St.ベイべー12
朝の礼拝が終わると生活指導室へと呼ばれた。
「どうしてここに呼ばれたか分かるか?」
そう言われましても悪いことはしていないのですが…。
首を傾げる私に緒方先生が続ける。
「これが一ヶ月前の学校のホームページの掲示板。知ってたか?」
先生が開いているノートパソコンを覗く。
ええっと。これって…
「軽く炎上してません?」
「そうだ。原因はこれ。」
学校の質問、コメント欄の掲示板に一日100件以上の書き込みが。
先生がクリックしてもっとも多かった日のコメントを見せてきた。
>> 湖山ゆきは犯罪者の娘。早く学校を辞めさせましょう。
>>それって噂の彼と付き合ってる人?
>>犯罪ってなに?
>>個人名出して批判するやつ名をなのれ!名誉毀損ってしってる?
>>親と本人は関係なし!
>>y.fくんの彼女ってどうよ?マジウザイ。
>>羨ましいからって妬むのは止めましょう。
批判と面白がってる人が半分。後はそれに応戦してくれている。
「一番多い日は300件以上。俺に連絡が入ってからは掲示板も削除したから今は問題ない。けど湖山は知っておいた方がいいと思って。それと…」
どさりと置かれた紙の束…。
「これは?」
「ん~。嘆願書かな?要は湖山に学校を辞めて欲しくないって人がこんなにいるってこと。」
「 ……。」
緒方先生が紙の束を私に寄越してくれた。一番上の名前は…鳥越未来。私は奨学金貰っている特待生だ。問題が出れば止めさせられてもおかしくない。
「先生、私、中学の時にも同じことがありました。」
「そうか。」
「でも、その時は…」
朝教室に行ったら黒板に「こやまは犯罪者」と大きく書かれていた。
未来ちゃんは怒ってすぐ消してくれたけど、他の皆は口もきいてくれなくなった。
なぜか体操服や鞄も頻繁になくなって…プチ不運のせいだけじゃなかったと思う。
卒業までの半年は辛かった。受験で団体行動も少なくって助かったけど、無視って自分の存在を否定されているようで精神的にくる。物が無くなっても当時の担任の先生は「湖山はうっかりが多すぎる」と取り合ってくれなかったし、未来ちゃんがいなかったら引きこもってただろう。
「鳥越未来は最後までお前には知らせるなと言っていたよ。桜庭恵もな。いや、クラス全員か…。掲示板が削除されるまでは交代でお前の弁護のコメント出してたらしい。」
嘆願書をめくるとクラスメイトの名が連ねてある。
「湖山。お前にはこんなに味方がいるんだ。」
ぽたぽたと嘆願書に涙が落ちる。
ごめん、みんな。とまんないよ…。
「良かったな。」
そう言って緒方先生は私の頭をわしゃわしゃと撫ぜてくれた。
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教室に帰ると未来ちゃんが飛んできた。
「ゆきちゃん!大丈夫だった!?」
皆も集まってきている。心配そうな顔がいっぱい。
真っ赤な眼をした私を気遣ってくれている。
「みんな…。ありがとう…。」
そう言うことで精一杯で…
胸が一杯で…
「泣くなぁ!こやま!」
誰かが声をあげた。
皆が私を抱きしめてくれる。
頭を時折わしゃわしゃと撫でられて…。沢山の腕の中で私は揉みくちゃだった。
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後から聞いた話では緒方先生も校長先生に掛け合ってくれていたらしい。
…正直、私は魔界に行くからこっちの生活はどうなってもいいと心の中で思っていた。誰に嫌われようが、意地悪されようがもう関係ないって。
でも。
それではきっと今まで意地悪されたことや人と上手くやっていく自信がないことを引きずっていったんだと思う。人間界で上手くいかなくても魔界では上手くいく…そんなに簡単なことの筈がない。魔王の后は例え子供を産む為だけのモノであっても羨望の的の立場だ。ユリウスが守ってくれていてもきっと悪意のある人が近づいて来るだろう。
今私を抱きしめてくれる沢山の腕を覚えておこう。私に勇気をくれる優しい人たち。
大好きな…仲間。
忘れない。
ありがとう。
みんな。
…で、そんな日の放課後はやっぱり皆でカラオケで…。
みんなもう、ノリノリだった。途中、話題はお誕生日会の話になって、着ていく洋服の事などで盛り上がった。お誕生日会はあかりさんにもっと呼んでいいと言われて文芸部のストーカーまがいの人たちや「湖山ゆきを見守る会」…なんじゃそらのお姉さま方も来ることになっていた。
未来ちゃんともお別れです…。ぐすん。
疲れた振りして未来ちゃんのお膝を独占。ユリウスよりふかふかで良いです。ディスイズヘブン…。
そう思ってスリスリしたらゲンコツ見舞われた。…ヒドイよ未来ちゃん…。
そんなこんなで私は少し遅めに家に帰った。
帰ったら…
テレビの前で固まって高級浅草煎餅を床に落としている良子ちゃんが…。
今夜の重大ニュースは…
FUJISIRO自動車の人気車種のリコールだった。