St.ベイべー14
「面倒だな。」
新聞を見ながら陛下が言葉を零された。
昨日はユキの誘拐騒ぎで魔界が揺れていたというのに当の本人は何のことだか分かっていない様子だ。あのバカチビめ。決議中だったというのに陛下は部屋を飛び出してしまったじゃないか。
「シュウ、わたしはユキのところへ行く。」
珍しく眉をしかめて陛下が新聞を机の上に置くと執務室を出て行ってしまった。
机の上にある新聞に手をかける。そこには「高級車を生み出すドイツのクレーメンス、HUJISIROと提携か」とある。
陛下の人間界の家族の経営している会社がここのところ危うい様だ。と、いってももうすぐ魔界に帰ってくるのだからどうでもいいのだが。
昨日ユキを連れ去ったのは藤代悠里の祖父であるという。悪意はないようなのでまあいい。どうやら長男の5番目の孫に期待をかけているらしい。やたらと陛下を呼び出すと言っていた。人間界でユキを探していた陛下は生まれながらの背景を利用して人間社会での力を蓄えていた。即ち金であり、人脈であり、それらを使って情報収集をしていた。魔力が使えない陛下が考えた当然ともいえる手段だ。大会社の会長ともなれば陛下の力量を見抜いたとしてもおかしくはないだろう。
きっと陛下はユキを人間界から今日にでも魔界につれてくるに違いない。
肝心なときに傍に居ないなんてあのアホクワガタ、役に立たん。大方またナンパでもしていたんだろう。
昨日もユキから離れてフラフラしているから連れ去られたんだ。後になって血相変えて連絡してくるものだから困ったもんだ。
誕生日までは人間界で…。ユキは約束を破られたらどうするだろう。
…そもそも早いこと魔界にくれば良かったのだ。あのバカチビ、陛下を何だと思っている。
陛下だって不安に違いない。魔力に当てられずあまつさえ人間界で生活しているユキ。
以前までは人間界のユキの環境はあまりいいものでは無かった。でも、今はどうだ?毎日友達に囲まれて、楽しそうに笑っている。このまま人間界で過ごしたいと思っているのではないか?
「好き」という言葉だけを信じて見守っている陛下に甘えすぎじゃないか。
ユキ…
お願いだから陛下の気持ちを裏切らないでくれ。
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「えっ!?」
「面倒なことになってきた。お前の安全のためにも魔界へ行く。」
突然、朝の湖山家の食卓に現れたユリウスが私に言った。
「あ、の?誕生日までって言ってたのに?」
「荷物を纏めろ。まだ用意するものがあるか?」
「ううん。で、でも…。」
みんなにちゃんとお別れしたかったし、何よりも藤代家が大変なときに逃げるように魔界へ?
あと数日なのに待ってくれないの?
「どうして?」
「誕生会は藤代に利用される。クレーメンスの会長家族を虎之助が日本に招待した。」
…と、友達呼ぶって…。
「クレーメンスとの提携は前からあった話だが、藤代に力が無ければ事実上吸収合併になる。あの爺さんは藤代に力があるとアピールしたいんだ。」
…それは、アピールさせてあげたらいいのでは?少しでも安定した形で人間界を離れる方が藤代さん家にとっては良いじゃないですか。前から思ってたんですけどユリウスって人間界家族に冷たくないですか?いくら魔王だったとしてもあかりさんがお腹を痛めて悠里クンを産んだに違いありません。我が子として育ててくれた両親に面倒をみてくれた兄弟。少しくらい恩返ししたってバチはあたりませんよ!
「ユリウスは藤代がどうなってもかまわないんですか?」
「…お前の安全の方が大事だろう?」
「……。」
人間界をバカにしたような魔界の人の態度。ユリウスだけは違うって思ってたのに…。
ずるずると良子ちゃんのマッズイお味噌汁を飲みながらなんだか悲しくなってきた。
なんか、しょっぱいし、具がバナナだし。
「約束は約束です。誕生日会まで人間界に居させてください。」
私も色々と考えているんですよ!あと数日、譲りたくありません。
「……。」
一瞬ユリウスの周りの空気が5℃ほど下がった…。コ、コワイ。
でも、ここは私も引きません!
「勝手にしろ。」
そういうと一気に目の前のお味噌汁を飲み終えてユリウスが立ち上がった。
…敵|(?)ながらアッパレデス…。
「あ、ユリウス!」
振り返りもしないで行っちゃうなんて…なんだか険悪…。
こんな風になりたい訳じゃないのに…。
「ちょっとユリウスは人間界家族に冷たくないかな!」
腹立ち紛れにお味噌汁を飲み干して良子ちゃんにそう言うと
「そうかなぁ…。」
自分の作ったお味噌汁の不味さに顔をしかめた良子ちゃんからそんな答えが返ってきた。
か、会社名などは架空のものですので(汗)