだり、中庭のビオトープを眺めていたりした様に……私に危害を加えさえしなければ誰の邪魔もしない。
それでも恨み言の様な言葉が口から零れ出てしまった。
「今はあなたのお母さんなんだから、私に気を遣う必要は無いよ」
このたった一言で紗弓さんを泣かせてしまった事を……私は今も後悔している。
このお話は……ある夏アニメ(ラノベ原作)を観ていて、「この空気感、面白いよなあ~」なんて考えていたら思い付きました。 途中で話が切れた感じですが……もし万一、続きを所望されたら……書きます。
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